第3話:プロローグ・苦渋の決断

 陛下の所には一分一秒でも早く戻りたい!

 俺が盾になったとはいえ、暴漢の襲撃を許してしまっている。

 ご無事でおられるのか、直ぐに確かめなければいけない!


 とは言え、陛下に蔑まれるような方法で戻るわけにはいかない。

 千もの命を犠牲にして戻る方法など採れない。

 他の方法がないか知りたいが、信じられる人間が一人もいない。


「おい、あんた、本当に俺と組みたいのか?」


「おりょりょ、あたりまえだろう?

 この状況では、人質なしには逃げられないぞ。

 俺様はこれでも情け深いんだ。

 無理矢理連れてこられたお前さんを殺して、人質を奪うのは嫌なのさ」


「恩着せがましい奴だな!」


「おりょりょ、やっぱり何も教えられていないようだな。

 勇者様とはいえ、召喚されたばかりではレベルが低い。

 歴戦の俺様に勝てる訳がないだろう。

 俺様がその気になったら、お前さんなんて何時でも殺せるんだぜ」


「そういえば、こいつらもそんな事を言っていたな。

 召喚直後なのに強いとか何とか」


「王に付き従う近衛騎士は、強さよりも家柄から選ばれる。

 そんな連中だから、召喚直後でも蹴散らして王を人質に取れたのだろうよ。

 だが、常に命ギリギリの生活をしている俺様には、絶対に勝てないぜ!」


「あんたが俺を裏切らない証拠はあるのか?」


「おりょりょ、なに自分勝手な事を言ってんの?

 この状況で、俺様が証拠を示す必要なんてある?

 お前さんを無理矢理召喚した連中と苦しい交渉を続けるか、胡散臭い俺様を信じてついてくるか、二つに一つしか選択肢はないのよ」


「分かった、あんたの言う通りにするしかないようだな。

 だが、このまま一緒に逃げる訳にはいかない。

 そこが宝物庫なのだろう?

 あんたの盗み残したモノでいい。

 適当な物に手早く詰めて渡してくれ」


「わっはっはははは、勇者様が、人質を取っただけでなく、宝物庫から盗みを働くのかよ?!」


「俺をこの世界に召喚、いや、誘拐した事への賠償金だ」


「くっ、くっくっくっくっ、賠償金だと、よく言った。

 お前さん、気に入ったぜ、ちょっと待ってな」


「おい、こら、やめろ、盗人に手を貸すなんて、それでも勇者か!」


 魔法服の偉そうな奴が身勝手な事を言う。


「その勇者を身勝手な理由で誘拐したばかりか、奴隷にしようとしたのはお前達だ。

 賠償してもらうのは当然だし、責任者に罰を与えるのも当然だ!」


「ギャアアアアア!」


 六本目の国王の指、左中指をへし折ってやった。

 同時に、今度は全ての指輪と腕輪、ネックレスやブローチを奪ってポケットに入れただけでなく、王冠も奪って自分の頭に乗せた。


「くつ、しっぱいだ、勇者召喚に失敗した。

 本当の勇者だったら、こんな卑怯な方法は使わないから、成功していたはずだ」


「馬鹿野郎が!

 お前達が卑怯下劣な考えで勇者召喚したから、神か精霊かは分からないが、俺のような者を選んだのだろうぜ!

 これから何度勇者召喚をしても、お前達の性根の腐った悪事を蹴散らす者が召喚されるだろうぜ!」


「うるさい、だまれ、だまれ、だまれ!

 我らが信じる神は、我らの為だけに力をお貸しくださるのだ!

 我らだけが神に選ばれた尊き民なのだ!」


「選民思想かよ、話しにならないな」


「待たせたな、これがお前さんの分だ。

 おりょりょ、勇者様が思い切ったねぇ~

 国王を身包み剥ぐなんて、本職の俺様でもやらないぜ」


「やかましいわ。

 あんた、片手で剣が操れるのなら、この王笏を持って行ったらどうだ。

 換金できるかどうかは分からないが、かなりの値打ちもんだろう?」


 俺は王が持っていた純金製で大きな宝石が幾つもついた王笏を渡した。


「くっ、くっくっくっ、そうだな、値打ちもんには違いない。

 戦争中の国に持ち込んだら、よろこんで買ってくれるだろう。

 王も連れて行けたら、お貴族様にしてくれるかもしれないぞ」


「俺にはもう仕える主君がいる。

 貴族になりたいのなら、あんたが連れて行けばいい。

 俺はここから逃げられて、元の世界に戻れればいい」


「くっ、くっくっくっ、そう言いながら、生贄を使う方法は嫌なのだろう?

 流石、勇者様だねぇ~」


「俺のお仕えする方は、そのような下劣な方法を特に嫌っておられるのだ。

 陛下のお顔に泥を塗るような事はできん。

 それだけの事だ」


「えええええい、好い加減にせい!

 宝物など好きなだけくれてやる!

 今直ぐ国王陛下を開放しろ!」


「おりょりょ、身勝手だねぇ~、愚かだねぇ~

 大切な人質を解放する訳がないでしょう?

 だけど、俺様はあんた達と違って、義を重んじる盗賊だ。

 この城から出て行くのを邪魔しないのなら、ちゃんと後で解放してやる」


「嘘を申すな!

 先ほどビーストマン王国に陛下を売り渡すと言っていたではないか!」


「おりょりょ、あんな冗談を本気にしていたのかよ?

 自分達がやった事を、もう忘れたの?

 ビーストマン王国の捕虜を千人も生贄にしたんだぞ!

 連中が人間に爵位を授ける訳がないだろう。

 王様を連れて行ったら、俺様も一緒の生贄にされるだけだよ。

 これからビーストマン王国による人間への大虐殺が始まる!

 いや、もう既に大虐殺が始まっているかもしれない。

 直ぐに国境近くの街や村に知らせないと、とんでもない犠牲が生まれるぞ!」


「あんた、ただのお調子者かと思っていたら、意外と頭がいいのだな」


「おりょりょ、今更かい?

 盗賊は馬鹿では務まらないんだぜ」


「で、頭の良い盗賊様に教えていただきたいのですが、どうやって逃げるのだ?」


「こうするのさ!」


 盗賊の野郎、王の血管を切りやがった!

 時間稼ぎしていたら王が死ぬぞ!


「さっさと道を開けやがれ!

 愚図愚図していたらこいつが死ぬぞ!」


 俺も酷い事をやったが、こいつは俺以上だ!

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