最終話 拙き少女のヴェンジェンス(1)

 マチコは大馬鹿だ。あんな所、放っておけばいいのに。

 どうせ上層拠点なんてろくでもない奴ばっかなんだから、勝手にさせればいいのだ。

 服用者に囲まれているのも、全部、自業自得。ツケが回ってきただけ。

 それなのに、マチコはいつもそう。いつだって首を突っ込む。


 なんだか冷静なフリをして、さも人間関係にはドライみたいな素振りをしてるくせに、結局、面倒見が良すぎる。

 色々と助けない理由を口では言いながら、頭の中で助けるべき理由を探してる。

 それで、最終的に「回り回って私達のためになる」とか言って、手を貸してしまうのだ。


 でも、今回ばかりは洒落にならない。

 拠点を丸々一つ救おうだなんて、どうかしている。

 そりゃあ、織辺の壊滅に立ち会った時は、まあまあ落ち込んだけれど、だからといって他の拠点を助ける理由なんてない。

 

 

 そもそもこの事態を引き起こしたアズサちゃんは、連中のせいでああなったから、今こうして復讐している。

 それをマチコに止める権利なんてない。

 でも、アズサをエタニティにしたのはマチコだから、その責任を取らなきゃいけない、……というのはマチコの考え方だろう。


 このご時世を健やかに過ごすには、もっと大雑把で、もっと雑に生きるべき。

 義理人情みたいなのは、捨て置くべきなんだ。

 

 ただ、そんな私にも思う所はある。

 アズサちゃんに許されたんだかなんだか分からないが、せっかく元気になったルカちゃんには明るく生きていてほしいし、そのためにタンノユウナが必要なら、マチコには是非とも連れ帰ってほしい。

 でも多分、それだけでは済まない。

 話を聞く限り、マチコもタンノユウナも、二人共完全に覚悟を決めている。最後まで街に付き合う気でいる。

 

 なんだよ。二人ばっかり。

 そんなに仲良かったのか? 本当に親友だったのか?

 マチコもマチコだ。あんなにグチグチ言っていたのに、結局あの女と一緒にいる。

 

 多分、マチコは死なない。

 常用者だから襲われないし、自分が死ぬくらいなら知らない人間はきっちり見捨てられる。

 でも見捨てなきゃいけないのがタンノユウナだったら……?

 マチコの事だから、また自分に言い訳するのかもしれない。

 

『タンノはルカのために必要だから。それに中枢の人間だから恩を売れるし、やむなく……』みたいな。

 

 そんなにその女が良いなら、そっちの子になっちゃえばいい。

 ……いや、ダメ。それはヤダ。

 一回、マチコにはきつく言っておいた方がいいな。あんまり、他人と関わりすぎるなって。

 なんか、あの時は滅茶苦茶面白かったのに、公聴会で抱き合ってたの、普通にムカついてきたな……。


 

「くそ、タンノユウナめ……」

「遊菜さんがどうかしたんですか……?」

 思わず口に出ていたらしく、隣のルカちゃんに怪訝な顔をされた。

「ルカちゃんは、タンノユウナと私、どっちが良いと思う?」

「どっち……? えぇ……なに……?」

 そんな面倒くさそうな顔をするな。

「なんでも良いから言ってみ」

「ああ……、真千子さん、香々美さんの事、大好きだと思いますよ」

「今、気を遣ったろ」

「まあ、遣いましたね」

 

 疲れた。それに、暇だからこんな事を考えてしまうのだ。

 最初はマチコの安否。でもそれは大丈夫だろうと結論づけた。

 次はタンノユウナの事。それはよく分からないし、一人で考えても埒が明かない。

 そして二人の事。そうしたら泥沼に嵌った。

 

「あ、あの。香々美さん。本当に真千子さん達は大丈夫なんでしょうか……?」

「大丈夫だよ。マチコが無事なら、タンノユウナも。マチコはあれでも最低限の仕事はこなす」

「でも、もうすぐ群れが街に入り始める頃ですよね……」

「そうだね。なんか知らないけど、あの気持ち悪い声が十分毎になったし、歩幅が変わってないならあと三十分くらい」

「群れのルールが変わったなら、常用者を襲わないっていうのも変わる可能性もあるんじゃ――」

「それは考えたけど、考えないようにしてる」

「私達じゃ、どうしようもないですもんね……」

 

 そして沈黙。

 かと思えば、それを邪魔するように、群れの雄叫びが車を震わす。


「あいつら、本っ当うるさい」

 マチコには遠くに行けと言われたが、待機場所からは一ミリも動いていなかった。

 いざとなっても飛ばせば群れに追いつかれる事はないし、たまに横切る服用者もみんな戸棚原に向かっている。迂回路に密集していて通れないとかもないだろう。

 

「気になる事あるんですけど、いいですか」

「なんだい」

「シルビアってどんな子なんですか」

「見ての通り、お利口なゴールデンレトリバーだよ」

「じゃなくて、どんなエタニティなのかと」

「本人に聞いてみれば」

「……シルビア、君はどんな事ができるの?」

 振り返って、後部座席にいるシルビアに声をかけるルカちゃん。

「どう? 何か分かった?」

「くーん、だそうです。で、実際どうなんですか」

「私もわかんない」

「わかんない、ってどういう事なんですか」

「とにかく、質量保存的なアレを無視して、ぐちゃぐちゃに敵を粉砕できる、わけわからんブルドーザーみたいな奴なんだよ。シルビアは」

「全然わかんないです」

「とりあえず、私達の言う事は聞いてくれるし、付いてきてくれるんだ。おかげで凄く助かってる。シルビアいなかったら何回死んだか分からない」

「何度もエタニティに襲われてるのに、凄いですよね」

 

「エタニティは珍しいって言われてるけど、多分そうでもないんだよ。極端な話、良いエタニティは正体隠すけど、悪いのは大暴れする。それで、悪い奴に襲われたら大体全滅。だからエタニティと会った事がないっていう人は気づかず遭遇してて、会った奴は死んでる、きっとそれだけ」

「なるほど」

「だから長く外で生き残ってたり、何回もエタニティと出くわした事がある奴は、十中八九、仲間にエタニティがいるか、本人がそうかのどっちかだね」

「勉強になります」

「こんな事知らないままで、拠点で暮らせるのが一番良いよ。今はその拠点が一番ヤバい事になってるけど」

「……あのう。そんなにシルビアが強いなら、入れませんかね。拠点」

「バリケード破って?」

「いえ、破られた後で」

「ルカちゃん。凄い事考えるね」

「真千子さんにはシルビアが必要ですよ。梓さんも見つかってるか分からないですし」

「そうなんだけどさあ、危ないしなあ」


 やがて、最後の行進を告げる叫びが聞こえ始めた。


「始まりましたね……」

「うん、そうだね」

 

 見つからなかったのか、それとも説得に失敗したのか。

 いずれにせよ、マチコは、アズサを止められなかった。

 そして、こうなった以上、マチコはどうする気なのか。

 街の壊滅まで付き合う気なのか、それとも見切りをつけて脱出するのだろうか。

 マチコなら、タンノユウナが残ると言ったら残り、出ると言ったら出る、そんな風に判断する、気がする。


「ルカちゃん」

「はい」

「ルカちゃんが言い出しっぺだからね」

「はい」

「死んでも化けて出てこないでね」

「早く行きましょうよ」

「分かった分かった、焦らないで」

 私は周りの様子を窺ってから車を降り、後部座席のドアを開いた。

「シルビア、準備」

 いざ、台風の目へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る