第7話 ダンス・ティル・ユー・フォール




 莉華と話を終え、校舎から出ると暇を持て余した子供達が校庭で鬼ごっこをしていた。と、思った。それは鬼ごっこに似た、何か別の知らない遊びだった。




「髪切って!切って!」

「チョキチョキチョキ!さよ〜なら!」




 鉄寺はそのやり取りに覚えがあった。かりんが鉄寺に強請った行為と同じだった。「赤い水溜りに何か関係があるかもしれない、遊びをしばらく眺めましょう」と喜世世に提案すると、彼は「ふ〜ん、いいよ」と言って退屈そうにそれに付き合った。どうやら子供がそんなに好きではないらしい。







 子供達の遊びを何戦か眺めているうちにルールが理解できた。



 これは「スーツさん」と言う遊びらしい。


 必要なメンバーは四人。一人は「スーツさん」、他三人は「人間」である。

二重の円をフィールドとして行われる遊びで、基本的にはスーツさんに捕まらないように人間が逃げる俊敏性・体力勝負の遊びだ。外側の円は「街」であり、「赤い水溜り」とは中心の小さな円である。人間が「街」から出ると即座に反則負けになる。


 人間の中には「菌」を保有しているものがおり、この菌を持つものは「しーや」と呼ばれる。人間がスーツさんに捕まると菌を持っているかどうか尋ねられる。持っていれば人間は溶け、「赤い水溜り」の中で他の人間が助けてくれるのを待つ。菌を保有する状態でスーツさんに捕まった場合人間は抵抗してはならず、これを避ける為に人間は「髪を切って!」と他の人間に叫び、赤い水溜りに着く前に髪を切る振りをしてもらう。するとスーツさんは髪の毛を醤油ラーメンと勘違いして夢中になるので、捕まえた人間を離す。この状態のスーツさんから離れる時、人間は「さようなら」と挨拶をしなければならない。挨拶をしなかった場合、スーツさんは挨拶をしなかった人間を捕まえるまで追いかけ回す。


 髪を切る事が出来るのは一ゲーム中一人一回だけである。


 この菌は人間が一回だけ他人に移す事が出来る。相手の死角から手を出して触り、「しーや」と叫ぶ。すると菌は触られた人間に移る。菌を移された直後は十秒無敵になる為、赤い水溜りに捕まった人間を助けることが出来る。水溜りに捕まった人間を取り出す場合は、腕を引っ張って連れ出すだけで良い。この時スーツさんは大声で十秒のカウントダウンをしなければならない。


 菌を持っていなければ人は溶けずに済むが、代わりにスーツさんになり、陣営が変わる。スーツさんになってしまった場合は、人間に戻る事はできずに陣営は変わったままである。



 疲れてしまった人間が、あとで遊びに来た子供と入れ替わる方法がある。人間が後から来た子供の手を引き赤い水溜りを踏ませ「○○は○○と取り替えっこ」と叫ぶ。すると後から来た子供は人間の中のいずれかと入れ替わることが出来る。もし心変わりをした場合(遊びに参加する直前でトイレに行きたくなった等)は他の人間に髪を切ってもらい「さようなら」と言って赤い水溜りから離れる。人間は入れ替わらず、後から来た子供も遊びに参加しない。この場合、スーツさんは特に反応をしなくて良い。


 ゲームが終わる条件はスーツさんが人間を全員赤い水溜りに沈めるか、スーツさんの数が人間より多くなるか、スーツさん役の子供の体力が切れて座り込んでしまうかのいずれかだ。









 子供達はこの遊びに異常に熱中しており、汗をダラダラ流しながら駆け回っている。その熱量は必死とも言え、長い時間久しく力一杯駆け回っていない男たちには全く理解不能で無駄な遊びだった。


 その中で人間役ばかりやりたがるショートカットの子供がおり、鉄寺はそれが莉華の娘である実苗だと言う事に気が付いた。この母娘は目鼻立ちが大変によく似ており美しく、また着ている服が同じ高級ブランドのものだと気付いた。他の子供達の服は大したことはない地元の無名の店舗の粗雑なもので、経済状況に格差があるとすぐに分かった。


 校庭の隅で子供達を眺めていた鉄寺は「莉華の娘らしき子供を見つけました」と早口で呟き、早歩きで近付いて行く。喜世世はギョッとしたが、発言と行動でその意図をすぐさま汲み、二、三歩遅れて着いて行った。




「ちょっとお話いいかな、おじさんたち踏切の撤廃……危ない道を無くすために今日来たんだけど、君たちのお話聞きたいなと思って」


 遊びの中で急に大人に割って入られた子供たちは不満げな顔をしたが、横から喜世世が五千円札を出して「喉乾いたでしょう、好きなジュース買えるだけ買ってきていいよ。重いから男の子達お願いね。みんなの分色々選んでもらえるかな?余ったお釣り取っといていいから」と言うと男児は特に目の色を変え、金をもらうと近くの自販機へ素直に駆けて行った。取り残された実苗はわかりやすく挙動不審になっている。その様子を見下しながら「弟が死んだ踏切だ、怖がっても無理はない」と判断した鉄寺は「実苗ちゃん、で、あってるかな?もう君の弟みたいな子を出したくないんだ」と追い打ちをかけた。実苗はびくりと肩を震わせてこくりと頷くと、ハッとしてこう問いかけた。


「踏切、今日何にも起きてないの?」

「ん?うん、今日は別に……?」

「なんだ、役立たず」


 実苗が下を向いてポツリと漏らした言葉を鉄寺の耳は逃さずに拾った。今日の事故を待つ様な言葉、役立たずという誰かを責める言葉、間違いない。踏切でかりんをいじめた犯人は実苗だ。


「かりんちゃんのランドセルに生贄って書いたの君でしょ、別に誰にも言わないからさ、なんでそんなこと書いたのか教えて欲しいな」


 ズケズケと聞く鉄寺に面食らう喜世世だったが、面倒なので黙って見守っていた。自分の悪行を言い当てられた実苗は分かりやすくビクッと肩を震わせて怯えたが、鉄寺が心底いじめの件についてどうでも良さそうな表情をしており、自分を叱る訳ではないのだろうと判断してポツポツ言葉を続けた。


「スーツさんのいけにえにしたかったの。スーツさんが淨を連れてったから、かりんちゃんと交換して欲しかったの、取り替えっこしたかったの。


 あのね、課外授業で博物館に行った時、交換してくれる神様の絵を見たの。手と足が長いお侍さんみたいな神様が、死んだお嫁さんをと生きてるお坊さんを交換してたの。手と足が長い神様は赤い水溜りから出てくるんだって。スーツさんも手と足が長くって赤い水溜りから出てくるから、同じ神様なんだって思ったの。きっと古いお洋服が嫌になってお着替えしたんだと思う。だから、弟に帰ってきて欲しいと思ったから、かりんちゃんにわざとトマトジュース踏ませたの。かりんちゃん、スーツさんのことすごく怖がってたから絶対うまくいくと思ったのに、かりんちゃんが線路で死んだら、弟が帰ってくると思ったのに。お写真も撮って、色々ぎしきに必要なこといっぱい用意して、髪もいっぱい切ったのに……」


 言葉の最後のあたりはぐずついていた。


 幼稚で自己中心的な子供らしい願いだ、人の死をうまく考えられないのだろう。かりんが死んだ時、一人残される祖父の痛みを勘定に入れてないのだ。鉄寺は実苗を心底軽蔑した。なぜかりんを選んだのかと聞くと、「かりんの猫が死んだから、かりんはしーやになった。かりんを差し出すのが一番うまくいくはずだったの」と言う。しーやとは、何か穢れの様なものだろうか、それが「菌」なのだろうか。


「かりん、怒ってたでしょ」

「怒ってるよりも、なんで自分がいじめられたのかなって言ってたよ。仲直りしたいの?」

「ちょっと……」

「ふーん、ちゃんと謝ってごめんなさいすると、きっと大丈夫だと思うよ。あと写真は印刷してある?スーツさんのこととか儀式のこととか、すごく知りたいんだ」

「うん、いいよ。もう覚えたからあげる。ランドセルに入れてるから、今持ってくるね」


 実苗はグラウンドの隅に放り出していたランドセルのもとに駆けて行った。その背中を見ながら、鉄寺はふーっと長く息を吐いた。やっと重要な手掛かりを、妻につながりそうな情報を見つけられた安堵のため息だった。数日振りにまともに息が吸えた気がする。肺がピリリと傷んだ。そんな風に自分の体に意識を向けると、脳や目や喉や関節や、あらゆる酷使された場所が自分も自分もと言わんばかりに悲鳴を上げる。アドレナリンによる魔法が解けて現実が顔を出したのだ。この痛みを一瞬で消す素敵な薬があるのなら、たとえ年収が飛ぶ事になってもそれを買うだろう。その位の痛みだ。




 鉄寺はあくびを噛み殺しながら「喜世世さん、一日休もう。流石にそろそろ寝ないと辛いし、一度会社に顔を出して急に休んだ謝罪もしておきたい」と、ずっと黙っている相棒に声をかけた。子供の話にすっかり飽きてボ〜ッと携帯をいじっていた相棒は眠たげに目を擦りながらそれに賛成する。


「お〜下で働く人間の発想だ。いいよ、俺もちょっと長めに休みたい」

「じゃあ明後日、煙草屋の捜索から再開だ」

「男の店には行かなくていいのか?」

「居る時間がわかっているから、後回しでいいよ」


 喜世世が鉄寺の事を「あんた奥さんのことになると怖いくらい情熱的なのに、それ以外だとかなりドライだよね」と冷やかしたところで、電話が掛かってきた。


「あ、ごめん部下から電話だ……。多分長くなるから先帰ってるね、写真は今度見せてくれたらいいから。じゃね……もしもし〜社長ちゃんで〜す。仕事終わった?は?まだ?ターゲットが見つかんない?あのさぁ、もうトラバサミでもいいから確実なの使っちゃっていいよ。山の中とかに逃げたんじゃない?俺らが怖くってさぁ。足の一本や二本なくってもいいって言われてるだろ、クライアントの言うこと聞いてさっさと捕まえてこいよ、今度は利き手の……」


 物騒な事を言いながら、喜世世は帰って行った。戻ってきた実苗から写真を受け取り、手短に礼を述べて鉄寺も帰路に着く。


 反対側の自動販売機の辺りでは、ボタンを二個同時に押してどちらが出るか当てるゲームを延々とする男児達の笑い声が響き渡っていた。実苗は「スーツさんはね、お店で食べるみたいな本物の醤油ラーメンが食べたいんだよ」と妙な事を言っていた。生贄の要素が湾曲して伝わっているのだろうか?資料と照らし合わせてみよう。





 入れ替わりの儀式、甦りの儀式。

 不穏なそれらが鉄寺の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。



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