第二話 慈悲深きガジェット(1)

「これ、ガソリンやばくない?」

「まだ大丈夫、このメーターがあと二ミリくらいいくとやばいけど、まだ間に合う」

「アンザイ、素直に燃料くれるかなあ」

「違うよマチコ。頂くんじゃないの、向こうが私達に捧げるの。ははー、マチコ様、そして頭脳明晰、最強のメカニック、あなたの作る武器はいつでも最高ですぅ、カガミ様ぁ、って」

「……」

「ちょっと、黙んないでよ」


 ハルタホテルを出発した私達は、丸一日かけて、拠点長アンザイが取り仕切る、通称アンザイシティに向かっていた。

 アンザイシティはその名の通り、小さく凝縮された町というような施設で、使われなくなった小学校をリメイクした拠点だ。

 数百人の住民は、いずれも施設内外の仕事に従事することで、アンザイから衣食住を与えられている。


「とうちゃーく」

「うーわー、着いちゃったよ」

 

 拠点の入り口、校門前にはボウガンを持った見張りが二人立っていて、私達のバンに立ち塞がった。

「どうもです」

 ドアウインドウを開けたカガミが軽く挨拶をすると、見張りは私達を見やってから、

「よし、通れ」

 とすぐに通してくれた。


「流石、若い女はスムーズ」

「マチちゃん、絶対シルビアと一緒に車中泊ね」

「分かってるって」

「ていうかあいつら、私のあげたアサルト二号持ってなかった!」

「いや、ボウガンかあれかで言ったら、絶対ボウガンの方がいいよ。私でも分かる」

「なんでさ。弾にも困らないんだよ」

「あの倫理ぶっ壊れリロード、結構勇気いるよ。……私は慣れたけど」

 

 校庭の一角の駐車スペースにバンを停め、台車に載せた金属樽ことアサルト一号を一台運びながら、二人と一匹で校舎に向かう。

 校舎前の衛兵ももちろん顔パスで通り過ぎたし、なんならアサルト一号の台車を運ぶのを手伝ってもらいさえした。

「あいつら、今優しくしとけば、良い事してもらえるって思ってるんだよ」とはカガミの談。

「何を馬鹿な事を」とも思ったけど、今回に限っては異様に男達の視線が熱い、気がする。

 本当に勘弁してほしい。

 

 校舎内は各教室がそれぞれ、物資の倉庫だったり、武器庫や、居住スペースなどに割り当てられている。

 すれ違うのは大体、先程のようなボウガンなり、バットなりと、武器を持った男達ばかりで、女、若いのはとりわけ珍しい。

 すたすたと歩き続けて、元校長室、現拠点長室に到着した。

 扉の前に立つ門番に、

「どうも、サカサキと言います。アンザイさんに用がありまして」

 と伝えると、あっさり扉を開けてくれた。

 中に入ると、遂に対面。

 

 奥のデスクについたまま、私達を出迎えたのは、アンザイこと安斎。

 この拠点の長にして、私の嫌いな人間トップに入る男。

「いやあ、久しぶり真千子さん、香々美さん、それにシルビアも」

 このアンザイという男は、細身の、実に胡散臭く、世界崩壊前だったら詐欺師とか、そういうのが天職だったんじゃないかと思われるような男だった。

 いつでも、シワ一つないストライプのスーツに身を包み、ネクタイも緩めない、几帳面な男でもあった。

 

「あのー……」

 私が話し始めるより前にカガミが食って掛かった。

「ちょっとアンザイさん! 私があげたアサルト二号。誰も持ってなかったんだけど!」

 あんまり文句言うと、ガソリンもらえなくなるぞ。というか、あれ常時携帯は無理だよ。

「……いや、香々美さん。あれ持ち歩くのは無理ですよ……」

 ほら、やっぱり。

「え、じゃあ今どこにあるんですか。せっかくあげたのに……、使わないんなら返して下さい」

「あげたっていうか、君達が燃料と交換できるもの無いって言って押し付けたんじゃ……」

 カガミの猛攻にちょっと気の毒な感じもするが、私はこいつが嫌いなので、何も問題はない。問題はないが、この結果、車が動かせなくなるのは問題だ。

 ……不本意だが、ちょっと助け舟を出してやろう。

「カガミ、もうやめよう。アンザイさん困ってるよ。それに、私もあれ……、アサルト二号を普段から使いこなすのは難しいと思う」

 不服そうなカガミだが、観念したようで、

「……仕方ない。レギュラー満タンで手を打ってやろう。あとタンク四つ。二十リッターの」

 前言撤回、本当にこの子は……。

 この子とか言ったが、私より二つ年上のはず、なんだけど。

「香々美さん。もう少し、大人の交渉、ってやつをしましょうよ。うちだって物資は常に逼迫してる。というかどこもそうでしょう? どの拠点も誰も彼も、常に何かしら足りない、だから協力して補いあう。そうやってこの世の中は回ってるんですから。そこからくると、あなたの……、アサルト二号はもっと渡るべき所があるはずですよ。うちは武器は足りてますから」

「で、じゃあここは何が足りないわけ?」

 売り言葉に買い言葉。そして、その聞き方は一番ダメなやつ。

「兵士達の心の安定、娯楽、士気……、ですかね」

「最低」

「大事な事なんでね」

 そうなのかもしれないが、わざわざ私達がこの身を捧げるつもりなんて毛頭ない。

 

「まあ、それに見合うかは知らないけど、手土産は用意してきた」

 そう言って、台車で持ってきたアサルト一号の上部をポンポンと叩くカガミ。

「……まさかそれが手土産ですか。二号もお返ししますし、それはもっと要りません。全部持ってお引取りを。……まあ気が変わったら、後でこの部屋に来てもらえれば、燃料くらい工面しますよ。特に真千子さんなら、……少しは弾めますよ」

 カチンときた。

 ここまでやけに大人しいと思っていたら急に来た。本当に気持ち悪い。

「ほら、これですよ」

 私はそう言って、一号の蓋を開けて、中に入っていたものを掴んで、デスクに向かって投げた。

 ごろりと転がって、目の前で止まったそれを見て、

「ひっ」

 と声を上げるアンザイ。

 すぐに取り繕ったがもう遅い。お前の情けない悲鳴はもう聞けた。これだけでも収穫。

 アンザイを驚かせたのは、先日のハルタホテル襲撃犯の生首だった。


「……なんなんです、これ」

「エタニティの首ですが何か。こっちの中には胴体も。まあまあ綺麗に残ってるんで、拠点の皆さんでシェアしていただければ良いかと」

 酷い売り文句だ、と自分でも思ったが口から出るそれを止められなかった。

 カガミが「おお、さっすがー」とか小声で呟いたが、多分普通にアンザイにも聞こえてる。

「随分下品な物言いじゃないですか、真千子さん」

「アンザイさんも大概ですよね。あと名前呼ばないで下さい。サカサキでいいです。この際だからはっきり言わせて頂きます。私、あなたのこと、嫌いです」

 遂に言ってやった。もうガソリンはもらえないだろうけど仕方ない。

 こいつの要求に従うくらいなら、車捨てて徒歩でいい。

「……はぁ、ま、失礼なのは仕方ないです。じゃあ僕もはっきり言わせてもらうんですけど、……坂崎真千子さん。僕あなた滅茶苦茶タイプなんですよね。どうですか、悪いようにはしませんよ」

「一号、ここでぶっ放しても良いんですよ」

「マチちゃん、やっぱこいつ殺そ。エタニティが暴れたとか言えば、言い訳立つ」

「僕が死んだら拠点に暮らす住民が路頭に迷いますし、弱者はもっと酷い目に遭う。あなた達としても、それは不本意ではないですか」

 クズ。本当に嫌い。今すぐ首を刎ねてやりたい。

 

「本当、車で聞いてたのの、何倍も下品ですね、この男」

 突然、アンザイの前の生首が口を開いた。

 ガタンと音を立てながら慌てて立ち上がるアンザイ。

「……い、生きてるんですか、これ?!」

「エタニティって言ったじゃないですか」

「これ、とは失礼ですね」

 生首が喋るのは、さも当然かのような態度の私と生首当人。

 そして、生首の顔を覗き込むアンザイ。

「……結構美人ですね」

 マジで殺したい。

 

「それで、切り離されて死に体のエタニティの首と胴体持ってきて、どうしろって言うんですか」

「だから燃料と交換」

「馬鹿な事を」

「一号も付ける」

「要りません」

「え、あげないで!」

 埒が明かない。

 

「そもそも、エタニティ見てみたいって言ったのあんたの方でしょ」

 もはや、最低限の礼儀正しささえも、こいつに振る舞ってやる気はない。

「生きた、エタニティですよ。これも一応生きてはいますが、動けるエタニティが見てみたかったんです」

「どうしてまた」

「何でもいいじゃないですか。こっちの都合ですよ。だからこれじゃ、何かと交換だなんて無理ですよ」

「私、そんなに魅力ないですか」

 生首が割り込む。

「胴体とくっついていれば良かったんですがね、四肢もがれてるくらいなら、全然需要ありますよ」

「噂に違わぬ最低野郎ですね、この男。これでも美味しそうなんだから罪よね。本当、食い殺してやりたい」

 また生首から離れるアンザイ。腰抜け。

「……燃料必要で困ってるのはそっち。うちは困ってない。払える対価はある。でも払う気がないのもあなた達。これ以上、僕から言える事は何も無いですよ」



「マジで気分最悪」

 私達は、施設内の食堂で、子供用の小さな学習机を流用した座席につき、ひとまずくだを巻くことにした。

 腹が減っては戦は出来ぬ、何か貰えないかと試しに行ってみたら、上層拠点のおこぼれの包装されたパンを、すんなり貰うことが出来た。

 シルビアの分まで配ってくれたが、この子、好き嫌い激しいんで、と言って返した。ここだって、食料は潤沢ではないだろう。それに、食い意地張ってる奴を見たせいで忘れかけるが、エタニティなので食事は要らない。

 ちなみに、餞別と言って生首だけ置いてきた。仲良くやっててくれ、できればあのクズに噛みついてほしい。

 

「いやー、マチちゃんカッコよかったよ。このままガス欠まっしぐらだけど」

「最初に喧嘩売ったのカガミでしょ」

「最初に喧嘩売ったのは向こう。アサルト二号使ってなかった。ていうか二号返してもらうの忘れたし。……やっぱシルビア見せる?」

 足元のシルビアを二人で見ると、ぺたんと伏せたままこちらを見ている。

「あんまりしたくないな、それ」

「そーだよねー」

 そんなにエタニティが見てみたいなら、シルビアにゴーして見せてやればいいのだが、一応隠し持った切り札。

 それにそんな勝手で大事な仲間に無理させるわけにはいかない、……本人は嬉々として魑魅魍魎を解き放っているのかもしれないが。

「マチコさー」

「何」

「もしかして、自分があいつのところ行って一肌脱いでくれば解決とか考え――」

「考えてるわけないじゃん。そんな事絶対したくないし、するくらいなら、カガミもシルビアも歩かせる」

「……マチちゃん、やっぱ最高」

「ありがと」


 お気楽な雰囲気だが、事態はまあまあ深刻だ。

 歩くとなれば、少ないとはいえ外をうろついている服用者に出会うかもしれないし、野宿は普通にしんどい。移動も時間がかかるようになるうえ、物資調達も困難。

 私は脱ぎたくない、シルビアも見せたくない、できれば歩きたくない。

 どうしたらいいのだろうか。

「あのー……」

 と話しかけてくる知らない男、拠点の兵士の一人だろう。あと抱えてるそれ……。

「あー! アサルト二号!」

 カガミが騒ぐ。

「拠点長にこれを返してこいと言われまして、それから伝言で、『いつでも待ってる』と……」

 伝言までさせて、気持ち悪過ぎる。私の何が良いんだ、そんなに。

「マチちゃんは魅力的だよ、私が一番知ってる」

「当然のように心の声に割り込まないで」

「だって何考えてるか丸わかりなんだもん」

 カガミのおふざけに付き合いつつ、アサルト二号を受け取った。

 

「本当凄いですね、それ……」

「え、使ってくれました?!」

 目を輝かせるカガミ。

「一応、演習で使ったんですけど、まあ何人か吐いてましたね……」

「そこは慣れてもらって」

 無茶な要望だ。

 

 ……ここで遂に、アサルト二号の全貌を解説してみよう。

 アサルト二号は、簡単に言うと、携帯用のアサルト一号である。

 人間の腕一本分が入るくらいプラスバッテリー、そんな大きさのタンクを背負い、例によって延びているホースを通して、弾丸を射出する。

 弾の装填、というか元手は、まあ、服用者の腕をタンクに突っ込む。

 背中で腕が砕けるのを感じながら、手元からはその成れの果てを発射できるという極めて悪趣味な、カガミ一押しの一品。

 ちなみに軽量化に伴い、一号のようにガトリングが如き連続射撃はできない。一回引き金を引けば、弾も一発しか出ない。

 とまあこんな仕様で、それに一号ほど弾をストックできないから、二号の装備者は、マガジンとなる服用者の腕を何本かぶら下げて行動し続けないといけない。

 絵面最悪。そりゃ常時携帯は厳しいよ。

 

「……あの、それで、お二人に頼みたい事がありまして……」

 腰を低くして頼むその姿に、まあ聞くだけならいいかと思って応じると、今まではちらちらとこちらを見るだけだった食堂にいた他の人間までも、露骨にこちらに注目し始めた。

「……なんなんですか、何か企んでます?」

「ええ、そうなんです」

 普通、何か企んでると聞かれたら、そんな事はない、と返すものだと思うが、そうではなかった。

 そうして一人の名も無き兵士から聞かされたのは、切実なる告発だった。

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