第17話:勇者帰還魔術

「どうかご無事でお戻りください。

 何年何十年でも、村を守ってお待ちしております」


 全ての村人が見送ってくれる中、村長が代表して言葉をかけてくれる。

 俺はこの世界に承諾もなしに召喚され、奴隷勇者にされそうになった。

 色々と思う所のある異世界だが、こうして真心を見せられると胸に迫る物がある。


「おうよ、俺様が戻るまでに、村をしっかりと発展させておいてくれ。

 娘達を良い女に育て、酒池肉林が楽しめるようにしておいてくれ」


 ローグらしい照れ隠しだ。

 以前は言葉通り受け取って腹を立てていた。

 今は、機嫌の良い時なら冗談と聞き流せるくらいの付き合いになっている。


「「「「「ヒィイイイイイン!」」」」」


 別れが長引かないようにしてくれたのか、愛馬達が嘶きと共に歩みだす。

 急ぐことなくしっかりとした足取りで山を下りてくれる。


 俺達が手に入れた村は、深く高い山を背にして行き止まりの開拓村だ。

 戦乱を避け、暴虐な領主を避け、誰も住まない山奥を開拓してできた村だ。


 俺は、元の世界に戻る魔術を知る者。

 エルフでもドワーフでもフェアリーでも構わない。

 帰還魔術を知る者探しにやって来た。


 だが、開拓村より奥には誰もいなかった。

 村人の誰も、他種族の事は噂にも聞いた事がなかった。


 念のために自分の目でも確かめた。

 滞在中に山の奥深くまで入ったが、誰もいなかった。


 だから、俺とローグは村を去り国境につながる街道を行く。

 もうこの国に探す場所はない。

 国を変え、僅かな情報や噂話、伝説を頼って探すのだ。


 先頭を情報収集能力が高く清濁併せ吞むローグと愛馬が進む。

 その後に四頭の替え馬がついて行く。

 この馬達とは、この世界に召喚されてからの付き合いだ。


 最後尾、殿を俺と愛馬が進む。

 こいつだけを愛馬と言ったら他の子達が怒ってしまうな。


 いや、ローグの愛馬といった奴だけは別だった。

 ローグは、人間と違って動物には素直な愛情表現をする。

 最初は兎も角、今ではローグの方に懐いている。


「ドラゴン、路銀の方は大丈夫か?

 お前の事だから、村全体はもちろんだが、情を交わした女達には、持ち出ししてでも、暮らしていけるだけの金を渡したのだろう?」


「ローグが与え過ぎると悪い奴に狙われると言っていたから、それほどじゃない。

 持っていると必ず狙われるような魔法具は置いていけなかった。

 だから食糧を長期間保管できるような魔法具も与えていない」


「いまいち信用できないのだが、本当だろうな?

 下手な嘘をついていると、優しさの心算が呪いになるぞ」


「嘘などついていない。

 盗賊はもちろん、伯爵や家臣達に狙われるような物は残していない」


「それならいい、だったら路銀も食糧も十分あるのだな?」


「十分あるが、途中で狩りはやるぞ。

 ローグが戦乱で荒れると予測したのだ、必ず大変な時代がやってくる。

 困った民が森に逃げ込む事も増えるだろう。

 人が太刀打ちできないような猛獣や魔獣は、できるだけ狩っておく」


「魔獣は兎も角、猛獣の肉は臭くて不味い。

 俺は喰わないからな!」


「ローグが喰わなくても、村人は喜んで食う。

 土産に渡せば、もてなしもよくなる」


「けっ、どれだけ土産を渡しても、寝込みを襲う奴は必ずいる」


「その時は返り討ちにすればいいだけだろう?

 何時もの事なのに、何を言っている?

 あの村に好みの女でもいたのか?」


「そんなんじゃねぇよ。

 いい加減、この世界の連中の性根の悪さに嫌気がさしているだけだ」


「別にこの世界の人間だけが性悪な訳じゃない。

 俺のいた世界も性悪が多かった」


「……お前が言うか!?」


「俺は偶々生まれが特殊で、徹底的に道徳教育や忠誠心を叩き込まれただけだ。

 俺の生まれ育った世界でも、かなり珍しい生まれ育ちだ。

 そんな一族の中でも、勇者召喚に選ばれたんだ。

 例外中の例外だぞ」


「……けっ、やめだ、やめだ、やめだ!

 ドラゴンを基準に考えてもろくな事がねぇ!

 次の村では思いっきり羽目を外すからなあ!」


「わかった、わかった、見張りは俺がやってやる。

 後先考えずに思いっきり遊べばいい」


 俺は特別か……本当に何故俺が選ばれてしまったのか?

 最初は四六時中考えていたが、しばらくしてからは、できるだけ考えないようにしてきた。


 直ぐにでも陛下の元に戻りたい。

 陛下の安否を確かめたいと思っていたが、本当に確かめられるのかという不安があった。


 俺が異世界に召喚されたのは、死んだからではないのかと思ったからだ。

 暴漢に襲われた陛下を身を挺してお助けしたのは確かだ。


 まず間違いなくなにがしかのケガはしている。

 防弾チョッキは着ていたが、頭部に銃弾を受けたら即死している。


 元の世界に戻れる帰還魔術を発動できたとしても、俺が戻るべき身体は残っているのだろうか?


 このままこの世界に残って、残りの人生を楽しんだ方が良いのではないか?

 最近ではそんな事を考えてしまう。

 特に、女と情を交わしたり、幼い孤児に父親のように慕われたりした時は。


「ヒィイイイイイン!」


「心配してくれたのか?

 大丈夫だ、少し気弱になってしまっただけだ。

 必ず日本に戻って、陛下の安否を確認しないといけないからな」


「けっ、二人揃って弱気になっていたのかよ!

 次の村ではお前も飲め!

 魔術を使えば安全な場所を確保できるのだろう?」


 状態異常に耐性がある俺が酒を飲んでも酔わないんだが。

 それに、酔っ払いに付き合うのは苦手だし……


「いいぞ、夜が開けてもとことん付き合ってやるが、襲撃あったら酔っぱらったままでも戦えよ」

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