第六話 忌避すべきエンカウント(1)
「私の同僚、根室は、例のパレードを奥さんと見に出かけてから連絡が途絶えてしまいました。他にも複数の住民が行方知れずです。捜索隊が派遣された結果、とある小規模拠点で、そこの住人を上回る数の焼けた死体が発見されました。争った形跡も見られたため、突如発生した服用者の襲撃に遭い、その反撃の過程で火の手が回ったのだろう。そういう事と思われました。死体は全て判別困難でしたが、おそらくあの中に根室はいます。そこは彼が懇意にしていた拠点でしたから」
これが依頼人、イルマ氏とネムロ夫妻の関係。
「当然ながらこの事案は内密に処理されました。服用者によって、小規模とはいえ拠点が一つ壊滅、そんな事実が明るみに出して、住民の不安を煽る必要はないと判断されたからです。外に出てから戻らない方々はそのまま行方不明として扱われます。これに関しては、実際、死体の身元は不明だったわけですから、その通りなのですが」
あのマンションの死体は綺麗さっぱり片付けられた。
あの拠点は既に無人になっていて、ネムロ夫妻一行はそれを確認した後、別の場所に向かってそのまま姿を消した、という事になったらしい。
それを全員が全員、鵜呑みにするとは思えないが。
「もちろん一般住民ならいざ知らず、根室のような外出を好む者達の間では、いまだ戻らないのならば死んだのだろう、と噂されています。外から戻らないとは、つまりそういう事ですから。より根室らの事情に詳しい人間には、あの小規模拠点で何かあったに違いないと思われていますが、誰も口にしません。拠点の恨みを買った可能性など口が裂けても言えません。彼らは対外的には慈善活動として、各種拠点と交流していたわけですから」
上層拠点の、特にヒエラルキーが上の連中というのは、どいつもこうなのか。
「ですが、それでも捜索を続けようと声を上げた方が何人かいたのも事実です。ほとんどは既に諦めていますが、たった一人、いまだに積極的に外に出ようとする子がいます。それが根室の一人娘の瑠夏ちゃんです。この前は検問を突破しかけました。このまま一人で出てしまうような事があれば危ないので、もういっそ、満足いくまで外に出してあげようと。それで坂崎さんの力をお借りしたいのです」
タンノユウナが補足する。
「瑠夏ちゃんには『外に連れ出してくれる人達が見つかった』と言ってあります。彼女に身元のバレていない私が、入間さんのような公的人間との関わりが無い体で話をしてあるわけです。本部の息のかかった捜索隊と出るよりは、あなた達のようなアウトローと秘密裏に外出する方が彼女も納得しやすい。もう両親は見つからない、と。まるで自身の選択、自発的な捜索の結果のように錯覚してくれるはずです」
また詐欺師紛いの事を。
「丹野さんの言う通り、くれぐれも瑠夏ちゃんには両親の死を直接伝えないようお願いします。あくまで、彼女が自分でその結論に至るよう導いてほしいのです。そしてどうか守ってやってください。彼女は本当に良い子です。無謀で命を落とすのは惜しいほどに」
「瑠夏ちゃんに両親の死を理解させて、拠点からの脱出をしないよう心変わりをさせる。これが本作戦の最終目的です。私からもお願いします。初めは打算的な交流でしたが、瑠夏ちゃんは強かですし、私も気に入っています。それに結果如何によってはさらにお礼も弾みますよ」
「どうして私にそんな事頼むの。裏切るかもよ」
「公聴会であなたは私に付き合ってくれました。それにあんなに強く抱き締め返してくれたのなら、まあお人好しだろう、と。違いますか?」
「と、まあ、こんな感じ」
私はカガミに、イルマ氏とタンノからのこの不可思議な捜索依頼についての説明をした。
「上層拠点の連中って劇団か何かなの?」
これが、話を聞いた彼女の第一声だった。
「車貰えるし、受けない手はないと思うのだけど」
「やるとして、それいつまでなの?」
「少なくとも一週間、そこからはネムロルカが気の済むまで。私達が自然な形で諦めさせれば、早くなるって」
「自然な形ねえ」
「外の生活の過酷さとか惨状とか、そういうのを体験すれば心変わりもするだろう、と。そういう狙いらしい」
「タンノユウナにバレてるんじゃないの。マンション大虐殺に立ち会った事」
「そんな素振りはなかったけど、……保証はできない」
初めて会った時以上にタンノの得体はしれない。既に全部知ったうえでの可能性はある。拠点内に紛れ込んでいるエタニティすら黙認している女なのだ。
「で、いつから始めるの」
「早速今晩から。車と一緒にネムロルカも引き取って出発。あとはある程度その子の言う事を聞きつつ、臨機応変に、だそうで」
「丸投げじゃーん」
「移動手段には代え難いよ」
「しょうがないな。しばらく車中泊になりそうだし、目一杯シャワー浴びて、ふかふかベッドで寝よう」
それはその通りで、ひとまず夜まで英気を養うことにした。
そうしてカガミと一緒に一通りの事を終えて、いざ床に入ってから今回の事について考えた。
もう既に死が確定しているあのいけ好かなかった夫婦の事。そしてまだ見ぬその娘ネムロルカ。手引きする怪しげな自称スパイのタンノユウナ。
ふと脳裏を掠めた。アズサはどうしているのだろうか、と。
あのエタニティとなった少女、死体を焼き払った張本人。
元気にしていれば良い。私達のように、信頼できる仲間が見つかっているならば、なお良いだろう。
もしも、アズサとルカが出会ったら、どうなってしまうのかとも思ったが、こんな微睡みの中で、そんな難しい事は考えられない。
いつの間にか眠りについていたらしく、窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。
とあるスーパーマーケットの倉庫が待ち合わせ場所だった。
そこには一台のトラック、その側でタンノがニコニコと小さく手を振っている。
そしてその横で、カーゴパンツにこれまたポケットのたくさん付いたジャケット、リュックを背負い、目深くキャップを被り、冒険の準備万端といった出で立ちで、不機嫌そうな顔の少女こそ、件のネムロルカであろう。
「来ていただけて良かったです坂崎さん、それに七星さんも」
「どうもどうも」
カガミが陽気に挨拶をする。余計な事は言わないように忠告はしておいた。
ネムロルカにとって、タンノは顔の広い団地住みの気の良いお姉さんなのだそうだ。
まさかこの脱走計画が、本部役員とグルだとは思うまい。
「もうお気づきかとは思いますが、この子が根室瑠夏ちゃんです」
「よろしくお願いします。呼び方は瑠夏で大丈夫です」
タンノの紹介で頭を下げるルカ。
「じゃあ私達も下の名前で呼んでもらっていいよ、ルカちゃん。あ、私達の名前は知ってるよね?」
カガミが声をかける。アズサの時といい、年下には妙に優しいな。
「はい、真千子さんと、香々美さん、ですよね?」
どっちがどっちかも理解しているようだ。タンノが事前に話しておいたらしい。
それから、もう一匹の同行者を見て、ルカは目を見開いた。
シルビアである。この子のおかげで初対面の相手にもスムーズに……、かと思いきや、
「やっぱり駄目かも、……犬」
苦手らしかった。
「どうして?」
カガミが訊く。
「昔、襲われた事ある。服用犬に」
……それは、難儀な思い出だ。
「皆さんにはこのトラックの荷室に乗っていただいて、そのまま検問をスルーして頂きます。その後、とある民家の前で降ろされます。そこの車庫に車がありますので、それで捜索を行ってください。拠点に再入場できるようにするための準備に一週間くらいかかります。それ以降であれば、車に積んである入場票が使えるようになっています」
「この件、どれくらいの人が関わってるの」
試しに訊いてみた。答えるとは思えないが。
「念のため匿名とさせて頂きますが、私が直接関わっているのはこのトラックのドライバーくらいです。彼の知り合いを通じて、外に車を用意してもらっています。検問の突破も彼の人徳の為せる所です」
滅茶苦茶だ。そんなたった数人で簡単に事が運ぶとは思えない。全ての準備に、イルマ氏の根回しがあるのは明白だ。
とはいえ、検問を何の問題もなくスルーできるのも、新しく車が用意されているのも事実なのだろう。
であれば過程は気にするだけ無駄だ。
私達は車が手に入る。若干可哀想ではあるがルカには現実と向き合ってもらい、そのお守りが終わったら戸棚原に彼女を返す。
そこから先は、拠点内でまたくつろぐなり、すぐにどこか旅に出てもいい。少なくともここに来た直後よりも格段に自由だ。
それに、今後もタンノの頼み事を聞けば、他にも色々と融通してくれるかもしれない。
私達は荷室に乗り込むと、積み込まれた段ボール箱の隙間を縫ってその奥へと身を隠した。
荷室の形状は、樹木のエタニティを載せていたのによく似ていた。そういえば、あれに襲われる前は、こうして密航者が乗っているものとばかり思っていたのだった。
「一応、灯りの類は点けないようにお願いします。話すのも検問を出るまで禁止です。……ワンちゃんも静かにしてられますよね?」
「大丈夫」
心配そうに言うタンノと、カガミを挟んでシルビアと距離を置いているルカに向ける意味でも答えた。
「では、お気をつけて」
扉が閉められ、真っ暗になった荷室。エンジン音と共に胎動する車内。そして、出発。
私達はタンノの指示通り、押し黙ったまま、大きな布を被った状態で暗がりに揺られ続けた。
そうして二十分ほど経った頃に停止。検問に到着したようだ。
男達の話し声が小さく聞こえる。顔も見ていないドライバーと検問に勤める衛兵だろう。
声は運転席側から、やがて荷室の後方へ、遂にはうず高く積まれた段ボール箱の向こう、扉一枚隔てた先に移動した。
ガチャリ、と錠が解かれる音が聞こえた後、検問所の電灯が荷室内に差し込んだ。扉が開かれたのだ。
「何も問題ないですよ」
ドライバーと思しき声が言う中、荷室がわずかに振動した。衛兵が乗り込んだのだろう。
私達はただでさえうずくまらせている身体を、頭を下げてさらに小さく屈めた。
段ボール箱を触りつつ荷室内を見回している様だ。懐中電灯の灯りが四方八方に向けられているのが、床を見ていても分かる。
通った隙間は箱をずらして埋めてあるが、動かせばここまで来ることは可能だ。
このままでは見つかる――。
いや、何を焦っているんだ。そもそもこれは全て、イルマ氏とタンノの手引きである。
ここに来て、検問への根回しが不足していた、なんて事はあり得るのだろうか。そうでなければ、これもタンノの大袈裟な茶番の一貫のはずだ。
ルカには、自力で脱出できたように錯覚してもらうのだ。
両親は見つからなかった、などという報告をしてきた公僕の、その手の平の上で踊らされているだなんて悟らせてはならない。
だからこそ、こんなイレギュラーが起きているかのような仕込みまでしているのではないか。
私はそんなに臆病者だっただろうか。
絶対に通ると分かっている検問に、こんなに緊張するだなんて馬鹿げている。
だがしかし、イレギュラーは起きるものである。
私の隣で伏せていたシルビアが、布の外に顔を出している。
私は焦りつつも、静かに元の位置に戻そうとシルビアの頭に触れた。その時、ひときわ眩しい光量がその手元を照らした。
反射的に顔を上げてしまい、そして布の隙間から、衛兵と目が合った。
「問題なし。行っていい」
荷室から降りた衛兵が言う。
「どうも、ご苦労さん」
そう返しながらドライバーが扉を閉めたようだ。
やがて、再度エンジンがかかり、ゆっくりと揺れ始める車内。
通った。検問を抜けたのだ。
暗闇ながら荷室内は弛緩した空気に包まれた。
だがまだ誰も口を開かなかった。暗くて何も見えないし、外の様子も分からない。念のためというやつだった。
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