第一話 華麗なるマチェット(2)
「何も無いですねー」
「流石に無いかー、アンザイのとこへの手土産どうしよう」
小さな店内の棚には、薬、食料、めぼしいものは何も無い。
「奥見てこよう。家の方なら何かあるかも。シルビア見張っといて」
ワンと一鳴きした番犬を入り口に待たせ、店の奥に繋がっている居住スペースの方に侵入した。
キッチン、居間、寝室。一通り見て回ったが荒らされているうえ、やはり何も無い。
「うーん、どうしようか」
「仕方ない。ハルタさんとこ戻ろ」
「さっき出ていったばっかなのに、また手ぶらで戻るの気まずいな」
「しょうがないでしょ。マチちゃん、アンザイに無茶苦茶言われるのとどっちがいい?」
「当然、ハルタさん」
「でしょ?」
かくして、あっさり元の道を戻ることとなった。
優しいハルタさんなら、見かねて何か見繕ってくれるかもしれないと考えたのもある。
なんとも図々しい客人である。
やがてハルタホテルに再到着、既に夕暮れ時。
「結局言い訳思いつかなかった」
「アンザイのとこ行くんで、何か下さいって言えば、何かくれるよ。ハルタさんだし」
「それもそうか」
そんな適当でもいいのが、この拠点の良いところだ。それか私達が特別優秀で、ハルタさんに一目置かれているのかもしれない。
「あれ、見張りいない」
カガミが言ったのを聞いて、ホテルの入り口を見ると、特段、服用者が攻めてくるとかもないため、暇してるあの二人が確かにいない。
「どうしたのかな」
「見張り以外の仕事しないから、とうとうクビになったかな」
「仕事は増えないに越したことないでしょ。見張りなんだから」
ひとまず駐車場に車を止めてから、シルビアを連れてロビーへと向かう。
ドアを開け、中に入ったが、エントランスには誰もいない。受付も住民も見張りも誰も。
「やっぱ変だな。カガミ、シルビア連れていっていいから、車からあれ持ってきた方がいいかも」
「あれじゃなくて、アサルト一号」
「それそれ」
一人で降ろせるかなー、とか言いながら駐車場に戻るカガミを背に、私はハルタさんのいるであろう事務所に向かうことにした。
だが、歩き始めるより先に、不意に声をかけられた。
「あれ、戻ってきたんですか」
階段の方から降りてきたのは……、名前なんだっけ。
「もう忘れたんですか。みゆきです。金田みゆき」
そんな名前だったか。というかこの女、やっぱヤバい奴っぽいな。
「……みんなはどこに行ったの」
「いますよ、こちらに、大勢」
そう言った女の背後から、ぞろぞろとこのホテルの住民だった人間が降りてきた。
生ける屍こと服用者、ざっと八人程。
「このホテル、丸ごと服用者にするつもりだったんだけど、上手くいかなかったみたい」
「あんた、エタニティだったの」
食事も、ロングタイム2000も要らない、自我を保った再服用者。
「そうなの。服用者の頃に食べた人間がたまたまロングタイムを持ってたみたいで、一緒にお腹に入って、それからこうなの」
「どうして、こんな事を」
「食材があったら調理するのは当たり前だと思うのだけど」
「服用者食べるってこと?」
「当たり前でしょ」
「……私も標的だったりする?」
「それ、聞く意味あります?」
エタニティは生存のための食事は不要、だが食欲が失われるわけではない。
「勘弁してほしいな」
「気持ちは分かるけど、常用者の肉が一番美味しいの、次が何も入っていない人間、どうしても口寂しくなったら服用者。でもね――」
暴食。
「最近知ったの。何の肉も食べていない服用者成りたての肉が、意外にイケるって」
そして悪食。快楽のために人を食べる。
「それでホテルで出来立ての服用者作り?」
「そういうこと。あなたは美味しそうだけど、なんか面倒そうだから今は食べないであげる」
「そりゃあどうも」
背中のマチェーテを取り出す。
それから、エタニティについて、もう一つ私の経験則。
「私って何でも美味しく食べられるのよね。それが死体でも」
大概が、人でなしにして、ろくでなし。
服用者の群れが、私に向かって突っ込んできた。
流石、成りたてなだけある。動きもそこそこ俊敏、だけど私の速さには及ばない。
まず一人、無防備な首を刎ね飛ばす。
二人目、片腕飛ばしてから、頭に刺す。
三人目、横から来た奴の腹を蹴って転倒させる。
二人目から引き抜いた刃で四人目の喉元を掻っ切って、立ち上がった三人目も振り返りながら喉を裂く。
五人、六人と続き、あっという間に八人斬り達成。
返り血が気持ち悪い。ハルタさんに言って、またシャワー借りよう。
「あら、これはこれは。やっぱり面倒。じゃあ私が出なきゃダメじゃない」
階段から降りきった女の体が、立ったままビクビクと痙攣を起こし、バキバキと骨が砕けるような音を立て始めた。
そして、背中から、関節毎に二メートル以上はあるような長い腕が一本、二本と生え始める。
最終的に、異常な長さの六本の腕を背負った女がこちらを見て、笑った。
「じゃあ、始めよっか」
「やだ、仲間が来てからがいい」
「だから始めるのよ」
背中の六本の内、四本を地面に付けて、本体の体を宙に浮かせながら、バタバタと蜘蛛のように突進してくる女。
私は、私に向かって伸ばしている残りの二本の腕を見切って躱し、一本をついでに切り落とす。
「あー、やっぱあなた面倒だわ」
こちらに振り向きながら言うそいつの、残り六本の腕に注意を払う。
え、六本?
死角から体に衝撃を感じたと思ったら、吹っ飛ばされて床を転がっていた。
「ごめんなさい。もう一本あったの」
痛みを堪え、床に倒れながらそいつを見上げると、切り落としたのとは別に新たな腕が背中から生えている。
面倒なのはどっちだ。
「結局、生きたまま食べられそう。恨まないでね」
そう言って私の体に、異形の腕を伸ばし始める女。
「お待たせー、なんか騒がしくな……、なんだこいつ気持ち悪!」
遅れてやって来たカガミに、女の意識が向き、食事は中断。
「あー、あの変な白衣の……」
女が言い切る前に、その攻撃は始まった。
カガミが台車に乗せて持ってきたホースの付いた金属製の樽、アサルト一号。
ホースのノズル部分を脇に抱え、手元の引き金を引くカガミ。
そして、ノズルから射出される血肉の弾丸。
高速、高威力で飛び出すそれに、長い腕が、女の体が、弾け飛んでいく。
発射音に紛れて、小さく女の呻き声が聞こえる。
だがそれらの音が止んだ頃、異形の女は血肉にまみれながら、床に倒れて静止した。
「あ、あれ? もう弾切れ?」
どうやら、これで終わりらしい。
アサルト一号。それはカガミ渾身の一作。
服用者の体、その血と肉と骨を弾丸として発射する倫理性皆無、人権無視のバイオ燃料で稼働する射撃装置。
「だ、大丈夫?! マチちゃん!」
そう言って駆け寄ってくるカガミの肩を借りて立ち上がる。シルビアも体を寄せて心配してくれている。
「大丈夫。強めにぶん殴られただけ……。とりあえずトドメ、刺さないと」
マチェーテを持って立ち上がり、女の元へ歩く。
全ての腕が中途半端な長さで千切れ、その身体も本人の血か弾丸の血か分からないくらいぐちゃぐちゃになっている女を見下ろす。
「じゃあこれで終わり」
女の首を切り落とそうと、屈んで顔を近づけた瞬間、視界が何かに遮られた。
まだ、終わりではなかった。
顔面を手で鷲掴みにされている。どうして、全部吹き飛ばしたはず。
指の隙間から見ると、女は大口を開けていて、そこから腕が生えていた。反則だろ、そんなの。
不意打ちで武器を落としてしまった。拾おうと床に手を滑らせようとしたが届かない。
体が宙に浮いている。
女の長い腕が私の顔を掴んだまま、どんどん口の中から伸びているのが見えた。
対抗手段の無くなったカガミは慌てているが、もう一台のアサルト一号を持ってくる暇も、私が斬った服用者を再装填する時間もないだろう。
何よりこの状態であれを使ったら、流れ弾が私に当たる。
だけど、私は焦っていなかった。まだ切り札はある。
というかカガミ、あたふたしてないで早くそのカードを切ってくれないか。流石に頭潰されるぞ、このままだと。
私の願いが通じたのか、カガミが思い出したかのように、その指示を出した。
「あ、あー、あ! シルビア! ゴー! 久しぶり過ぎて忘れてた!」
その掛け声の後、私は地面に落下した。女の最後の腕が私の顔を離したのだ。
……久しぶりに見たけど、やっぱまあまあエグいな。うちの番犬。
ゴールデンレトリーバーのシルビアは、いつもの服従のポーズ、ひっくり返ってお腹を出す姿勢を私のそばでしているが、まあ注目すべきはそこじゃないだろう。
天に向けたお腹の部分がばっくりと割れ、そこから女と同じような巨大な異形の腕が伸びている。その数、計十本。
というか、軟体動物の触手みたいなのとか鳥の翼、虫の脚みたいなのまで見える。正直、マジでエグすぎる。
シルビアの腕は、女の腕を握り、そのまま思い切り、その口から引っこ抜いた。それと同時に、決壊したダムのように吐血する女。
立ち上がった私は、改めて得物を、シルビアの腕に抑え込まれ身動きの取れない女に向けた。
「……エ、エタニティ……! この犬……!」
「正解。それじゃあ、恨まないでね」
そう捨て台詞を吐いて、女の首を刎ねた。
女が戦闘不能になると、シルビアは腕やら何やらをお腹に仕舞い、また元の人懐こいワンちゃんへと戻った。
クーン、じゃないよ全く。
台車を押しながらやって来たカガミ。彼女が喋り始めるより先に、
「いやあ、ありがとうございます。お二人が来て助かりました。いや、お手柄はシルビアかな。はっはっは」
なんて笑いながら事務所から登場したのは、ハルタさんだった。
「ハルタさん、やっぱり危ない奴じゃないですか、こいつ。何事も良い話には裏があるんですよ」
「そうだねえ。ま、とりあえずあっちで話そうよ」
あっけらかんと言うハルタさんに促され、事務所に入り、椅子に座らされる私達。
「ハルタさん、結局何があったんですか」
「それがねえ、みゆきさんが、隠し持ってたロングタイムを配給のスープの中に混ぜてたらしくて、それを飲んだ住民の一部が二十四時間後に服用者になっちゃったみたいなんだよねえ」
「みたいなんだよねえ、って」
「ハルタさん、それ、気付いてたでしょ」
珍しくカガミが割って入ってきた。
「あはは、バレた?」
「バレたって……。……あー、そういう事……」
「そうそう、流石にこの拠点もそろそろパンクしそうで、口減らしも必要な頃だったから。大丈夫、ちゃんと必要以上に減らないように配る相手も選んだし、みんなには当分各部屋で引きこもるようにも言ってたから」
とんでもない男だ。
要は、女がロングタイムを食事に混入させた事を知ったうえで、それを食べる住民を選別。それ以外の住民は部屋に閉じ込めて、暴れ始める服用者の被害が出ないようにした。
「服用者、私がやった八人以外にもいますよね。多分」
「そうだね。まあそっちは僕の方で処理するから」
「ロングタイムの再服用をさせるんですか?」
「させないさせない。もったいないよ。エタニティなんて滅多に生まれるものじゃないし、だったら今いる常用者に配った方が断然いいよ」
「ということは」
「住民のみんなには、再服用させたけど、やっぱり蘇りませんでしたとか言っとくよ。まあそもそもエタニティに襲われたわけだから、それも嫌がるかもしれないけど。ロビーの死体と一緒に僕が食べちゃうから大丈夫」
エタニティは悪食。
「ハルタさん、悪い人ですね」
「褒めても何も出ない、と見せかけて今回はお手柄だから、何箱かあげよう。他に何か欲しい物はある?」
「じゃあシャワー借りてもいいですか」
「もちろん、全然構わないよ」
「あ、あともう一つ貰いたいものが……」
結局、また一晩ハルタホテルで過ごした私達、ちなみに部屋は、ちょうど空いた低階層の部屋を借りることができた。
朝起きると、昨晩からの住民達によるエントランスの清掃がいまだに続いている。
壁も床も血肉でドロドロのぐちゃぐちゃ。これ、九割方アサルト一号のせいだと思う。
出発する私達の見送りのため、ハルタさんはわざわざ、駐車場の方まで来てくれた。
「いやあ、本当にありがとう、君達のおかげで穏便に済んだよ」
「あれで、穏便、ですか」
「いいよいいよ、エントランスは。掃除すればなんとかなるし。また来てね、君達は本当に優秀だし元気があって若いから、顔見せるだけでもホテルのみんな喜ぶからさ」
「ええ、また来ます。正直ここ意外の拠点、まあまあ酷いんで」
「次、アンザイのところ行くんでしょ。気をつけてね。まあ手土産もあるし、君達の事だから大丈夫だと思うけど」
「はい、色々ありがとうございました」
もう一つだけ、気になることがあって聞いてみた。それは、ロビーに立っていた二人について。
「そういえば見張り変わってましたけど、どうしたんですか」
「うん、一昨日の食事担当にして今は立派な服用者。仕事してなかったからね」
それを聞いた私とカガミは顔を見合わせて笑った。
ハルタさんと、ついでにシルビアも首を傾げてキョトンとしていた。
「さあ、目指すはアンザイシティ」
「運転は任せて」
私達はバンに乗り込み、手を振るハルタさんやホテルの住民達に見送られて出発した。
向かうは悪名高さ随一、アンザイの仕切る拠点。
「あのー、私、一体どうなるのでしょうかー。何も見えないのですがー」
後部座席の手土産が、アサルト一号の中で何か言っているが、首と胴を切り離しているから、害はない。
それに最高の番犬が、そのそばで睨みを利かせている。
普通の『人間』にして、諸々の謎武器担当、カガミ。
『エタニティ』のゴールデンレトリバー、シルビア。
ロングタイム2000『常用者』、実はあまり戦績の良くない戦闘担当、私ことマチコ。
「カガミで良かった」
「何さ急に」
「一緒にいてくれるの」
「私もそう思ってる、マチちゃんは最高、色々と」
「……なんか、……やらしいな」
「違うよ。いや、想像に任せる」
本当に最高、今この瞬間が一番楽しい。
だから君達も飲んでみるといい、最高の仲間と出会えて、もしかしたら永遠の命が手に入るかも。
『あなたの寿命あと何年? 私は二千! ロングタイム2000!!』
ふと、あのキャッチコピーが、久しぶりに私の脳裏をかすめていた。
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