第6話 都合のいい人で



「それでその変な男を追いかけずに来ちゃったの?意味深なことばっか言って帰ったの気になるんだけどなぁ。奥さんのこと諦めろって言ったんでしょ。間男みたいでウケんね」


「妻は純潔だった。間男なんて存在しない。そんな冗談二度と言うな、言ったら殺してやる」


「ハハ!愛だねぇ」


「古本屋の店主にあいつの店の場所を聞き出したから、店に行こうと思えばいつでも……営業時間の十八時から二十四時の間にでも行けば、話を聞けるはずだ。


 小学校は開店時間とかないだろ?署名の書類や事故の記録が職員室に保管されているからとPTA会長の藍和に呼んで貰えたから、学校側に部外者が入れる様に話を通してくれたから、ここに俺たちが入れるのは今日だけ。優先順位をわかっていると言って欲しいね。……それにしてもすごい変わり様だな」



 喜世世はすっかりサラリーマン風と言った出立に変わっていた。髪は黒、清潔感のあるふんわりしたオールバックに黒縁メガネ。ナチュラルな化粧をしているのか、髭を剃った僅かに青い肌もすっかり隠れている。まるっきり別人だ。鉄寺と並べば、どこぞの有能な営業コンビだと言っても疑われないだろう。



「最近の黒髪戻しスプレー、結構ナチュラルでいいよね。ウィッグも楽でいいんだけどさぁ、俺ベリショの時じゃないとな〜んか気になっちゃって着け辛いんだよね。ピアスの穴もパテで盛ってファンデ塗っとけば隠れるし、スーツ着とけば刺青も隠れるし。俺割と得意なんだよね、こう言うの」



 機嫌良く軽い足取りで、喜世世は小学校の大きな扉を開ける。



「じゃあ子供達の未来のために、実りのある意見交換会といきましょうや」



 嫌な歪み方をした喜世世の笑みに「見事な変装だが、性根のクズさまではカバー出来ないみたいだ」と心の中で毒づき、これまた鉄寺も歪んだ無言の笑みで返した。

 校庭ではエネルギーを持て余した子供達が、大声で笑いながら遊びに興じている。子供の足元で砂埃が舞い上がる度、強い風にびゅうびゅう流されていた。









藍和あいわ莉華りかと言う人物は、去年十一歳になる息子をあの踏切で失っていた。踏切撤廃運動の神輿に最も担がれるべき人物だな、と、喜世世は莉華と直接会う前に鉄寺にこぼしていた。


 小柄だった息子の死体は相当に酷い状態で見つかった、と、涙を流して咳き込みながら、彼女は話し始めた。



「本当にいい子だったんです。優しくて、可愛くて、妹思いで……。妹は今三年生なんですけれど、まだお兄ちゃんがいなくなったことをうまく受け入れられていないんです。コックリさん?みたいなおまじないをして、「スーツさんにお兄ちゃんを連れてきてもらう、お供物を用意して」って言って聞かないんです。スーツさんは今醤油ラーメンとお友達が欲しいんですって。袋麺とお人形を一応あげたんですけど、納得いかなかったみたいで「偽物じゃダメ」怒っちゃって……。おかしいですよね、子供の考えることって。



実苗みなえ……あ、妹の名前です。今小学三年生で……。実苗も実苗なりにお兄ちゃんに何かをしようとしているのに、親の私が何もしないのはあんまりだと思って、大人だからできる現実的なことをしようと思って、踏切の撤廃運動をしようと思ったんです。そしたら、私の息子以外にもこんなに……!それも若い方達がお亡くなりになっているじゃありませんか。こんなのっておかしいです、怠慢です、危険なものは排除するべきなんです。


 だから今回、ご支援頂けると聞いて本当に嬉しかったんです。どうしても、先立つものが必要になりますから……」




 喜世世は顔を手で覆って静かに涙を流しながら、うんうんと何度も頷き「私も幼い頃友人を交通事故で亡くしているんです。お気持ち痛いほどわかります。もうこんな思いをする人が現れないように、お互いできることを精一杯頑張りましょう!資料を見せていただいても?」と言った。ポケットの中には手のひらの内側に隠れるほどの透明で小さな目薬が潜んでいる。



  莉華の作成した資料は以下の内容だった。感情を優先して作られたのだろう言葉遣いが端々に見られる。まだまだ足りない賛同者署名欄の一番新しい箇所に自分たちの名前を書き込んでから、二人は資料を受け取った。







「踏切撤去のための署名及び書面


 子供の安全な通学のために!危険な踏切を撤去しましょう!また撤去に伴い、線路に子供が入らないように線路脇にフェンスの設置も同時に要求いたします!


 元位登いとう商店(そもそもこの商店も悪いうわさが広まっています!)前の踏切事故がここ五年で九件も発生しており、そのいずれもが若者の死亡事故です。これは異常な数値であり、通学路として子供たちが渡る道として大変危険です。凄惨な記録を濁さず、しかし簡潔にここに残し、賛同してくださる方々にお伝えします。


四年前

一件

・榎田福栄 二十六歳男性 会社員 走行中の新幹線に飛び込む。千切れた遺体の手は携帯電話を握ったまま硬直しており、開いている画面は好意を寄せる女性からのメッセージ画面だった。遮断機の故障が疑われたが、調査をした所故障箇所は無かった。損傷がひどく、胴体の一部は翌日、頭部が三日後に発見されている。


三年前

一件

・御簾美湖 十八歳女性 女子高生 成績不振を苦に精神を病んでいたので自殺と見られる。正面から新幹線に轢かれた為、遺族が遺体を見ることを躊躇うほど細かくなっていた。


二年前

二件

・青松壽栄 十五歳女性 足が嵌って轢かれたと見られる上半身が吹き飛び、二日後に頭部・左胸部・右胸部・その他の概ね四つに分かれた上半身が見つかる。


・和酢治郎 十六歳男性 アルバイト先の店長から受けるパワハラを苦にしていた為自殺と思われる。線路の真ん中に横たわり、事故当時は足首から先と頭が見つからず、一週間後に発見される。


・小佐渡英太 二十九歳男性 事故当日は結婚記念日だった為、花束を持っていた。新幹線に轢かれた為損傷が酷く、耳と左手の一部が未だ見つかっていない。


一年前

三件

・小佐渡みえ 二十六歳女性 小佐渡英太の妻。事件前日に「あの人と同じスーツを見た。会いに行く」と遺書を書き残し、弟の目の前で自殺。


・蚊弟当 二十三歳男性 小佐渡みえの弟。事件当日友人に「姉と同じスカートをみた。会いに行く」とメッセージを送った直後に自殺。


・小江宙 九歳男性 転倒し、腕が抜けなくなったと見られる。事件当時の損傷は激しかったが、形が残っていた左脚のアザから本人と断定。


・是部華乃 十六歳女性 両足を轢かれた十分後に死亡。「なりたくないなりたくない」と繰り返し何かを拒絶。後日恋人である塾講師から別れを告げられており、「(恋人のいない女なんかに)なりたくない」と言ったのではないか、と友人談。



今年

二件

・藍和淨 十一歳 「線路のとこに綺麗な鳥さんがいるの、大きいんだよ」と友人達に言っていたが嘘つき呼ばわりされていた。家族にはそのことを話していない。左半身が潰され、頭部は四日後に発見された。


・保巣鈴良 十五歳 街の至る所で赤い水溜りをよく見ると訴えていた。国内でも有数の有名大学を受験するための勉強によるストレスで引き起こされた幻覚と診断され、心療内科に通院して回復に努めていた。「私は普通に死にたい」とノートに書き残し、飛び込み自殺。頭部は三日後に発見された」




 読み終え、いくつか疑問が浮かび上がる。踏切のそばには確かに背の高い草が生え放題になってはいるが、人間の一部が何日も見つからないほど深い茂みではない。捜査員が見落とすのは不自然だ。また、見つからないパーツにほとんど頭部が含まれている。

 

「首が、ほとんど後日に見つかるんです」


 嫌な噂がある、本当にただのうわさですが。と、念を押して莉華が話し始めた。

「五年前に失踪した煙草屋の店主がいるんです。確か四〇代位の、位登って苗字で、女癖も悪くて、悪い意味で有名で。この失踪した位登が、踏切事故に見せかけて人間を殺しているんじゃないかって噂になっていて……。


 位登はトロフィーハンティングが好きだったようで、店の奥の方には動物の首の剥製があるらしいんです。だから、採れたばかりの、人間の首を、飾っていたんじゃないか……って。位登には西の方に親戚がいるみたいなのですが、親戚はソリが合わずに位登を嫌っていて、失踪届も出さなければ店も放置したままにしているらしいんです。商品のタバコや趣味の狩猟で作った剥製はいくつかそのまま、廃墟みたいになっているらしくって。肝試しのスポットとして時々他県から冷やかしが来るくらいで。この辺りそんなに治安が悪くないのに、あの周りだけ異様な雰囲気で。


 私、怖くって、空き家になってるたばこ屋に何かおかしな証拠とか、踏切の撤廃に繋がる何かがないか確認しに行こうと思ったんですけど、怖くって、直前で逃げてしまって。情けないですよね。


 市役所に言っても「剥製がいっぱいあるって言ってもねぇ、個人の店なので立ち退きとかは強く出れないんです。失踪届が出ていないんならねぇ、事件性がそもそもないので家宅捜索もできませんよ」の一点張りで。


 それに、そこで時々背の高いスーツの男がぼーっと立っているんですって。鼻の上くらいまで前髪を伸ばした髭面の、本当に大きな男なんですって。近所の人によればそんな方ご親族には誰もいないみたいだって。その人、「赤い水溜まりを探しているんです」って言って、チラシを渡すんですって。ほんとに気味が悪くて、でも何か知ってるかもしれなくて。……私、何もできない自分が恥ずかしいです」


 莉華は一気に捲し立てた後、ワッと泣き出した。張り詰めていたものが崩れてしまった時、人は急に泣き出してしまう。何もできない自分が恥ずかしい、そう言った時、心の柱にヒビが入ってしまったのだろう。ただ、鉄寺は莉華の心を慰めるよりも、「赤い水溜り」の真相に繋がりそうな手がかりを掴めた事に関心を寄せていた。頭を無くした死体達、死亡後に現れる生首、ハンティングトロフィーを集めていた悪趣味な男、赤い水溜りを探す不審な男、それらの存在を思い、口を手で覆って笑いさえした。





「私たちがその煙草屋の調査を引き受けても構いませんか?」


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