第一話 華麗なるマチェット(1)
「マチコ、あったー?」
「なーい、カガミはー?」
「こっちもなーい」
町外れの見捨てられた薬局、その倉庫内で、あらゆる箱をひっくり返す私、マチコ。
そしてもう一人、私と同じように、棚を物色し続けている白衣の女、カガミ。
探し物はもちろん、この世紀末、絶賛品薄のロングタイム2000。
「マジでない、一応一ヶ月分はあるけど、万が一考えると怖いな」
「マチちゃん、薬も欲しいけど、弾も無くなってきてるから。そろそろ調達を……」
「やだ、あれ疲れるんだもん」
「頼むよ、ほんと。じゃないと私戦えないよ」
そんな何百回もしたようなやり取りの最中、倉庫の外から、ワンワンと犬の吠える声が聞こえ始めた。
「シルビア吠えてるってことは来たんじゃない、弾」
「マジかよ、もう」
「マチコさん、出番ですよ、やっちゃって下さい」
「しょうがないな」
私は背中に背負っていた得物、愛用のマチェーテを取り出しつつ、倉庫の外に向かった。
ドアを開けると、その横で行儀よく座っているゴールデンレトリバーがこちらを見た。
「シルビア、良い子良い子」
頭を撫でてやると、ごろりとお腹を出して転がるシルビア。
「今はまだその時じゃない。あ、あれか」
薬局の待合室には二体。大柄な男と華奢な女が虚脱した様子でうろうろと歩いている。
いずれも服や顔が血まみれ、食事の後らしい。
生ける屍たる二人の服用者は、こちらに気付きゆっくりと向かってきた。
「よーし、来い」
緩慢な動きで両腕を伸ばし、にじり寄る男を、さっと横に避ける。
それからその首をマチェーテで刎ね飛ばした。
「あっとひっとり」
もう一人、女の方も動きはスロー。おかげで、こちらも簡単に首と胴を切り離せた。これで終わり。わけもない。
「終わった?」
後ろのドアを半開きにして、顔を覗かせるカガミ。
「終わった終わった」
得物に付いた血を、動かなくなった服用者の衣服で適当に拭きながら答えた。
「さすがっす、マチコさん。じゃあ私こっち運ぶから、そっちお願いします」
女の方の片足を引っ張って、薬局の出口の方に向かうカガミ。
「なんで、あんた軽い方選んでるの、私がそっち」
「力仕事は、マチコの専売特許でしょ。ほら運んだ運んだ」
不服だが、まあそっちの方が効率は良いし、このやり取りだってお決まりのあれだし、仕方ないから請け負ってやろう。
私は、男だった物の両足を脇に抱えて、ずるずると引きずり始める。
それを見ながら、てくてくとついてくるシルビアに話しかけた。
「お前も手伝えればいいのにね」
薬局横の駐車場では、先に着いていたカガミが、真っ白なバンの荷室から金属製の樽を二つ下ろしている。その大きさは、人間がちょうど一人分押し込めそうなくらい。
樽にはそれぞれ一本ずつ、消防隊が使うような頑丈なホースが横から伸びている。先端には引き金の付いたノズル、全体的にかなり重量感がある。
「結局、力仕事してるじゃん」
「……はあ、下ろすのはいけるけど、上げるのは無理だからやって」
膝に手をついて、さも疲れたと言わんばかりに荒く呼吸を繰り返すカガミ。
「上げるのは私でも一人じゃ無理、しかもこの後さらに重くなるじゃん」
「言ってみただけ。さっさと片づけよ。あ、腕は残すからね」
「はいはい」
「春だねー」
「春だなあ」
うららかな陽気の中、たまに聞こえる鳥の鳴き声を聞きながら、遠くの田んぼだった何かを眺めながら作業に従事する私達。
私達は金属の樽に、調達した服用者をそれぞれ押し込み、樽の上部から飛び出している両腕を、その中に引っ張られないよう持ちながら、その工程が終わるのを待っていた。
樽の中は巨大なミキサーのようになっており、ガリガリと大きな音を立てながら、服用者の体を、横のホースに通る程度の大きさになるよう、ざっくばらんに細断している。
「あ、こっちは終わった」
カガミは肘から先が無くなった女の両腕を持って、くるくると振り回し始めた。
「マジでやめて。血が飛ぶ、髪につく」
「はは、ごめんごめん」
「もう、子供じゃないんだから……、……あ、痛った」
カガミに文句を言っている間に、両手にかかっていた負荷が突然なくなって、尻もちをついて倒れてしまった。
両手には男の両腕、作業終了。
「大丈夫? 気をつけないとその内巻き込まれるよ」
「じゃあ作業中に変なことするの止めてよ」
運転席にはカガミ、助手席には私。後部の荷室にはシルビア、上部に蓋をして二人がかりで戻した樽、布で包んだ腕四本、その他道具諸々が積まれている。
「シャワー浴びたい」
「ハルタさんのところ戻ろっか」
「お願いします。カガミさん」
「任せて」
カガミが走らせる車の中から見えるのは、のどかな畑、ぽつぽつと建つ一軒家、人の気配は一切ない。その景色がその内、閑静な住宅街へと変わっていく。
田舎とまではいかないけれど、まあ都会ではないよな。
やっぱり都市部の方が、物資が充実してるのだろうか。でもそれと同じくらい凶暴な服用者もわんさかいる。だけど薬、ロングタイムが無いのはもっと困る。
真剣に今後の予定を考えながら流れていく景色を眺めていると、
「とうちゃーく」
いつの間にか既に日は落ちていて夜、目的地に到着した。
通称ハルタホテル。十階建てのビジネスホテルを利用した、生き残っている人間や服用者になり切っていない常用者たちの拠点となっている場所だ。
駐車場に車を止めて、二人と一匹でロビーに向かう。
そして見張りの男二人に挨拶。
「お疲れ様です」
「あ、真千子ちゃん、香々美ちゃん。お疲れ様。今日の収穫は?」
「何も無し。あ、弾は補充した」
「あー、あれね……。香々美ちゃんの作った……」
「そーです。あれです。アサルト一号」
「そうそう、それそれ」
「じゃあ、ハルタさんとこ行くんで、お勤めご苦労様です」
改めて挨拶をしてホテル内に入りながら、カガミに聞いてみた。
「……あの二人の名前、いまだに知らないんだけど知ってる?」
「前聞いたけど忘れた。向こうも一号の名前覚えてなかったし、別にいいでしょ」
私達は、自分達に明確に利するもの以外には限りなく無頓着だった。
その点で言うと、これから会うハルタさんは最高のビジネスパートナー、名前を覚えるに値する。
ホテルの受付、その奥の事務所部分に居を構えているのがハルタこと春田さん。
ハルタさんはメガネを掛けた中年の男性で、このホテルを取り仕切っている。人望も厚く、この殺伐とした時代にも関わらず慈愛に満ちた性格。
椅子に座り、近辺の地図を睨んでいたハルタさんが、私達に気付いて、その椅子ごと振り返った。
「お帰り。三日ぶりかな」
「車中泊しつつ二日半くらいでした」
「それで収穫は……」
「薬はありませんでした」
「一号に弾の補充はしました」
カガミが要らない補足をした。
「遠くの小さな薬局だったから、もしかしたらって思ったけど、やっぱり駄目だったか。お疲れ様。部屋用意してあるから、これは鍵」
「ありがとうございます」
受け取った鍵には一○○三の番号。最上階。
「マジですか。これ上がんなきゃいけないの」
「ごめんね。昨日、新しく女の人が入ってきて、下の階あげちゃったんだ」
「私達も女の人ですけど」
「ほら、君達は若いから、今いくつだっけ」
「十九歳です」
「二十一歳でーす」
「その女の人は二十二だって、ほら君達の方が若い」
「ちょっとだけじゃないですか」
「それに元気いいでしょ君達。女の人は疲れ切っててさ。しかも持ってきたんだよね、薬」
「え、本当ですか」
「しかも、ここにいる常用者七人全員分で二ヶ月は保つ量、そりゃあ優遇するでしょ」
「なんか怪しくない? そいつ」
カガミが口を挟んだ。
「怪しいけど、ロングタイムを譲ってくれてるのは事実だし、それならリスクをとってでも受け入れるべきだと思ってね」
「まあ、確かに」
私はハルタさんに向かって片手を出して、ねだるようにちょいちょいと指を動かした。
「それで、私の分は……」
「君達、薬持ってくる時、これで全部ですって言って、多めにちょろまかしてるでしょ。そのうえ、いつも僕からの配給分まで貰ってる。お世話になってるから知らないフリしてたけど。今回は君達の手柄じゃないから無し」
「いやあ、ハルタさん良い人ですよね」
「褒めてもあげないよ」
「本心ですよ。実際今日も何もなくても部屋くれるし、……まあちょっとだけ期待したけど」
「マチちゃん、粘ってもくれないよ、どうせ。もう行こう。十階だよ、遠いよ」
一連の交渉に飽きたカガミが文句をつけ始めた。足元のシルビアまで欠伸をしている。
「じゃあ行きます。今日寝たら明日出るんで」
「うん、またいつでもおいで。できればお土産持ってね」
エレベーターは壊れたまま。だから長い長い階段をみんなで上がりきり、遂に着いた部屋で、早速ベッドに飛び込むカガミとシルビア。
「先着替えてからにしてよ。シルビアも、一つは私の」
ベッドから降り、床に置いてあるクッションの上に横たわるシルビア、ほんと良い子。
「先にシャワー行ってていいよ。私も後から行くから」
「狭いんだから来ないでよ」
「ダメ?」
「……別に良いけど」
「薬持ってきた女、どんな奴なんだろーね」
「興味あるの?」
「まあね。七人全員二ヶ月分、少なくとも三十五箱でしょ。異常じゃない?」
「あれかな。家族とか恋人とか、エタニティになるチャンスにかけて、服用者の状態で飲ませてみたけど、ダメだったとか」
「それでも余り過ぎだし、しかも普通最後の一錠でやるやつでしょ、それ」
「そうだけど……」
「もういいや、私も入る。さっさと済ませて寝よ。そしたら明日見てみよう、そいつの顔」
服を脱ぎ捨てながらこちらに来るカガミを迎えつつ「そうだね」なんて返して、私も諸々の準備を始めた。
次の日の朝、またまた長い階段を降りて、ロビーに着くと、ホテルの住民で人だかりができている。何事。
「なんですか、これ」
適当にそばにいた男に聞いた。
「あ、真千子ちゃん。春田さんからもう聞いた? 一昨日来た新入りの女の人。ロングタイムをたくさん持ってきたって。それもあってみんなが興味津々で、質問攻めにされてるんだよ」
私とカガミは顔を見合わせた。早速、顔が見られる。
人だかりの隙間から見えた女の顔は、整っていて美人、確かに疲れた様子だが、時折見せる笑顔はなかなかチャーミング。
「今、可愛い、って思ったでしょ」
カガミが、私の心の声に横槍を入れた。
「思ってないよ」
「私とどっちが可愛い?」
「そりゃ、カガミさんでしょ」
「嬉しいこと言うね君。……それにしてもあれがロングタイム配達人? 常用者なのかな」
「持ってるのは全部くれたって聞いたよ。だから違うんじゃない? まあ隠し持ってたら別だけど」
「ちょろまかしてた奴の発想だね」
「ちょろまかしてたからね」
くだらないやり取りをしていると、女がこちらに気付いて話しかけてきた。
「あの、あなた達が真千子さんと香々美さん? 春田さんから伺っていて、会いたいと思ってたんです」
私達も会いたかったが、顔も見られたから目的は果たした、もう用はない。だが先方が私達に用とは。
「そうですけど、なんですか」
「ここ若い女の人、子供以外ではあなた達くらいだって聞いたから、会ってみたくて」
「私達も子供みたいなもんですよ。それに地域を転々としてるんで住んでるわけじゃないです、最近はここにいますけど」
「春田さん、優しいですからね」
「……まあ、そうですね」
これは事実、ハルタさんは優しすぎ。
普通、他の拠点や集落ではもっと色々、薬なり食料なり献上しないと宿をくれたりしない。それに若い女ならば捧げられるものは他にもある、そういった要求もない。
「ここ、変な事はされないから大丈夫ですよ。それに、ロングタイム大量に持って来たんでしょ。だったらなおさらそんな事ありえないから安心していいと思いますよ」
なんという親切。
ただ隣のカガミが微妙に退屈そうだし、このあたりにしておこう。
「それじゃ、私達行くんで」
「話せて嬉しかったです。私、みゆきって言います。金田みゆきです」
「さっきの奴、やっぱ怪しいよ」
バンに乗り、運転しながらカガミがまた何か言い始めた。
「カネダさんの事?」
「そーだよ。そいつそいつ」
「あー、もう、前見て。余所見しないでよ。確かに怪しいけど、もしかしたら今後お世話になるかもしれないよ。ハルタさんのところにもまた寄るだろうし、薬切らしたら助けを求めることになるかも」
「というか、肝心なこと聞けてないじゃん。薬の出処。あんな親切にする前に聞くべきだったでしょ。この世はサバイバルだよ、弱肉強食なんだよ」
「ごめん、それは忘れてた。それで、結局どこ向かってるんだっけ」
「昨日の薬局のちょっと先、個人商店みたいのあるみたいだから寄っていこう。そしたらその先のアンザイのところに行く」
「うわ、あそこやだ。あいつ嫌い」
「私だって嫌だよ。でも仕方ないでしょ。いざとなったら服用者だぞーって言って脅かして噛みついてやればいい」
「噛みついていいの?」
「ダメ。噛みつくなら私にして」
じゃあそんな事言わないでよ、口には出さずにそう思った。
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