第3話3

薄暗くなり、やっとコウはジョーンズと屋敷に帰ってきた。


大きな屋敷内は、すでにアキ王子を迎えて大舞踏会が行われていて明るく煌めいている。


そして、多くの招待された貴族の楽しそうな声と、楽器の奏でる優雅な舞踏曲が聞こえ、召使い達の忙しそうな熱気に満ち溢れていた。


ジョーンズは、絶世の美形オメガ、アキ王子を遠くからでも一目見たいと、ウキウキしながら早足で何処かへ消えた。


コウが、その後ろ姿を冷めた目で呆れて見送り終わると…


「ぐ~っ」と、コウの腹が鳴った。


コウは余りに腹が空いて、パンの欠片の一つでも厨房から掻っ払ってやろうとしたが、余りに料理人達が忙しそうで無理だった。


そして、チャラい舞踏会なんかは苦手で出たくなかったし…


何よりあの、アキ王子には…アルファのコウよりアルファっぽいオメガのアキ王子には二度と…


絶対に会いたくなかった。


だからコウは、その空腹を抱えとある場所に一人行った。


アルフレイン屋敷の広い敷地内にある、コウのすでに亡くなった母の使っていた離れの屋敷だ。


ここまで来ると、舞踏会の喧騒は一切聞こえなくなった。


コウの産みの母は、線の細い美しい男のオメガで、貴族出身だった。


そしてコウは、ランプ片手によくこうやって訪れていた。


しかし、もうすぐ父のアルフレイン公爵が、新しく若いオメガの男の愛人をこの離れの屋敷に入れる予定だし…


何より、コウ自身がすぐ間近に危険な辺境領地に赴任させられるので、こうやって来れる機会も無くなるだろう。


二階の母の寝室の、床から天井近くまである大きなガラスの掃き出し窓を開け、バルコニーに出た。


仄かに明るい手持ちのランプを下に置き…


コウはやがて、自分の腕を頭の後ろで組み、そこに仰向けで足を組み寝転び夜空を見上げた。


今は、高い城壁のある王都にあるこの屋敷だから、夜でもこうやって外に出られるが…


コウが数日後追放同然で派遣させられる領地は、夜になると多くのモンスターとキモい動物(モブ)が人間を襲い外出など出来ない。


コウは、モンスターだろうが…キモモブだろうが返り討ちにしてやる気は満々だが…


それでも、これから先の事を考えると思わず溜め息を漏らす。


深淵の静寂の中、いくつもの星の煌めきが瞬く。


コウは幼い時、母とよくこうやってこのバルコニーから黒衣を纏った空を見上げたが…


その中でもいつも思い出すのは、特に星がキレイだったとある一夜の事だった。


コウと母はいつも通り、立ったまま夜空を仰いでいた。


母は、小さなコウの肩を抱いてくれ、二人寄り添う。


「母上!見て!今日もあんなに沢山の星!」


コウが叫ぶと、母はコウを見てニコっと笑って言った。


「そうだね。凄いね」


コウは、上を向いたままで続けて無邪気にはしゃいだ。


「あれ見て!あの一番ピカピカのキレイな星!そのすぐ横にも、キラキラのキレイな星が光ってるよ!」


母は、又にっこり笑い、息子と同じ双星を見詰めながら呟いた。


「あの、一番ピカピカの星は、コウだね。そして、コウ…今はコウはまだ小さいから分からないだろうけど、いつかコウがもう少し大きくなったら、あのピカピカの星のとなりのキラキラの星のように、この母以外でコウのすぐ横で寄り添ってくれる人が必ず現れるよ…」


コウも成長した今なら分かる。


周りから産まれた時から出来損ないと蔑まれたコウも、母からしたら本当に輝く星だったのだ。


そして今だから、母のあの笑顔が悲し気だったのがわかる。


夫であるアルフレイン公爵と仲の良くなかった上、病で余命も少なかった母は、どんな気持ちであの空を見上げ、コウにああ言ったのか?


そう考えると、コウの胸は酷く詰まる。


しかし…


今の年齢になっても、コウにあの星のように寄り添ってくれる恋愛相手など現れなかった。


コウが小さい頃は、平民だろうが特に貴族の年の近いオメガやベータの多くが…


コウがアルファとして欠陥がある事で、コウの事を不良品を見るように見ていたし…


それが分かっていただけにコウは、コンプレックスと反抗心から態度も粗野になりだし見た目も荒っぽい感じになり…


成長するごとに増々人と距離が空き、未だに誰にも恋愛感情を抱いた事すらなかった。


そんな事を走馬灯のように思い出していると…


ふと、コウ以外誰もいないはずなのに、コウの頭の後ろの掃き出し窓が開き、誰かがバルコニーに入って来た。


(えっ?!)


コウが慌てて上半身起きあがり、背後を見た。


すると、その入ってきた人物も手に灯りのついたランプを持っていて、その姿がハッキリ分かった。


なんと…


アキ王子だった。


(どう…して?…)


コウは内心そう呟くと、間違いじゃないかと何度も目を瞬かせたが…


やはり間違いなく、アキ王子だった。


「やあ、こんばんは!やっと君に追いついたよ…コウ…」


アキ王子はそうコウに言うと、美しい大輪の花がほころぶように優しく微笑んだ。










































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