第八話 並び叫ぶセンチピード(1)

「よくもまあ、そんな短期間で色んな目に遭う事ができるね。君達が不思議でしょうがないよ」

「それだけ、何も起きてない場所なんて無いっていうだけですよ。シルビアのおかげで常に移動できますし」

 

 カガミたちが拠点を見て回っている間、私は、ハルタさんに積もる土産話をしていた。それに、色々と聞きたい事もある。

 

「同じエタニティとして、アズサについてどう思いますか」

「そう言われても、人それぞれだからなあ。人間の頃と変わりないのもいれば、見た目から性格までまるきり変わるのだっているし。というかエタニティに関しては、もう君達の方が詳しいよ。樹のエタニティなんて初めて聞いた」

「それと、タンノユウナの事って知ってました?」

「いや、知らないね。自称スパイだっけ?」

「まあ、スパイは大袈裟な感じもするんですが……」

「拠点長とか、本部とかは、治安維持とか資源確保にはシビアな所あるからね。その点はうちだって変わらないし、規模が大きくなればそういう役回りがいてもおかしくはないかもね。ここみたいにほぼ単独で生計を立てている拠点と違って、上層は横も縦も繋がりがあるし、色々あるんじゃないかなあ」

「そんなものですか」

「そんなものなんだよ。ところで、今回はいつまでいるの?」

「ルカの様子見て考えます。でも長くても二、三日ですよ。早ければ明日には出ます。もう色々頂いちゃいましたし」

「あの子の事、随分熱心に面倒見てるみたいだけど、そのまま連れてっちゃったりする気?」

「いや、戸棚原に帰しますよ。あの子のためにも、その方が良いと思ってます」

「僕もそう思うよ。それに、君達も二人の方が気楽だろうしね」

「それもあります。ハルタさんの方はどうですか」

「忙しいよ。ホテルも並行して動かしてるから、丸一日かけて行ったり来たり。この学校の方は元々いた人達でなんとか回せそうだから、来る頻度少なくできそうだけど。それでも僕がリーダーなのには変わりないから、何かあったら僕に言ってよ」

「気前良いですね」

「そりゃあそうだよ。ここを手に入れたのは君達の手柄だしね。それに、扱い良くしとかないと、学校の人達に刺されかねない」

「……あんなに歓迎されるとは思ってませんでした」


 その名前を思い出すのさえも嫌気が差すが、アンザイを直接粛清した事は、この拠点の住民だけでなく、私達自身にもプラスに働いていた。

 ゲートは顔パス、校舎を歩けばやたらと話しかけられ、シルビアは撫で回されていた。

 この状況に不思議そうな表情をしていたルカには『ここの前の拠点長を追い出した』と説明したのだが、それが『殺した』事を意味するのには気付いているだろう。

 それにここの住人も、具体的にどうやって私達がアンザイを下したかを知っている者は数少ない。

 あいつの死体を見て、処理した人間も少なければ、実行犯がシルビアである事を知る者はほとんどいないからだ。

 ありがたいことに、それらに関わった人達は、詳細について一様に黙っていてくれている。

 なので、いまだルカには、シルビアがエタニティである事だけはバレていないのだった。

 

 ハルタさんの元を後にして、一旦車に向かうと、校舎を見て回っていたカガミ達が、既に戻ってきていた。

「おかえりー」

「もう戻ってたんだ」

「人がいっぱいいて落ち着かなかったから」

「ルカは見てみてどう思った?」

「ここの人達が大変な思いをしている事は分かってはいるんですけど、……戸棚原より平和な感じがしました、なんとなく」

「ルカちゃんがそう思うのも無理はないけど、気を付けたほうがいいよ。心機一転して、みんなテンション上がってるだけだから。これからが見ものだね」

 カガミの言い方には若干の棘があるが、事実だ。

 これは一過性の平穏に過ぎない。いつか必ず、綻びが生じる。

 それを最小限、できる限り失くすよう、コントロールに努めているのがハルタさんやタンノユウナのような存在なのだ。

 

「あ、さっき香々美さんと相談したんですけど、今日はもうここに泊まるとして、明日になったら、すぐに出発しようと」

「分かった。ちなみに理由は?」

「早く遊菜さんに会いたいんです」

 ルカはタンノに実質一年間振り回されているのだから、そうなるのも頷ける。

 しかし、問い詰めてやろうとかそういうのではないようで、純粋に興味が湧いているだけらしかった。

 

 その夜は校舎の方で、久しぶりに保存食以外の食事にありついた後、校舎裏に増設されていたシャワールームを借り、数日ぶりにお湯を浴び、いつも通り車中泊の運びとなった。

 ハルタさん達の計らいで、清潔な教室を丸々一部屋とベッドまで提供されたが、丁重に辞退した。

 この拠点は、ホテルの方と違って、敷地面積は広いものの部屋数自体は多くない。

 その貴重な一室を借り受けるのはいささか申し訳なかったし、結局、普段通り車の方が落ち着くのだった。

 

「私、シルビアと一緒に車いるんで、香々美さんと部屋の方行ったらどうですか」

 と、こそこそとルカに要らない気を遣われたりもした。余計なお世話である。

 ただその代わり、今夜だけ、助手席をルカから返してもらった。

「もう全然大丈夫じゃんね。犬」

 隣のカガミが、バックミラーを覗き込みながら言った。

 後ろには、座席の上に伏せるシルビアを、上から抱きかかえるように横になって眠るルカの姿があった。

 

「マチちゃん。ずっとアズサちゃんの事考えてるでしょ」

「まあね」

 否定はしなかった。本当にそうだったからだ。

 アズサに関して、漠然と嫌な予感がしていた。

 何も分からない、何をしでかそうとしているのかが、全く読めないのが恐ろしかった。

 エタニティにも色々いる。

 自身の欲望に素直な奴。理知的に振る舞いつつ安寧を望む者。シルビアのような現時点で善意百パーセントのようなのまでいる。

 だが今のところ、アズサがどれに該当するのかが見当もつかない。

 しばらくの間、彼女が正気かどうかを悩んだ事があったが、前提が間違っていた。

 エタニティとしてのアズサは、あれが正常なのだ。であれば、そんな正常な思考で何をしようとしているのか。

 彼女の『やりたい事』とはなんなのか。本人に聞かなければ分からないような事を、私は散々考え続けていた。


「アズサは誰かに危害を加えようとしてる気がする」

「誰に?」

「わかんない」

「じゃあどうしようもないじゃん」

「そうなんだよ」

「ただ少なくとも私達ではないね。もちろんルカちゃんでも」

「だから、なおさら分からないんだよな」

「きっとアズサちゃんが何かやらかしたら風の噂で伝わってくるよ。それを待てばいい」

「そんなんでいいのかな」

「だから、何も便りがなければ、何も起きてないって事」

「無責任」

「……アズサちゃんをエタニティにしたの後悔してる?」

「全くしてないと言えば嘘になるけど、試してなかった方が目覚めが悪かったと思ってる」

「じゃあルカちゃんを帰したら、アズサちゃんを探してみようか」

「……それは有りかも」

「何か一つ目的があった方が、旅に張り合いも出るし。心配事は一つでも減らした方が良い」

「そうだね。じゃあとりあえず、今はルカに集中する」

「それがいいよ」


 その会話を最後に、私達はそのまま二人して寝入ってしまっていた。

 次の日の朝、ハルタさんから不穏な忠告をされるとも知らずに。



「服用者の管理移送が失敗したらしい」

「失敗……ってどういう事ですか」

 出発前に挨拶をしておこうと寄ったハルタさんに思わぬ事を口にされた。

「予定のポイントをまだ通過していないらしくって、捜索中だって。うちの連絡係が昨日の夜帰って来て報告があってね」

「あの、それって『パレード』の事ですよね……?」

 ルカが怯えたように確認した。

「そうだね。一応、未通過ポイントは戸棚原第四基地からは車で飛ばしても三日はかかる場所だし、服用者の徒歩ならなおさら、大丈夫だと思うよ」

 ハルタさんの気遣いには悪いが、それは詭弁だ。そしてルカはそれに気づける。

「で、でもそのポイントより手前で行方不明になってるんですから、街の、もっと近くにいるのかもしれませんよね……?」

「心配ならしばらくここかホテルの方で休んでいって続報を待てば――」

「いえ、今すぐ帰ります」

 ルカの意志は固かった。

「君達はどうするの?」

 ハルタさんが私とカガミにも訊いたが答えは決まっていた。

「ルカを連れて戸棚原に向かいます」


 

 昨晩に引き続き、ルカとシルビアは後部座席、私は助手席に陣取り、拠点を後にした。

 ルカはずっと黙ったまま、窓の外をあちこち見ていて、所在不明のパレードを探し続けていた。

 私とカガミは何の相談もしていなかったが、考えていた事は同じだったと思う。

 パレードの消失にアズサが関わっていると、そう予感していた。


 非常に間接的ではあるが、あのパレードが、アズサとルカ、そしてその家族の運命を大きく狂わせたと言える。


 アズサは、あの邂逅時点で、『やりたい事』の準備をしていると言っていた。

 それがパレードに関わる事であるならば、想像以上に、それは戸棚原の近くで起きていた可能性が高い。

 ゆっくりなどしていられない。

 とにかくカガミがほとんど休む事なく、ハイスピードで車を走らせ続けた事で、行きは四日かかった行程を、二日以内に収める事に成功した。

 ルカはその間、必要な事以外は一切口を利かず、相変わらずずっと窓の外を見続けていた。

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