第五話 黙ってくれよアジテート(2)

 今、私は三百人の聴衆を背に、会って二、三時間程度の女と共に、険しい顔をして座るお役人達の目の前に立っている。

 

 一体何をしろっていうんだ。というか、そもそもあまり目立ちたくないのだが。

 とはいえ何もしなかったら、それはそれで死を待つだけなのも確実。

 であれば、あてのない中、降って湧いたこの状況に身を任せるしかない。

 

 このタンノユウナなる奇妙な女に頼る事で、私達根無し草に突きつけられている危機的状況、その劇的な打開を期待する事にした。


「第十七番の丹野といいます。まずは、このような場を設けて頂き、有難う御座います」

 そう言って丁寧にお辞儀をするタンノ。そのまま突っ立っていても仕方がないので、私もそれに合わせた。

「今回のご提案、……拠点移動の件ですが、正直、突然の事で驚きましたし、すぐに決断ができる事ではありません」

 そうだそうだと野次が飛ぶも、タンノが黙ると、また静かになった。

 

 こうして、それはゆっくりと簡潔に語られ始めた。

「ロングタイム2000を必要としない方々が、常用者を恐れる事は理解できます。当事者である私達ですらそうなのです。前回の服用からどれくらい経ったのか、きちんと薬は効いているのか、不安になる事も度々あります」

 背後で聴衆がうんうんと頷いている気配を感じる。

 

「この拠点における生活が、私達にとってこの上ないほどに安全を保証されている事は承知していますし、それについてはもちろん感謝しています。ですが不自由がある事も事実です」

 淀みない滑り出し。今日のために練習してきたのだろうか。

 考えれば考えるほど、一体何のために私がいるのか分からない。

 そろそろお役人も「あいつ誰だよ」とか言いかねない。そうなったら私はなんて答えればいいんだ。


「本来であれば、人混みでの移動や各施設への入場制限及び常用者カード公開の撤廃を認めて頂きたかったのですが、今回の件でそれどころではなくなってしまいました」

 本来の目的とは違う議題を出された事に対する聴衆の苛立ちが背中に伝わる。


「小規模拠点への移動を、全員が全員拒否するわけではないと思います。常用者の中にはここでの生活に居心地の悪さを感じている方もいらっしゃいます。そういった方へ適切な配慮が為されるのであれば、こういった施策も良いものになり得ると思います。ですが、くれぐれも彼らをただ追い出すような事にはならないでほしいのです。彼らがいつでも戻って来られるようにしてもらいたい。そして移住希望者がいなかった際の抽選、このような事も再検討して頂けませんか。少なくとも私達に、住まう土地を選ぶ権利だけは保証してくれませんか」

 言い終わるやいなや、この陳情に同意するように、大きく、そして長い拍手が続いた。


「この拠点に入居する前、外で生活していた頃に、私は薬の常用を始めました。住んでいた拠点が服用者の群れに襲撃され、それを回避するために。その拠点では常用者や薬の流入を断っていたため、ロングタイム2000の在庫がありませんでした。しかし奇跡的に何錠かあったのです。代わりに、当時の無二の親友が服用者に囲まれつつ、私を逃がしました。彼女は薬を飲まず、一錠でも多く私に託す事で、私を延命しようとしたのです」

 突如、挟まれる身の上話。聴衆だけでなく役人達も神妙な面持ちで聴いている。

 

「当時起きた悲劇は、薬や常用者への排除や不理解が招いたものとも言えると思います。そんな経験をした私ですから、この戸棚原第四基地で行われている支援や各種配慮には、入居開始時には感動すら覚えました」

 なんかすすり泣きみたいのすら、ちらほら聞こえてきた。

 

「しかし、もう一歩踏み出してほしいのです。このままでは常用者とそうでない人達の間に溝ができるばかりです。既に存在する決まり事や住民間の空気を今すぐ変えるのは難しいでしょう。ですが、新たに格差や断絶を生むような施策は待っていただけないでしょうか。先程述べた通り、ここで過ごす事が辛い方達へのケアになるようなものに、そして彼らが安心して帰って来られるような、そんな施策として再検討して頂けないでしょうか。どうか、どうか宜しくお願いします」

 深々と頭を下げるタンノ。慌てて合わせる私。

 またもや盛大な拍手と歓声。背後に感じる一体感が尋常でない。

 これで終わり、と思われたが、タンノはさらにダメ押しのように続けた。


「――それと、これは私事なのですが、先程お話した親友こそが、何を隠そう隣にいる彼女なのです。常用者でもないのにも関わらず、服用者の群れを抜けて生還したのです。そして数日前に私達は再会しました。これこそが奇跡です。外の劣悪な環境を生き抜いた彼女と、この拠点内に暮らす常用者の私。そんな私達のように、この拠点の方々もそれぞれ新たに絆を結べるはずです」

 そう言ってタンノは、私の正面に回るときつく抱き締めてきた。

「ごめんね。それからありがとう真千子」

 そんな事を耳元で、でも確かにこの場に集まる人々にも聞こえるように呟いたのだった。


 なんという役者。

 そして私に与えられた役割。

 なんというか、……トリッキー過ぎるだろ。

 仕方がないので、急遽与えられたロールをこなすべく抱き締め返しておいた。

 目の前のお役人は三者三様に、自分の手で顔を隠している。

 え、泣いてんの? この三文芝居で?

 おかげで、この演技力皆無の阿呆面が見られていないので良かったが。

 ちなみにタンノは、たまに鼻をすすったりしてさめざめと泣いているらしかった。


 かくして公聴会は幕を下ろした。

 というより、私とタンノは手を繋ぎつつ、そのままの流れで会場を後にしたのだった。

 ちなみに帰り際にカガミを窺うと、前屈みになってぷるぷると震えていた。笑いを堪えるのに必死だったろう。

 知らん女と手を繋ぎつつ、ぼけーっとした表情で、祝福の拍手喝采を受けながら退出する私の様子は、さぞかし面白かっただろう。

 私は気まずいのと恥ずかしいので頭がおかしくなりそうだったよ。

 

 それから「三日以内に連絡します」と告げたタンノと別れ、一旦、一人でホテルの一室に帰った。

 その後、シルビアと共に戻ってきてそうそう、真正面から抱き締めてきたカガミに、

「愛してるよ、真千子……」

 とかいう雑なタンノの物真似をされた。

 当然、その頭は引っ叩いた。



 二日後の朝、ホテルのフロントから渡された手紙には、このホテルの最上階、その一室の部屋番号と『一人で』の一言だけが書き記されていた。

 差出人の名前は書いてなかったが、タンノが約束通り、連絡をよこしてきたと思われた。

 時間が書かれていないのはおそらく、すぐに来い、という事なのだろう。

 指示通り、カガミとシルビアを部屋に置いて、単独で向かう事にした。

 

 エレベーターが動いている事に、乗るたびに感動しつつ最上階へ。

 指定されたその部屋のドアをノックすると、すぐさまそれは開かれ、タンノユウナが姿を現した。

「早いですね」

「私、あと五日で死ぬんでね」

「なるほど」

 タンノは、私の言葉の意味をすぐ理解したようだ。

 

 私が泊まっているのより遥かに豪華な一室に通され、椅子に座るよう促されると、

「まずはそれを」

 と目の前の、膝下ほどの高さのテーブルに置かれたビニール袋を指し示した。

 私がそれを手に取り中身を見てみると、包装された錠剤が入っている。その数、およそ六十錠。

 見慣れた箱には入っていないものの見間違えるはずがない。かれこれ二年以上服用し続けているあの薬。つまり、ロングタイム2000、二ヶ月分がそこにはあった。


「ずいぶんな量ですね」

「シルビアちゃん含めて一人あたり二十錠です。必要な方が少なければ取り分は多くなります」

「親切にどうも。ちなみに、くれたよしみで教えると、必要なのは私だけ」

 私の言葉を聞くと、タンノがテーブルを挟んで正面の椅子に座った。

 

「その節はありがとうございました。おかげで助かりました」

「事前に説明してくれたらもっと上手くやったのに」

「あれくらい緊張してくれてた方がリアリティ出るんですよ、真千子さん」

 妙に馴れ馴れしいのはとりあえず放っておく事にした。


「で、結局あれ何。お役所黙らせるために一芝居打ったっていう事なんだろうけど」

「その通りです」

「あんな事で拠点本部みたいな連中が施策を撤回するとは思えない」

「それも、その通りです」

「じゃあ何のために」

「あの茶番で大人しくしてもらいたかったのは、本部の方ではないという事です」

 その直後、ドアをノックする音。

 タンノが訪問者を迎えに行き、そして通されたのは、あの公聴会にいた役員の一人だった。


「わざわざご足労頂きまして、有難う御座います」

 ペコペコとそんな事を言いながら握手を求めてきた男に応じる。

「入間さん。足を運んだのは私達の方ですよ」

 タンノが冗談を言うように指摘しながら、壁の方に避けてあった椅子を持ってきた。

「どうも」なんて言いながら、用意された椅子に入間と呼ばれた男が座り、タンノも改めて席に戻った。


「私、入間恭平と言います。都合で名刺はお渡しできないんですが、この拠点で常用者関連とロングタイム2000の管理を担当していまして……」

 イルマなる男が名乗る。

 これは一体どういう事なのか。

 常用者管理をしているイルマ、被管理者のはずのタンノ、そして無関係の私。

 そんな面子が一堂に会して、密会の様相を呈しているこの状況。


「……あの公聴会って、常用者のガス抜きのために行われたって事?」

「正解です。理解が早くて助かります」

 私が導き出した答えに満足そうに告げるタンノ。

「どこからどこまでが本当だったの。あの公聴会の諸々って」

 私のざっくりとした質問にタンノが丁寧に答え始める。


「この拠点において常用者の皆さんは、活動範囲にある程度の制限をかけられています。これでも少しずつ緩くしているのですが、それでも不満は募るばかり。かといって急激に制限を緩和したら、それはそれで薬と関わりのない方達からの反発も免れない。という事で、なるべく現在の処置が薄く長く続くように、坂崎さんの言う所の『ガス抜き』を適度に行っているわけです」

「じゃあ拠点移動の件は?」

「そんな施策は元から存在しません。全部茶番です」

「呆れた」

「馬鹿らしく聞こえるかもしれませんが大事な事なんです。制限撤廃の機運が高まった今、なんとか抑え込む必要があったのです。ですので、突然降って湧いた理不尽な施策、それに立ち向かう若き女性常用者。しかし彼女には悲しい過去が。そしてこの拠点が、いかに外の世界より住みよいかを声高に唱えるのです。『確かに扱いは悪いかもしれない、でも外はもっと酷かった』とね」

「詐欺師」

「なんとでも言ってもらって構いません。ここに住む常用者の半分近くが、外からやってきた難民です。彼らは私の言葉で思い出すわけです。『確かにあの頃はもっと酷かった、今はなんて安全なんだ』そう思うはずです。坂崎さんもここに来てからそう思った事はありませんか」

 ……確かに、安全を取るべきだと一瞬思った事がある。

 でもカガミと過ごす事を選んだ。だから役所に白状なんて真似はしなかった。

 結果、こんな事に巻き込まれているが。

 

「そして坂崎さんのおかげで茶番に磨きがかかりました。私に薬を託した親友、薬を必要としない人間と必要とする人間の友愛。ならば、我々も手を取り合えるのかも、住民達にもいつか理解してもらえるのかも。常用者達は怒りを収め、思慮深さを取り戻します。しかも私はこれで人気者なのです。一年かけてじっくりと団地に潜入を続けていましたから」

「潜入って。じゃあ、もしかして……」

「はい、私はロングタイムが不要な人間です。まあ今更ですが生き別れた親友なんてのも当然ながら存在しません、アドリブです。私は別の拠点から派遣されてきた、ただのスパイなわけです」

 スパイにただも何もあるか。

「役人まで揃いも揃って茶番を演じてただなんて……」

「イルマさん達は、私達のあまりの迫真の演技に笑いを堪えていたそうです。失礼しちゃいますよね」

 タンノが悪戯っぽく笑うと、イルマ氏は頭を掻いた。

 私が泣いてたと思ったあれ、そういう事だったのかよ。カガミと同じじゃん。

 

「どうして、そんな事まで私に話すの」

 これだけの秘密ばらす意味がない。薬だけ渡しておさらばでも良かったはずだ。

「実は、もう一つ頼みたい事があるんです」

「また脅迫?」

「いえ、そんな事をするつもりはありません。でもまあ一応言っておくと、あなた達が隠れエタニティの衛兵の手引きでこの拠点に侵入した事は割れていますが、それは不問にします。その衛兵もです」

「……じゃあ、今度は何をくれるの」

「良品の車をご用意します。今回の頼み事ではそれが必要になるので、そのままそれをお譲りします。どうですか。悪い話ではないと思いますが」

 突如、いまだ何のあてもなかったはずの、車の目処が立ってしまった。

「で、頼み事って?」

 美味しい話には裏があるものだが、話を聞いてみない事には始まらない。

「ここから先は入間さんの出番です」

 そうタンノが話を振ると、ここまで沈黙を守っていたイルマ氏がようやく口を開いた。


「拠点の外に探してほしい人がいるのです。同行者を連れたうえで――」

 

 

 イルマ氏らから一通りの要件を聞いた私は、カガミ達のいる部屋に帰ってきていた。

「おかえりー、どうだった?」

「まずはこれ」

 カガミが、渡したビニール袋の中を覗くと、

「おおー、薬いっぱい! これで当分死なない!」

 無邪気に喜んでいた。

「それから、車手に入った」

「マジで?!」

「条件付きで」

「なになに」

 興味津々である。

 

「人を探してほしいんだってさ」

「どこの誰?」

「しかも同行者付き」

「新メンバー?」

「そう」

「で、誰を、誰と、探すのさ」

「それが問題なんだよ」


 

 捜索する行方不明者は、とある夫婦。

 イルマ氏から話を聞いた時、顔に出ていないかと心配になった。私はその夫婦に心当たりがあった。

 

 それは、道すがら私達を『パレード』見物に誘い、その後、エトウキミヨ拠点長の決死の策謀によって、屋上で壮絶な死を遂げた、あのネムロ夫妻だった。

 

 そして、車と共に引き渡されるのは、十五歳の少女『ネムロルカ』

 

 そしてやっぱりタンノユウナは悪い女だった。

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