第二話 慈悲深きガジェット(2)
拠点長アンザイは、私達の想像以上のクズ野郎で、この拠点の男達は想定よりも善人だった。
「安斎は言うことを聞かない兵士や女性に、ロングタイム2000を無理やり服用させているんです」
たったこの一言だけで、この拠点の住民達の怒りは伝わった。
常用者でもない人間に、薬を飲ませ、言う事を聞かなければ、追加の薬を与えないと言って脅す。
これが、アンザイシティの秩序維持の秘訣だったようである。
この拠点のロングタイムは全て、アンザイの部屋のどこかに隠されているらしく、誰もその場所を知らないうえ、常に門番がいて容易に近づけない。
ちなみにこの門番もおそらく薬の常用者らしい。見張りの報酬が二十四時間に一錠のロングタイムというわけだ。
この事実は周知であったものの、触れてはならないこととして、表立って話題になることはなかった。
常用者が、自分が明日にでも正気を失った服用者になるかもしれないなんて言うわけがないし、口外したのがバレて薬が渡されなかったら、それこそ終わりだ。
だから、薬の場所を突き止めて確保しなければ、アンザイに反旗を翻す事が出来ないという。
「それでどうして私達に?」
「安斎が、坂崎さんを気に入っていて、毎回言い寄っているのは皆知っています。だからあいつの部屋に単独で行って、油断させる事ができるのもあなただけなんです」
じゃあ、ここに来てからやたら視線を感じたのって、安斎のお気に入りだって思われてたからだったのか、最悪過ぎる。
「いやあ、若い女だから顔パスなのかと思ってました」
カガミが挟むと、
「待ちに待ったあなた達が来たのに、止める道理はないでしょう。どうせ安斎なら通しますしね」
なんか恥ずかしくなってきた。
自分が若くて、……ちょっと可愛いから、通されてるんだって、ほんのちょっぴり思っている自分がいた。ほんと少しだけ。
「大丈夫、マチちゃんは可愛いよ」
「だからやめて」
事情は分かった。それで肝心の私にどうしてほしいのか。
「簡単です。先程言った通り、今晩、安斎の部屋に行って、薬の在り処を聞き出してほしいんです」
「そんな簡単にいきますか」
「それは坂崎さんの実力次第なんですが……」
「実力……ってなんですか」
「別に無理に体を張ってほしいというわけではないんです。薬の場所が分かったら、気分が乗らないとか何とか言って部屋を出てもらって大丈夫です。それからは私達の仕事です」
「薬の場所を言わなかったら?」
「私からは言うまで粘ってほしいとしか言えません。無理を承知でこんな事を言うのですが、……どんな手を使ってでも聞き出してほしいんです」
「どうするの、マチちゃん」
どうするも何もない、だって私には関係ないし、いくら相手がアンザイとはいえ、危ないのには変わらないし。もしもの事があったらと思うと……、そんな事考えたくもない。
「そもそもこの話、本当なんですか。……アンザイが私を呼び出すために、皆に一芝居打たせてるとかじゃないんですか」
「正直、そう言われてしまうと、返す言葉がありません。信じてほしいとしか……」
そう言って目を伏せる男の後ろから、一人の薄着の女がのろのろと重い足取りでやってきた。
女は、椅子に座る私の横に膝を着いて、顔を上げて懇願した。
「……お願いします。あなたしか頼りに出来ないんです。もう耐えられません、こんなの。私だけじゃないんです」
多分同い年くらいか、それより下か、とにかく若い女の子、だと思う。
その顔は栄養が足りないのか、ストレスからか、肌がボロボロで、露出している腕や脚は、痣と引っ掻き傷だらけで今も血が滲んでいる。
物理的な暴力と、いつ服用者になるか分からないという不安からくる精神的苦痛を体現したような姿。
悩んだ。
確かに可哀想、ではある。
これが、例え芝居だったとしても、その傷は本物だ。
薬の常用者特有の不安も分かる。
私だって、あのクズに一矢報えるなら、それに参加するのもやぶさかではない。
でも最初に言った通り、関係ないのだ。
ここにだって、もう用はない。二度と来る気はない。
燃料の目処が立たなくなった今……、
「お受けしてくれたら車の燃料補給させます。タンクも付けます。二十リッターの」
「喜んでお受け致します」
夜、私は一人でバンから拠点長室へと向かった。
アンザイには、私が「ガス欠に心底困っていて、今夜部屋に向かうかもしれません」的なことを、兵士の一人がそれとなく伝えたらしい。
カガミは車で待たせて、念のためシルビアを連れて行った。
校舎に入り、拠点長室前、シルビアは門番と一緒に部屋の前で待機させ、扉を開けて中へと入った。
「やあ、来てくれて嬉しいよ。あの犬は?」
「ドアの前にいる。カガミが念のため連れてけってうるさいから」
「別に乱暴しようってわけじゃないのに」
「乱暴でしょ」
「僕にはそのつもりはないんだけどな。それは?」
アンザイが聞いたのは、私の背負ってきたアサルト二号。
「これも持ってけって」
「せっかく返したのに。別にそれ一つで、あげる資材が増えたりはしない。まあ、報酬については、真千子さんの頑張り次第かな」
舐め回すような、値踏みをするような、そんな風に、ギョロギョロと目玉を動かすアンザイ。
ああ、これが悪意ある変態クズ野郎の視線だ、ここに来た時の男達のものとはわけが違う。
私はアサルト二号を床に下ろし、後ろ手に扉の鍵を閉めた。
「準備が良いね。じゃあ、早速……」
そう言ってジャケットを脱ぎ始めたアンザイにつかつかと歩み寄った。
それから、その顔面を、思い切り殴った。
思わぬ一撃に床に倒れるアンザイ。
「ひ、な、なんなん……」
その胸ぐらを掴み、殴る、殴る、殴る。
鼻血を垂れ流し、折れた歯と血を吐き出して、混乱しているアンザイに向かって聞いた。
「ロングタイム2000、どこ」
「な、なに言っ……」
「この拠点の薬、全部この部屋にあるんでしょ。どこにあるか教えて」
「そ、そんなの教えるわけ……」
「あ、じゃあ本当にこの部屋にあるんだ」
「か、カマかけたな……!」
「残念、それ失言。これで本当にあるって分かった」
「……くそっ! 衛兵は……」
「あんたに味方はいない」
念のため、本当にこの部屋にあるかの確認は必要だった。それに殴れたしスッキリ……は、まだしてない。もうちょっと殴れば良かった。
「で、どこ」
「言うわけないだろ、糞女」
もっかい殴る。血が飛び散る。
「失言。で、どこ」
「だから言うわけ……、っが……!」
腹を殴ってみた。
「往生際が悪い」
「……はぁはぁ、お、俺をここで殺したりしてみろ……、連中に薬が回らなくなる、他の資源の融通だって、……俺が、やってきたんだ……」
「私には関係ないよ。まあ、殺したりはしないから安心していい。でもその代わり、この部屋、燃やしちゃおっかな」
「な、何言って……、そんなことしたら他の連中も……」
「あんたも、でしょ」
「だから、さっきから何を――」
「あんた、常用者でしょ」
「そんなわけないだ――」
「じゃああんたをどっか適当なところに閉じ込めてやる、二十四時間。それで無事なら人間、そうでないなら服用者に変身」
「ど、どうして……」
「悪食の生首が言ってた。あんたのこと『美味しそう』って、常用者の肉が好物なんだって、あのエタニティ。私も言われた事あるからさ」
「な、なんで、そんなことで……」
「……あんた今まで賢いフリしてただけ? これも半分カマかけだよ。まあいいや。で、どこ薬は。今白状すれば、何日分かは残しといてあげる。じゃあテンカウント。いーち……」
慌てて、デスクの下に潜るアンザイを見ると、床下には金庫。ダイヤルを回して、解錠。
金庫の中から取り出されるロングタイム2000、その数、二十箱。一人で使い切れば八ヶ月分。
「まだあるでしょ、もう分かってる」
これを言う頃には、アンザイは壁際の棚の方に移動していて、バラバラと仕舞ってあったファイルやら書類を床に落としていた。
本当腰抜け。
それから棚の後ろの板を外して現れる不死の薬。数は、一体いくつだ……?
壁に敷き詰められていて、さらにその後ろにも重ねてある。百、二百? 千……は流石に言いすぎだけど……。
道理で脅しのために、安易に常用者を増やせたわけだ。
床に座ったまま、棚によりかかるアンザイ。
「め、滅茶苦茶に、殴りやがって……」
「女の子達はこんなもんじゃないでしょ。しかもあんたのせいで一生薬が必要になった」
「……」
「彼女達に何か言うことは? 私が伝えといてあげる。それとも自分で謝罪する? 許されるもんじゃないけど」
「……す」
「聞こえない、はっきり言って」
「……す、凄かったぜ、……マジで。服用者に変わる瞬間のあいつら、本当に。……誰もエタニティにならねえから、もったいないけど処分させてさ。あ、そん時使ったよ、白衣女のイカれた武器。直接腕突っ込んでさ、叫んでんの、痛くないくせに。……あ、じゃあまだ生きてたのか。あー、あれまだ常用者だったのかあ――」
そう言って、声を殺して笑うアンザイ。
決めた。
良かった、マジのゴミクズ最低野郎で。これで心置きなく、実行できる。
「あんたさ、エタニティ見たいって言ってたよね」
私は廊下への扉を開け、シルビアを招き入れた。
ここまでの大暴れの騒音も聞こえていただろうに、それでも門番は真っ直ぐ前を見たまま、知らないフリをしてくれている。
私は、持ち込んだアサルト二号を拾い上げて、アンザイの足元に投げた。
ガシャンと音を立てて近くに落ちるそれに、体をビクつかせるアンザイ。
「弾はある。二回分。……無理やり突っ込めば、もう二回分もあるかもね」
「何言ってやがる」
「頑張って戦ってみな、エタニティと」
「ま、まさか」
正面にいるシルビアの顔を見ながら、恐怖に怯えるアンザイ。
「シルビア、ステイ」
私が呼びかけると、シルビアの顔が縦に二つに割れた。
そこから巨大な、カマキリのカマのようなものやカブトムシやクワガタの角、申し訳程度に二本、人間の腕も生えてきている。
今日は触手なしで虫成分が多いな。
「手加減して、装填の時間くらいあげてね」
飛びかかるシルビアと絶叫するアンザイを見届けながら、
「たんとお食べ」
そう言って廊下に出た。
廊下には門番だけでなく、私に今回の件を直接依頼した男やあの女の子、他にも沢山の、アンザイに従事させられていた住民達が集まっていた。
「いやあ、薬見つけるだけだったのに勝手なこ……」
『ぎやああああああああ』
うるさいな。
「中、多分だいぶ散らかっ……」
『た、助け――』
ドア叩くな。今喋ってるから。
「とりあえず薬はあったし、今後の皆さんのことも当てはあ……」
再度絶叫、モーターの駆動音、ガリガリびちゃびちゃと何かを砕く音。
お、観念して使ったな二号。
そして遂に静かになる背後の拠点長室、全員が押し黙る。
私が扉を少し開けると、残っていた方のアンザイの腕が床に、びたん、と投げ出された。
それから、普通の犬ですよ、とばかりにシルビア登場。口元が血で汚れ……たりしていない。行儀が良い。
呆然とする観衆に囲まれながら、一人でにお座りの姿勢になり、小さく声を漏らした。
クーン、じゃないよ全く。
数日後、私達は、元アンザイシティ住民達のために、とある場所を訪れていた。
「君達は行くって言っても、すぐに戻ってくるんだね」
事務所でハルタさんが朗らかに言う。
「まー、お土産あるんで」
カガミが勿体ぶっている。どうしても、この役目は引き受けたいと言っていた。
「え、君達の方からそういう事言うの珍しいね」
「ホテル、手狭になってるって言ってましたし、薬も足りなーい、困り果てたー、……ですよね?」
「そうなんだよねえ。まさか……え、いや、期待しないよ。君達のこと優秀って言ったけど、どうせ、たいしたことな……」
「アンザイが死んだので、シティ丸ごととその住民、さらにロングタイム2000五百箱を進呈します!!」
「本当?!」
コントか?
私達は全てに始末をつけ、またも放浪の旅に出発していた。
「なーんか良い事した気分」
「カガミ、ハルタさんに報告しただけじゃん」
「アサルト二号も大活躍。記念に二つとも進呈しちゃったし」
「多分使われないよ」
「そしてシルビア、お手柄。しかも驚かしただけで噛みつきもしなかったもんね」
「結局、ひとりでに失血死だかショック死。……今更だけど、シルビアに汚れ役はこれきり」
車の窓を開け、風を感じながら、人っ子一人いない街を眺める。
「どこ向かってるの?」
「ちょっと上層拠点の方行ってみよう」
「どうせ門前払いだよ」
「見に行くだけでもいいじゃん。アンザイもそっちの方から薬調達してたらしいし、手土産もそう言ってる」
「私、もしかして一生この扱いなんですか」
荷台に放ってある生首が、文句を垂れた。
カーブの度に転がり、壁や積んであるアサルト一号、シルビアにぶつかっているが、それにはもう慣れたらしい。
あんなに酷い事をしたのに、良い事した気分、まあ分からなくもない。
私達を見送る、あの傷だらけの女の子の笑顔を思い出して、ふと、そんな事を思った。
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