第四話 芽吹かざるオブジェクト(1)

 上層拠点『戸棚原とだなばら第四基地』

 基地と冠しているが、その強気な名前をしているだけで、至って普通の街である。その普通の街というのが、この時代では大変貴重なのではあるが。

 複数の川で囲まれており、拠点に通じる各橋では検問が行われ、入る者も出ていく者も厳しく管理される。

 一度、ハルタさんにお使いを頼まれて内部に入ったことがあるが一瞬だった。

 入り口ゲートを抜けて、検問を通ってすぐの倉庫で食料やら日用品、もちろん薬も、それらを積み込んでそそくさと出発したからだ。

 エトウマンションのアズサからもここの話は聞いたし、顔の広かったアンザイのことだから、あいつも来たことがあるはず。


 ツテもないし、普段だったら追い返されるが、今回は手ぶらじゃない。

 悪名高いアンザイが死んで、評判の良いハルタさんの拠点がグレードアップ、それにエタニティの首。

 私達は無名だけど、土産も土産話も色々取り揃えているから、どれか一つくらいは、興味を引けるかも。


「で、マチちゃん。あの屋上大殺戮の話するの?」

「するわけないでしょ。全部知らないふりでいくから」

 外出した上級拠点の住民十二名が一向に帰還しない事実は、今後おそらく拠点内でも発覚する。なんならもうしてるかもしれない。

 そうなれば、彼らが出入りしていた小規模拠点に、疑いの目が向けられるのは間違いない。

 それは唯一生き残った、というか生き返ったアズサも承知で「やる事やったらすぐここを発ちます」と言っていた。

 ちなみに、やる事というのは、四十三人の死体を屋上でまとめて火葬するという、豪快な弔い兼証拠隠滅のことだ。

 服用者になった住民達に、薬の再服用を試さないのかと聞いたが「もったいないから常用者の真千子さんが使って下さい」とカガミが見つけた薬の箱を丸ごとくれた。

 それに「お母さんが死んじゃったんじゃ、他の人にあげる意味もないです」とも言っていた。

 

「今日混み過ぎじゃない?」

 カガミの言う通り、ゲート手前の橋上の段階で、前に三台、後ろには二台の車が控えている。

 目の前は中型トラックで、きっと物資や資材搬入の車だろうが、他は至って通常の乗用車、何かを積み込めるような感じでもない。

 この中では、私達が乗っているバンが、あのトラックの次に業者っぽい。

「多分、あれだ。パレード組」

 私は服用者大量移送の見物客がぞろぞろと帰ってきているのだろうと予想した。

「っぽいねー。戸棚原って、意外に出入り自由?」

「私達の思ってるよりは、その辺緩いのかも」

「まあ気を遣うべきは入ってくる方だろうし、出ていく方はそこまで気にしないのかな」

 

 そうこうしている内に、一台が橋の上に進んだらしい。あと二台。それが済んだら私達。

「そろそろ後ろのエタニティも捨てたい」

 カガミがぼそりと言う。

「だから、胴体と一緒に捨てればよかったのに」

「珍しいから何かに使えると思ったし、面白い事でも言うかと思ったんだもん」

「で、結果は猿轡」

「やっぱ、二人と一匹旅が一番」

 今、荷台に積んであるのは、生活用品や食料品、それにカガミの発明道具、一番場所を食うアサルト一号が二台。そして、忠犬シルビアと口封じをされた生首のエタニティコンビ。

 一号に収納していた胴体の方は道中捨ててしまった。生首より面白みがないしグロかったから。

 それに、流石に上層拠点入場の際に、入れてもらえない原因になりかねないと思われた。

「アズサちゃん居ても楽しかったかも。あ、でもそれだとマチちゃんとイチャイチャできないね。良かったねー、マチコさん。お誘い断られて」

「うるさいな」

 あの時は咄嗟に、旅の仲間に加わらないかと誘ってしまったが、今はこれで良かったと思っている。

 ほんの数時間話しただけの私達にいきなりついてくるより、しばらく一人で過ごして、今後の身の振り方を考えるのが良い。

 きっと彼女は一人でも生きていける。そういう気性だと思う。それに、おおよそにおいては不死身のエタニティなのだから。


 さらに一台進み、遂に目の前のトラックの番だ。これが終わればようやく私達。並び始めてから一時間既に近く経っている。

「あぁー、やっと進んだ。追い返されたらどうする? 多分そうなるけど」

「貰えたら地図貰って、生首川に捨てて、もう夕方だし適当な場所で車中泊」

「拠点地図、どうせ古いのしかないよ。あいつら外のことなんて気にしてないんだから」

「無いよりマシでしょ」

「そうだけどさー。……ん、……お? なんか揉めてる?」

 前のトラックの運転手が外に出て、守衛と何やら直接やり取りをしているようだ。

 やがて、男達三人、守衛二人と運転手が私達の前、つまり、トラック荷台の扉前で問答を始めた。

「なんかかかりそうだね」

「……面白そうだし、話聞いてみる?」

「やだよ。面倒そう」

「どうせダメ元でここまで来たんだから、少しでも門番の味方して通してもらえるようにしよう。あと暇だし」

「……まあ、それなら……。逆に警戒されるのは無しだからね」

 しょうがないとは思いつつ、カガミの言い分にも一理どころか三理ある。

 確かになんか気になるし、守衛の心象は良くしたいし、退屈だし。


 

 私達は車から降りて、あとついでにシルビアも一緒に出した。人によく懐く犬は、その犬も飼い主も、初対面の相手には受けが良い。旅で学んだ知見。

 カガミは羽織っていた怪しげな白衣をちゃっかり脱いでいる。あれが変わった格好って分かってて着ているわけだ。

「どうしました?」

 私が声をかける。

「ちょっと、まだ出て来ないで。下がってて」

 守衛の一人にあっさり拒絶されてしまった。それからまた運転手に向き直り、質疑を再開する。

 もう少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃないか。

 私がもう一度、話しかけようとすると、細身でくたびれた運転手の男が、突然大声を出した。


「――だ、だから言ってるじゃないですか! 荷台には怪しいものなんて何も無いんです! 出場票も失くしてしまっただけで……。だからお願いします!……通して下さい!!」

 ……いや、怪し過ぎるだろ。もう少し言い訳というか、何かないのか。

 まあ私達も、マンションの事以外は馬鹿正直に話したうえで、喋る生首を持ち出して切り抜けようとしていたし、何を言えたものではないが。

「……あ、あの。お嬢さん達からも言って下さいよお。この人達に……」

 いや知らんが。というか今、守衛にすっこんでろと言われたばかりだ。

「……お前達、こいつと知り合いなのか?」

 もう一人の守衛が問いかけてきた。また面倒な……。

 その問いにはカガミが答えた。

「いやあ、知り合いではないんですけど、何かご協力できることがあればなー、なんて思いまして。私達も早く通りたいですし、後ろもつっかえてますし」

 その言葉に全員が後ろを振り返ると、私達のバンの後ろには三台の車。……いつの間にか一台増えてる。

「……はぁ。パレードの連中出したらこうなるって分かってたろうに、これだからお偉いは……。もう何でもいいよ。こいつに扉開けさせるか、帰らせるかさえしてくれれば。俺先あっち見るから、お前こっち進めといて」

 そう言った守衛の一人は、私達の後ろの三台の方に向かった。

 

 この場を任された守衛、さっき私を追い返そうとした方が、愚痴をこぼした。

「普通、出場票失くしたって飛び込んでくる連中はみんな通るために工夫してきます。荷物も見られること前提で、相応の準備をしてくるわけです。そしたら俺たちが確認して、通すか警備隊呼ぶかして終わり。それなのにこの男ときたら『何も無い。怪しくない』の一点張り。こんなんじゃ応援も呼べないですよ」

 とにもかくにも荷室の中を見ないことには始まらないらしい。ここまでゴネるならもう警備を呼んでもよさそうだが、そういうわけにもいかないのだろう。

 運転手の方もどんな事情があるのか知らないが、もう観念して諦めるなりしてほしい。

「……私が彼に話、聞いてみましょうか。その間、あっちの犬連れた彼女とうちの車見てもらっていいですか」

 そう守衛に提案してみた。

「……まあ、それで話が進むならそうしてもらって構わないです。じゃあ、先にあなた達の方確認しますから」

 こんな簡単に、どこの馬の骨とも知らない奴に、どこの馬の骨とも知らない奴を任せるとは。上層住民がピクニック感覚で外出できるのといい、やはり規律が緩い。

 カガミの方に向かう守衛の背中に、私は後からこう付け加えた。

「穏便に、できれば通してほしいんですけど……。私達も通行証の類がないもので……」

「それはこれから決めます」

 なんだよ。ちょっとくらい融通してくれてもいいじゃないか。まあそれも、これからの働き次第かもしれない。


 

 私は、問題の男の方に向き直った。

「で、なんでそんな頑なに荷室開けないんですか」

「だから、何でもないんです」

「……それだと一生動けませんよ。聞いてたと思いますけど、私達も通行証ないんです。ここ出身じゃないから出場票もないし、何か協力できるかもしれませんよ」

 とは言ったものの協力する気はない。荷室への興味と私達が検問を突破できる可能性にかけただけだから、そのためなら迷わず切り捨てる。

「……家族は?」

 男はそんな事を聞いてきた。

「いません、全員死にました。強いて言うなら、あっちの子とあの犬だけ」

 私は、後方のバン、その運転席あたりで、守衛と話しているカガミと足元のシルビアの方に顔を向けた。

「そうだったんですか。僕にも家族がいるんです。今回もみんなで外に出たんですが……」

 そう言う男だが、助手席の方を見ても誰もいない。

「あの、ご家族。もしかしてこの中ですか」

 荷室を横目に聞いた。

 目を伏せる男。そして後ろから男の叫び声。……叫び声?


「なんなんですかこれ?!」

「だから先に説明したじゃないですか」

 驚く守衛とそれに呆れるカガミの声。あ、これは遂にあの生首を披露したな。

 すると、カガミと話していた守衛がつかつかと私のところに戻ってきた。

「あなた達、あんなの持ってきて入れると思ったんですか」

「いやあ、珍しいし、面白いかなと」

「その理屈、さっぱり分かりませし、あんなの通せませんよ」

「やっぱり?」

「やっぱりも何もないです。それで、こちらは……」

 男と荷室を交互に見る守衛。だが期待しているような進展はない。荷室の中身に見当がついたくらいで、怪しさも変わっていない。

 私は、守衛に近付いて耳打ちした。

「なんか、家族? が中にいるみたいです」

「それくらいなら開けてくれればいいのに。まあ出場票無いらしいので、本人確認できないんですが」

「あ、出場記録と名前、照らし合わせればいいんじゃないですか」

「それが彼、名乗りもしないんです。しかもあの車種も出ていった記録がないので」

「開けさせないと話にならないわけですか」

「そうなんです」

 一つ思い付いた。というかもうこれしかない。

「じゃあ、私があの扉開けたら検問通してもらっていいですか」

「え、いや。うーん。まあなんとかなるなら……。あ、でもあの首は入れないでくださいよ」

「大丈夫です。細かく刻んでから川に捨てます」

「……分かりました。なんとかしてみせて下さい」

 投げやり気味に私に任せた守衛を背に、もう一度怪しげな男に話しかけた。


 

「中に家族がいるんですか?」

「う、そうなんですけど……」

「じゃあ何も問題ないじゃないですか」

「出場票がなくて身元の証明ができないので……」

「どうして名乗らないんですか」

「それは、……困るんです」

「この中にいる方の家族、服用者なんじゃないんですか」

「い、いや。……違います」

 もう確定でいいんじゃないか。

 つまり、この男は家族と外で、運悪く服用者に襲われた。そして、その家族もまた服用者になってしまった。それを隠して、検問を通り抜けようとしている。

 出場票が無いのは、元々持っていない拠点外の人間だから。もしくは、本当にこの拠点出身だが、身元が分かると一緒に居た家族の不在が割れてしまうから、失くしたと言っている。

 どちらにせよ、この荷室を開放して、中から飛び出してくるのは生き血をすする服用者だろう。

 私は、守衛に警告した。

「この中、多分服用者いますよ」

「家族って聞いてから、なんとなくそんな気がしてました。じゃあ警備隊呼んでなんとかしてもらいます」

「……それで、私達の処遇は……」

「上に相談して決めます」

 この感じだと……、通してくれなさそう。


 

 その時、微かに男のトラックが揺れていることに気付いた。

「風にしては強いような……」

 守衛は呑気にそんな事を言っているが、明らかにおかしい。

 つまり、荷室の中で、何かが、動いている。

「離れた方が――」

 私がそう言った瞬間、荷室の扉が金属がひしゃげる音ともに弾け飛び、私と守衛を通り過ぎた。

 振り返ると、その扉が私達のバンに直撃。運転席にフロントガラスを突き破って扉が刺さっている。

「カ、カガミ――」

 バンに駆け寄ろうとしたその時、その後方から、

「え、何?! 滅茶苦茶大きい音したけど。え、すごい! 何これ刺さってる! というか車!」

 シルビアと共に出てきたカガミを見て安心した。

 しかし一体何が起きたのか。

 私は、荷室に向き直り、その中身の、内側から扉を吹き飛ばした張本人、その正体を見た。

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