第16話:拠点

「ドランゴン様、大丈夫でございますか?」


 ローグに思いっきり殴られた俺の事を村長が心配してくれる。

 俺とローグの間ではよくある事なのだが、俺達の関係を知らない者から見ると、仲間割れに見えてしまうのだろう。


「気にするな、いつもの事だ」


 ローグの情報収集能力には何時も感心させられる。

 比較的集めやすい領民や家臣の評判を早く正確に集めてくるだけではない。

 貴族等の権力者しか知らないはずの、社交界の力関係まで調べあげてくる。


「それにしても、アヴェーヌ家と話しをつけるなんて……」


 殴られた俺に気を使ったのだろう。

 村長は、凄い人です、と言いかけたのを飲み込んだ。


 別に言っても構わない。

 俺も話を聞いて素直に凄いと思った。


 だからこそ黙って殴られてやったのだ。

 だが覚えていろ、次は必ず殴ってやる!


 それにしても、フランドル伯爵・ホラント伯爵・ゼーラント伯爵・エノー伯爵の四つもの伯爵位を持つアヴェーヌ家とよく話をつけたものだ。


 現アヴェーヌ家の当主は、領民からの評判も良く、他の領主のような情け容赦のない統治をしないらしい。


 それなのに、かなり強力な常備軍を維持しているという。

 多くの王侯貴族が、盗賊まがいの傭兵団に戦力を依存しているのと大違いだ。


「それで、俺達は何時ここを出て行けるのだ?

 この村には代官が派遣されるのか?

 それとも、徒士か騎士の領地にされるのか?」


 ローグに嫌味を言ったわけではない。

 どれほど評判のいい有力貴族と話をつけたとしても、その貴族本人が直接統治してくれるわけではない。


 元々この村も、ゴルダル王国・ヴェルジー王家‎の直轄領だった。

 徴税権などは王家から派遣された代官が持っていた。

 だが実際に統治していたのは警備隊だった。


 アヴェーヌ家も同じだ。

 この辺り、辺境にどのような名前や爵位を当てはめるのかは分からない。

 だが、小さな開拓村など、代官の家臣クラスの、陪臣が支配するだろう。


「ふふん、よく聞いてくれた。

 他の村は代官が統治するが、この村は俺様の領地になったのだ!」


「ローグ、お前、権力者が大嫌いだったよな?

 隠し立てせずに裏を話せ、裏を!」


「辺境の他の村々は、アヴェーヌ家の後ろ盾を得るための貢ぎ物だ。

 俺が手に入れたかったのは、この村の平穏と独立だ」


 ローグらしいな。

 全ての人々を助けられると考えるほど傲慢でもなければ強欲でもない。

 だが、知り合った縁ある人はできるだけ助けようとする。


「本当に実行されるのか?

 俺はまだこの世界の事をよく理解できないが、俺の世界の常識に当てはめると、約束など簡単に反故にされるぞ」


「そうだな、最悪の場合は、約束は破られる。

 この村はアヴェーヌ家の直轄領にされるか陪臣に与えられるだろう。

 特に、代替わりした後は守られない可能性が高い。

 だが、そう直ぐに約束を破るとは思わない」


「アヴェーヌ家は、その程度は信用できると思っているのか?」


「ああ、直接会って話したから間違いない」


「相変わらず行動力があるな。

 何か伝手があったのか?」


「忍び込んだのに決まっているだろう。

 真っ当な手続きなどして、俺様がフランドル伯爵に会えるはずがないだろう」


「……本当に命知らずだな」


「お褒めに預かり光栄です、自由騎士ドラゴン殿。

 その名声を利用させてもらったぜ」


「何時もの事だ、別にかまわん。

 だが、正味の話、どれくらいもつと思う?」


「そうだな、この国もこれから大いに荒れるだろう。

 王家の力は弱まり、直轄領はもちろん直臣領も荒れる。

 周囲の貴族も巻き込まれて興亡が激しくなる。

 そんな中でも、フランドル伯爵なら生き残れると思った。

 十年だ、不慮の死をとげない限り、十年は安泰だろう」


「ローグの地位はどうなっているんだ?」


「フランドル伯爵家の準男爵だな」


「税は納めなくていいとして、軍役はどうなる。

 国内が荒れるのなら、軍役を命じられるだろう?」


「それはドラゴンが捕虜にした犯罪者奴隷達にやらせる。

 いや、既に先払いの軍役分として預けてある」


「指揮官は軍役免除で、兵力だけ送るのだな」


「そうだ」


「だが、さっき捕虜は犯罪奴隷として売り払ったと言っていたよな」


「通常準男爵の最低兵役は、当主の騎士一騎と徒士十人だ。

 五百四十七人の捕虜の内、端数の四十七を選抜して兵役分とした。

 五百人は犯罪者奴隷として売ったが、それでいいな?」


「さっきは俺のために犯罪者奴隷を残すような事を言っておいて、今になってよく売った後だと言えるな」


「はっはっはっ、ドラゴンが生贄を使う訳がないからな」


「それは買い被り過ぎだ。

 さっき、生贄に使ってでも戻りたいと思った」


「そうか、それは悪い事をしたな。

 何なら今から条件を変えてもらうか?

 五百四十七人全員を兵役扱いにして、元の世界に戻れる魔術が見つかった時に、生き残っている奴を返してもらうようにするか?」


「いや、もういい、本当に生贄が必要かどうかも分からないのだ。

 今から生贄を確保しておく必要もない。

 それに、方法が見つかった時に全員が死んでいたなんてこともありえる」


「そうか、だったら俺が結んできた条件で良いんだな?」


「ああ、それで構わない」


「だったら、約束を果たすぜ」

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