第四話 芽吹かざるオブジェクト(2)
植物。
トラックの荷室いっぱいにギチギチに詰まった赤黒い樹木、今はその表面が見えていて、その隙間から太い蔦が一本、荷室から垂れている。
さらに一本、二本と新たな蔦が顔を覗かせ始めている。
「な、なんなんですかこれは?!」
守衛が男に叫んだ。
「……こ、この子が、私の家族なんです!」
マジで何言ってるんだ。
これが男の家族というのは意味が分からないが、この謎の樹木の塊の正体は分かる。
「植物のエタニティ……」
カガミが呟いた。
土に溶けていたのか、服用者が齧りついたか、ロングタイム2000を取り込んだ樹木が、再度その成分を吸収して変異した、異形の植物。
私達が唖然としている間に、蔦はシュルシュルと地面を滑りながら、バンに絡みつき、そのとてつもない力であっという間にただの鉄塊へと変えている。
そうして複数の蔦に取り囲まれて、車は影も形も見えなくなってしまった。中に積んであったものも全て、食料、着替え、日用品色々、アサルト一号、カガミの工作道具、あの生首も。
それに、私の薬、ロングタイム2000まで。
「マチちゃん。これ、逃げた方がいいとは思うけど、そういう訳にはいかないよね」
「全部無くなった。拠点入れないと、外で死ぬ」
「ひああぁあ!!」
情けない悲鳴を上げながら地面を引きずられる守衛。
私はその足に絡みついていた細い蔦を、背負っていたマチェーテを振り下ろし切断した。
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言われたが、それどころではない。
私はこの植物を家族と言い張る男に聞いた。
「これ、制御できてるんですか」
「い、いや。変だな。こ、この子は、エタニティしか食べないはずなのに……」
エタニティは悪食だが、共食いするタイプまでいるとは恐れ入った。
だからあの生首があったバンを狙ったのか。
今も、バンだったものを飲み込んだ巨大な蔦の塊が、トラックの元にずるずると戻ろうとしている。
というか、それなら次狙われるのって……。
「行くぞシルビア! ゲートにダッシュ!」
カガミと共に正面の検問所に向かうシルビア。
そしてその後に続く守衛、男、そして私。
高速道路の料金所のようなゲートを越えて、その後ろに逃げ込んだ私達。奇しくも拠点内への侵入に成功してしまった。
蔦もこちらまでは届かないらしく、トラックを囲うようにうろうろと這いずり回っている。
私達のバンの後ろにいた車両達も、後ろに下がって橋から逃げ出したようだ。あの二人目の守衛もいない。
ゲートにいた他の守衛が慌ただしく、無線でどこかに連絡をしている。警備隊なりなんなりを呼んでいるのだろう。
私は、異形の植物を隠れながら見守る守衛に話しかけた。
「……あのー、さっき助けたんで、このまま拠点に入れてもらえたりしませんか。車ごと失くなっちゃいましたし、外放り出されると死んじゃいます」
「い、今そんな事聞きます? それよりもあれ、あの化け物どうにかしないと……、ていうか、結局あなた何者なんですか?!」
全員が、植物の持ち主、正体不明の男を見た。
「……お、お話します。もう観念しました……」
男が妻と共に外出したのは二週間程前のことだった。
目的は、死んだ子供のためであった。といっても亡骸を運んでいたわけではない。外に持ち出したのは、一本の小さな苗木だった。
子供の成長とともに、育てるつもりだったそれは、その役目を全うできなかった。子供は流産だったからだ。
大人になったら見ることができたはずの外の世界を見せてあげたい、とかそんな理由で苗木を拠点外に植えようとしたのだという。
しかし、上層拠点でぬくぬくと過ごしていた彼らは、外を舐めていた。
たった一人の服用者に襲われ、妻が常用者になってしまった。拠点に戻るには時間がなかった。彼らは遠出をしてしまっていた。
そのまま、薬のあてもなく二十四時間が経過し、妻は服用者となった。
男は苗木を丘の上に植えて、その下に自ら手にかけた妻の死体を埋めた。その日は一日中苗木をぼーっと見続けて、妻との日々を思い出していた。
その内、苗木の様子がおかしいことに気付いた。
どこか赤黒く、普通のものと違う。この時、植物もまた服用者になりうるという事実に、男は思い至った。
試しに自分の腕を少し切って、血液を苗木とその地面に垂らしてみた。
すると、苗木が僅かに動いた、気がした。
もしも、苗木が服用者と同じ状態ならば、普通の水や養分で成長する保証はなかった。自分の血液を与えるのにも限界がある。だから食料、つまり人間が必要だった。
けれど男に人を殺す度胸はなく、そもそも拠点外で他の人間に会うことは困難だ。だから男は、うろついている服用者を見つけ出し、その血を飲ませることにした。
動きの緩慢な服用者を見つけたら、捕まえて、生きたまま、苗木のそばでその首を切り、血を与える。
服用者は服用者を食べないのが通例ではあるが、半ば強制的に摂取させられているこの状況。エタニティがエタニティの肉を好むという共食いの性質を持ったのもこの影響かもしれない。
そしてある日、男は珍しいものを道端に見つけた。手足、それに首から上もない女の胴体だった。
男はラッキーだ、と思った。動く服用者を捕まえるより容易い。それを車に積んで、早速苗木に与えることにした。
胴体を苗木のそばにおいて、一眠り。
男が目を覚ますと、苗木はあっという間に大きくなり、一本の木となっていた。伸びた蔓がうねうねと自我を持ったように動いている。
数多の服用者の血を啜った樹木は、ロングタイムの成分が蓄積したか、あの胴体が特別だったのか、奇跡的にエタニティへと進化していた。
そして、樹木は食べるものを選り好みするようになった。
それが発覚したのは、どこかの小規模拠点から遠征していた一団に出会ったのがきっかけだった。
男はその一行を樹木の元に連れて行った。
蔓に巻き取られ、その体を粉砕され、捕食されたのはエタニティと名乗っていた男。他のメンバーは逃げ出した。
置いていったトラックを、男は借りることにした。樹木は蔓を器用に地面に這わせながら、地面から根ごと抜け、体を折り、畳みながら荷室に納まった。
そして元の拠点に帰ることにした。妻と、その血を継いだ樹木と共に。
「え、あれ、移動できるんですか?」
男の独白が終わり、最初に口を開いたのは守衛だった。
全員が橋の上のトラックの方を見ると、何本もの蔓を足のように地面に這わせながら、樹木部分を、トラックごと縦に持ち上げている怪物がそこにいた。
見た目はタコ、トラックのおかげでヤドカリっぽくもある。
「……いや、あれ、こっちに向かってきてない?」
カガミの言う通り、じわじわとゲートに近づいてきている樹の化け物。
「大丈夫です! この中にエタニティがいなければ襲われません!」
樹木の飼い主はそう言っているが、だから困っている。あの樹木はシルビアを狙っている。
どうしようと思いシルビアを見ると、その口に、切断された人間の腕を咥えていた。しかし、ここに腕を失くした人間はいない。
「シルビア……、これ何。……あー、なるほど……」
「今度は何?!」
さっきから守衛うるさい。
するとカガミが、シルビアからその腕を受け取ると、橋の方へと向かった。
「あ、危ないですよ!!」
守衛が叫ぶ。
するとカガミは、
「えーーーい!!」
樹木に近づかれる前に、思い切り、持っていった腕を川に向かって投げた。
そしてそれを追いかけるように、橋の柵に向かい始めるトラックを背負った樹木の化け物。
遂に、蔓が川に向かって垂れ始め、それからトラックごと樹木本体まで川に落ちた。
飛び込みによって轟く爆音とともに、橋の上にまで上がる水しぶき。
みんなで柵に行き、川を見下ろすと、泳ぐように橋から離れていく樹木の姿があった。本当にタコみたい。
「な、何したんですか……?」
守衛が聞いたが、
「まあ、餌で釣ったというか、あの首の、エタニティの腕が余ってたんです、あれです」
そう言ってごまかした。
実際は、シルビアが自分の身体に仕舞っていた人間の腕を一本こっそり切り落として、私達に託した、というのが真相だ。
この犬、利口過ぎる。
男はその場で、ぐったりと座り込んで何も言わなくなってしまった。
「この男は私達で連れて行きます。色々と話を伺わないと。いまだ帰ってきていない住民にも関わっているかもしれないので」
守衛はそんなことを言っていた。結局、この男は拠点内に入ることができた。家族と一緒は無理だったが。
というかこの男の処遇などどうでもいい。死活問題に直面しているのは私達の方だ。
「助けましたし、中、入れてもらえませんか」
「それとこれとは話が別です。そちらもしっかり話伺いますよ」
堅物め。そっちがそう来るならこっちにも考えがある。
「……あの樹木、エタニティだったみたいですけど、拠点の中って入れたんですか。襲う人選ぶみたいでしたけど」
「戸棚原第四基地はエタニティ不可侵の拠点です。絶対に通せません」
「でも、見分け付かない場合もありますし、隠れて住んでる人もいるんじゃ」
「……例えそうだとしても、大人しくしてればいいわけです。発覚すれば追い出すだけですから」
あーあ、それを言ったら、使わざるをえないな、この手。
「守衛さん、最初あの木に襲われましたよね」
「そうで……、すけど何か」
気付いたな。あんまり善良な人間を脅迫するのは好きじゃないけど仕方ない。
「守衛さんのこと、これから来る警備隊なりなんなりに教えてあげてもいいんですよ」
「……みなさんの事は善処します」
交渉成立。
「カガミ、この人が入れてくれるってー」
「やったー。流石マチちゃん。ネゴシ上手ー」
「ま、まだ通すと決まったわけじゃ……」
言いかけていたが、守衛はその途中で頭を抱えてしまった。
頼んだぞ名も無き兵士よ。私達の未来は君にかかっている。
シルビアが同情するように、守衛の足元をくるくると回り、ワンと一鳴き。
「……君も頑張れよ」
そんな同族からの励ましを受けながら、撫でられたシルビアはどこか満足そうだ。
いまだに項垂れている男を見て、思った。
家族、そんなにいいものかな。
今度はカガミの顔を見てみた。
「なに?」
首を傾げる彼女。
まあこの子と一緒に過ごし続けるのなら、やぶさかではない。今のところは。
「大丈夫?」
「私は平気。マチちゃんは薬どれくらいある?」
「あるある、ポケットに入れてたのが。二週間分くらい」
「よかったー。とりあえずは大丈夫そうだね」
「ねえ、カガミはさ。……私が死んだら埋めてくれる?」
なんて意味のない質問。
「状況による」
「状況?」
意味のない聞き返し。
「ちゃんとトドメ刺せて、動かなくなったらそうしてあげる。そうじゃなかったら置いて逃げる」
「それ、私が服用者になるの前提じゃん」
「マチコの末路、それ以外ある? 限界まで生きてもらうし、ただじゃ死なせないよ。もちろんエタニティになるかどうかも試すからね」
「ありがと」
「どうも」
答えは分かっていた。カガミならそう言う。無駄な質問だった。
でも、まあ、改めて聞くのも悪くない。
返事の決まっている問いかけをして、その通りに返ってくるのは、意思疎通が正しく出来ていることが確認できているようで嬉しい。
ふと、私ならどうするかな、と考えてみた。
私は……、カガミのこと置いていけないかも。
無理矢理でも死体を運んで、それから……、どうするんだろう……。
くだらないことを考えるのはよそう。それに縁起でもない。
生きていれば十分。
私もカガミもシルビアも、あの樹木のエタニティにも、そう思えた。
エタニティといえば、あの生首。捨てた胴体はどうも養分になったようだが。あいつはどうでもいいか、悪い奴だったし、人殺し過ぎ。
「早く宿見つけなきゃね」
「そうだね」
守衛の元を離れたシルビアが、私達の足元で伏せた。
きっとこれが家族、かも。それなら結構悪くないかもしれない。
慌ただしくする衛兵達、この拠点に家族がいる彼らにも幸あれと、そんな柄にもない事を思いながら、カガミとどちらともなく手を繋いでいた。
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