第三話 生まれ直しのパレード(1)

 私達人類が、『人間』『常用者』『服用者』『エタニティ』に分けられたように、人々が住まう拠点も大きく三種類に分けられている。


『中枢拠点』

 この国に幾つかある拠点でまさしく中枢、要人や重要人物は大概がここを根城にしている。

 数少ないながらロングタイム2000の製造を行っているのもここ。


『上層拠点』

 中枢拠点の管理を受けながら運営されている大規模拠点。その広さ、町一つ丸ごととか、それ以上の所もある。

 拠点内で資源の生産が行われており、サバイバル生活とは無縁である。入居さえできれば基本的に一生安泰。食事もライフラインも、もちろん薬も足りないなんてことはない。

 住民は、服用者やエタニティなんていなかった頃の、普通の暮らし、というやつを謳歌しているらしい。

 

『小規模拠点』

 ハルタホテルやアンザイシティはこれに該当する。住民達が自治し、資源やら何やらをやりくりしている。

 拠点長と呼ばれる人間が、大体にして上層拠点にコネがあり、そのおこぼれでもって生活が維持されている。

 小規模拠点の暮らしの豊かさは、イコールその地域の上層拠点や中枢拠点の慈悲深さを示している。

 ハルタホテルでシャワーが使えて、電気も通っているのは、担当上層拠点にライフラインの整備がしてもらえている証拠である。


 

 私達は、そんな数ある上層拠点の一つに、なにとなしに向かっていた。

 

 そして現在、そんな行き当たりばったりな旅路の途中、一戸建ての住居が立ち並ぶ住宅街、その中で一際高くそびえ立つ十四階建てのマンション、その屋上に私達一行はいた。

 夕暮れ時、オレンジ色に染まる人気のない町を、その遥か上空から、椅子に座って眺める私達。

 ここの住民や今日この日のために集まった人達は、周りで各自歓談、食事を楽しんでいる。豪勢にも、上層拠点で生産、流通している肉やら野菜でバーベキューである。

 この小規模拠点には初めて来たが、得体の知れない私達にまで、こんなにもしてくれるのはこのご時世にしては奇怪である。

 そもそもどうしてこんな所にいるのか。それは四時間程前に遡る――。

 

 

 普段、道中で他に動いている車や歩いている人間を見かけることはまずない。なんなら服用者だって珍しい。なのに、今日は妙に人の気配がする。

 というわけで、一日で見かけた車が三台目に突入した時、思い切ってその車の運転手達に声をかけてみることにした。

 後ろから追いかけて、その軽自動車にパッシングで合図。

 車を止めて降りてきたのは、恰幅のいい男と小綺麗な女のカップルで、ああ上層住まいの人間だな、と一目で分かった。

 その二人組が言うには、今はエトウキミヨという女がリーダーを務める小規模拠点に向かっているという。

 上層の人間がわざわざ外出して、しかも小規模拠点に向かうとは、どういう要件なのか気になる。

 私とカガミは、警戒よりも興味が勝り、人当たりも良く、一緒に行くかと提案してきた男達に甘えて、後ろを付いていくことにした。

 危なくなったら背負ったマチェーテを振り回せばいいし、何よりシルビアもいる。

 それに、新しく行く拠点に、そこを知る人間と一緒に入れるのは心強い。上層拠点の人間とも知り合いになれれば、今後の動きにも有利に働くかもしれない。

 そんな下心も込みで、私達は、この二人組もといネムロ夫妻に同行することにしたのだった。


 

「江藤さん。この子達、さっき道で会ってね。折角だからご一緒しようって。あとこれ、食材とか色々」

 マンションの一室で、そんな風に雑に紹介された私達。

 改めて名前を名乗ると、目の前の、疲れた顔の四十代くらいの女性も名乗り返した。

「このマンションの管理をしています江藤、江藤君代です。……何も無いところですが、安全だけはありますので、しばらくゆっくりしていって下さい」

「何も無いだなんて江藤さん、私達がいつも色々工面してるじゃないですか。それにこの前もあげましたよね、移動できるように車。薬だって渡しましたし。あ、常用者って今どこにいるんですかね」

「その節はどうもありがとうございました。……ただもうガス欠で、動かなくなってしまって。……それと、娘は下の階にいます」

「そういえば、この辺ガソリンスタンド無いんですね。ははは、これは失敬」

 不穏だ。ただそう思った。

 上層住民と下層住民の、現実に対する認識の差が、まざまざと表れている。


「先に屋上の方、行ってますね。あと友人が、十人くらい来るので」

 そう言い残して男は部屋を出ていき、女の方もお辞儀をしてから、その後を付いて行った。

 取り残される私達、三人と一匹になった部屋で、最初に口を開いたのはカガミだった。

「あいつら、最悪ですね」

「いえ、そんな事ないですよ。みなさん良い方達です。見返りなしで支援してくれてますし……」

「動かない車あげて悦に浸ってる連中、かばう事ないですよ」

「でも、今日も食材を……」

「あれ、人呼ぶからって今日だけ豪華なだけですよね?」

「……い。いや。そんなことは……」

 カガミの畳み掛けに目が泳ぐエトウさん。

「カガミやめときなって。エトウさん、結局どうして、今日はあんな奴らが集まってるんですか。私達まだ知らないんですけど」

「それは、今日、この先の国道を通るんです。パレードが」

「パレードって、あのパレード?」

「はい、服用者のパレードが」



 服用者の管理移送、通称パレード。

 拠点外を徘徊する服用者達を数千から、多ければ数十万単位で装甲車が先導し、所定の地点へと連れて行く、中枢拠点のプロジェクトの一つ。

 服用者は、ロングタイムを飲んでいない生き物を狙って襲い、襲われた生き物は常用者となる。

 そんな危険な存在であるから、大量発生直後には、政府主導で大規模な殺処分が行われた。

 しかし、意識を失い、五感も曖昧、そして人間を襲うそんな服用者も、曲りなりにも人間である。それに、薬の再服用によってエタニティとなり意識を取り戻す可能性だってある。

 問答無用の処分を良しとしない声が上がるのは当然だった。

 結果、襲われての正当防衛に限っては即処分、それ以外では一度収容という形がとられることとなった。

 服用者一人ひとりの身分や素性を確認、記録し、スタジアムや倉庫などの施設にまとめて押し込み、時間が経って動きが緩慢になっていくのを待つ。

 それから、次の収容先に移送。その移送方法こそがパレードである。

 装甲車の後部に餌係となる人間を配置し、それに服用者を惹きつけて、その彼ら自身の足で次なる地点を目指させる。

 そんな服用者のパレードが、このエトウマンションの屋上から見える国道を今日通るのだという。

 その見物のために、上層住まいの人間が、ここに集まってきているのだった。


「入場料取っちゃおうよ」

 なんてカガミは言うが、そんな事はできないだろう。

 私達のような根無し草ならいざ知らず、エトウさんのような他の住民の生活を守らなければならない拠点長が、上層拠点の人間の機嫌を損ねる訳にはいかない。

「このマンション、大きいですけど何人くらい住んでるんですか?」

 私の質問にエトウさんは答えた。

「今は、三十二人ですね……」

 ハルタホテルより少ない。

「常用者は?」

「……えっと、それは」

 答えを渋るエトウさんを安心させるように私は言った。

「私も常用者です。気にしません」

「そ、そうだったんですか。……一人、だけなんです。私の娘、梓の」

「……あの、アズサさんに会う事ってできますか」

 咄嗟に、そんな事を頼んでいた。

 もしかしたら少しだけ、その境遇に同情していたのかもしれない。

 拠点唯一の常用者、訪れる上層住民に虐げられる、姿も知らない彼女に。


 

 拠点長室兼事務所として使われていた先程の部屋とは別の、階下にある一室に、彼女は住んでいた。

 玄関のドアをノックし、旅の者である旨を告げた時には「帰って下さい」と顔も見せずに追い返されかけたが、シルビアに一吠えさせると、そっとドアを半開きにして「本物のワンちゃんだ……」という呟きとともに、片腕を出してシルビアの頭を撫でていた。

 そうして私達は、アズサこと江藤梓に入室を許されたのだった。

 私達を出迎えた彼女は、私より三つ下の十六歳だという。

 シルビアだけでなく、同い年くらいの女の子も初めて見たと言っていて、突然の訪問を驚きつつも喜んでくれていた。

 

「根室、本当に嫌な奴ら」

 話していく内に、カガミに同調してそんな事を言う程度には、痩せ細った身体に似合わずアズサがなかなかに逞しい人間である事が分かった。

 なんとなく、一人、部屋で孤独に過ごす少女のイメージでついつい接していたが、それは間違いだったらしい。

「二人共楽しそう。私もそんな風に過ごせたら良いのに」

 アズサはそう言うが、あまり気分の良くない人間の相手をしているとはいえ、拠点で安全な生活ができるのは貴重だ。

 外に出れば、危険な人間、服用者、たまにエタニティ、そんな奴らに遭遇しかねない。というか、実際にする。

 それを伝えると、

「なにそれ。聞かせてよ二人と一匹の旅の話」

 そんなことを言ってせがむものだから、観念して話した、主にカガミが。相変わらず、こういう時だけは積極的に喋りたがる。

 

 それに、

「じゃあ、そのエタニティの首が、今も車にあるの?!」

「アンザイって奴、酷いね……」

「アサルトって二号までだけ? 三号は?!」

 いちいちカガミの期待通りの反応をするものだから、それに合わせて調子良く喋っている。

 普段話し相手がいないというアズサが楽しそうなのは良い事だし、カガミも私以外とこんなに話しているのも珍しいから、私はそれを黙って見ていた。

 

「そして、なんと実は、シルビアはエタニティなんです!」

「そうなの?!」

 それは調子に乗り過ぎ。

「いやいやいや、ちょっと待ってカガミ、それは基本的に内緒だって……」

「こんなにビビッドに聞いてくれる子は、その基本からは外れるでしょ」

「そうは言っても……」

「真千子さん、大丈夫です。黙っといてあげます。……その代わり、何か見せて貰えます? シルビアの一芸」

 したたか。

 このままだとずっとせがまれるし、この子ならいいかなとそう思えてきた。

「……えっと、じゃあ。結構グロいかもしれないから、覚悟してね」

 そう前置きしてから、

「シルビア」

 指示を出した。

 わくわくしながら待つアズサの前で、シルビアの背中がばっくりと割れた。

 そしてそこから生えてきたのは、人間の腕、虫の脚、何かの触手、……などではなく。

 一対の巨大な鳥の翼だった。

「え、可愛い! 飛べるの、これ?!」

「いやあ、試した事ないからわかんないかな……」

 シルビアこいつ。戦闘モードのグロテスクチョイス、分かっててやってたのか。

 うちの番犬は思った以上に、人間への接し方を心得ているらしい。

 ただ、きゃっきゃと喜ぶアズサを見ていると、そんな事もどうでも良くなった。

 

「今日屋上、行かない方が良いかも」

 翼を仕舞ったシルビアに抱きつきながら、アズサがそんなことを言った。

「どうして?」

「どうして、っていうか。なんか嫌な予感がするんです。なんとなく」

 これはなんとなく、なんて直感だけが根拠ではない、と彼女の口調から思った。

 アズサは、確信を持ってこの忠告をしている。今日、このマンションの屋上で、何かが起きる。

「じゃあなおさら行くよ。こっちは外を旅するベテランだよ、最凶の番犬もいる。もしも何か起きるなら、この拠点の人達のこと守らなきゃ」

 カガミが、アズサを安心させるように言った。

「……うん、じゃあ、気をつけて。……お母さんのこと、お願いします」

 アズサはそう返した。

 その口調はまるで「仕方ない」とでも言うような、諦めに似た響きをしていた。

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