9.マレンゴ

第69話 再びロンバルディアへ



 昨年秋、ブリュメールのクーデターで権力を掌握したボナパルトは、即座に、諸外国の侵攻を抑える必要があった。ドイツ方面はモロー(*1)の旧ライン方面軍に任せ、彼はなじみのイタリアへ向かった。


 3年前、イタリア軍が勝ち取ったロンバルディアの沃土は、再び、かつての宗主国オーストリアに取り戻されようとしていた。この時点でフランス軍は、トリノ、マントヴァ、アレクサンドリアなど、ボナパルトが一次イタリア遠征で得た要衝の全てを失っていた。ロンバルディアに残された守備隊は、かろうじて、ジェノヴァに立て籠っていた。


 1800年5月14日、今まさに、スイスの山を越えようとしていたボナパルトの元へ、トゥーロンから手紙が届いた。秋には来るように言ってあったドゼが、ようやく帰国したのだ。同時にダヴーも手紙を寄越した。まるで示し合わせたかのようだった。


 ボナパルトがイタリアに召喚したのは、ドゼだけだ。ダヴーには、パリで待っているよう書き送った。


 ボナパルトは、そこまでダヴーを買っているわけではなかった。ドゼと引き離してカイロに置いてみたが、赤痢に罹ったとかで、大した働きはしていない。せいぜい馬を買いあさったくらいだ。その馬たちも、ダヴーは自分と共に、上エジプトへ連れて行ってしまった。


 にもかかわらず、その後も上エジプトから、ドゼはしきりとダヴーを称賛する報告を寄越した。してみると、あれでなかなか、有能なのかもしれない。ドゼの為なら、ダヴーは、捨て身になるのだろう。


 だから二人を一緒に同じ戦場へ呼ぶことはしなかった。自分の下では能力を発揮しえなかったダヴーが、ドゼの元で活躍する姿は、見たくはない。


 エジプトで、ボナパルトは痛感した。頼りにできるのは、クレベールやレイニエなど、生え抜きのライン方面軍の師団長たちだ。彼らはエジプトに置いてきてしまった。そして、旧ライン方面軍のモローはもちろん、デルマ、ベルナドットら、かつてボナパルトの元へ援軍に来た諸将も、自分のことを嫌っているのが痛いほどよくわかる。イタリアで自分の下にいたオージュローでさえ、厳しい目を向けている。(*2)


 エジプト遠征前、イタリア軍を率いたボナパルトは、ライン方面軍の手柄を横取りした形になっている。その上、今回ブリュメールのクーデターは、ボナパルトの単独行動だ。彼らの賛同があってのことではない。


 元ライン方面軍の将校で、今、心情的にボナパルト側にいるのは、ドゼだけだ。



 かつての総司令官、フランスを勝利に導いた軍神の降臨に、苦戦していたイタリア駐屯軍は大きく湧いた。


 雪や氷河を越えての峠越えは、敵の意表をついた。フランス軍は、オーストリア軍の背後を断つ形で、東のミラノ、パヴィアを占領することに成功した。(*3)


 ストラデッラまで進軍したボナパルトは、ここでオーストリアのメラス軍を待つ構えに入った。


 ストラデッラには、しかし、敵の気配はなかった。

 オーストリア軍は逃げ出したのだと、ボナパルトは思い始めた。


 各地から、続々と援軍が到着した。

 ここにメラスはいない。それならば、ドゼは必要ない。彼に、自分は特別だなどという意識を抱かせたくない。

 ボナパルトはペンを執り、ドゼにパリへ向かうよう命じた。(*4)



 ドゼがボナパルトの手紙を受け取ったのは、プチ・ベルナール峠を越え、アオスタ渓谷(イタリア北西部)に降り立った辺りだった。

 もはや戦闘はないだろうから、パリで待つよう、手紙は告げていた。


 だが、司令部のあるストラデッラは、もう目と鼻の先だ。

 ドゼは、旅を続けることにした。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

*1 モロー

第33話「再びの戦火」他に出てきます。かつてのライン・モーゼル軍の総司令官で、ドゼの上官でした。

ブログに記事がございます

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-101.html


また、「負けないダヴーの作り方」でも登場しています。

https://kakuyomu.jp/works/16816452218559266837




*2 デルマ、ベルナドット

1話「衝突」で派遣されてきた師団の師団長です。このお話では直接出てきませんが、ブログに紹介記事がございます

デルマ

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-265.html ~


ベルナドット

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-96.html


オージュローは、3話「オージュローの命令」で、ジャンとアンリが噂していた、ジャンの上官です。彼は、フリュクティドールのクーデターでボナパルトに命じられてパリへ趣き、その後、旧ライン方面軍の総司令官になりました。

オージュローは「負けないダヴーの作り方」でも登場しています。

https://kakuyomu.jp/works/16816452218559266837


フリュクティドールのクーデターについてはこちらに

https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-261.html




*3 ミラノ、パヴィア、ストラデッラ

おおまかな場所の地図をあげておきました

https://kakuyomu.jp/users/serimomo/news/16817330660866241818




*4 この手紙は紛失していますが、ボナパルトがパリへ引き返すようにという手紙を書いたのは確かです。

 手紙は、恐らく6月7日の日付だと資料にありました






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