第3話   ハーフフェイス

「ご職業は?」

「金融関係。会社は隣の犬外いぬそと市にあるよ、これ名刺ね。あんたは?」

「医療用ガスの配達と、副業で非正規の警備員。今名刺持ってなくて、すみません」


 オカルト関係の伝手はお互いに無さそうだ、と男達はネットカフェ「タンノウ」で頭を悩ませていた。




 あのまま喫茶店で人が殺された話など続けようものなら周囲の客や店員に眉を顰められ、いやに目立ってしまうだろう。それは男達の望むところではない。



 その点ネットカフェのファミリールームなら小さな子供が大声を出しても問題が無い程度の防音室になっている。調べ物可能、不穏な会話し放題、喉が乾けば好きなものを飲め、呼ばない限り店員は来ない、腹が減れば飯を注文出来る。外出も許可されており、料金さえ支払えば何日でも宿泊して構わない。先の見えない調べ物をする拠点としてここが一番都合が良かった。



「あ〜警備員さん似合うね。ぱっと見わかんないけど、俺に負けないくらい筋肉あるもんなぁ」



 上着を脱ぎ袖をまくり「重たいヤツなら別々に持って行っても三〇キロ位あるんで……」と言いながら、鉄寺はSNSに「赤い水溜り」「不審死」「行方不明」「不審者」等の検索キーワードを打ち込んでいく。引っ掛かった投稿がズラッと並ぶが、その九割九分は自分の求める情報とは無関係だと思われるものだ。



 来店を知らせるチャイム、扉の向こうで他の客が通り過ぎる陰、オレンジ色の店内灯と白色の室内灯。打鍵音が部屋の中に散らばっていく。




「自分のアカウントで現在位置を設定すると検索フィルターで場所指定出来るんですよ、これで近場の場所から投稿された奴が出てくるんですが……喜世世さんは現場の類似画像検索お願いします。以前に同じ写真が撮られたかも知れない、撮った人を辿れば何かわかるかも。……ここのサイトが一番精度高いです」


「裏路地なんて見分けつかなくない?無理じゃね?てかなんでそんな詳しいの?」


「場所当てゲーム流行ったじゃないですか、自分も一時期ハマって遊びまくったらこういうの得意になりました。探偵になったみたいで面白いですよ。喜世世さんが撮ってきた写真、ヒントいっぱい写ってて優秀なんですよ。全然いけます。電柱所有会社のコーポレートマーク写ってたじゃないですか。プレートとかちゃんと見て……ほら、これとか路地に生えてた雑草の種類が違う。これ全然別の場所ですよ、やる気あるんですか」


「うわ〜もうめんどくせ〜!チェック項目リスト化してくれよ」


「良いですよ」


「あんた良い奴って言われない?」


「よく言われます。リスト化する代わりにそのチャカチャカうるさいカッター?みたいなのしまってくださいね」


「あ〜ごめん、考えがまとまらない時に弄るの癖になってんだ。これカッターじゃなくてバタフライナイフだよ。男の子なら好きだろ?こう言うギミック系の……文房具」


「興味ないですね。はいどうぞ、リストです」


「真面目で仕事も早いって言われない?」


「よく言われます。どうも」





 男たちはそんな言葉を交わしながらあてのない怪異の尻尾を追いかけ回した。できるだけ鮮度の高い情報が欲しい。失ってしまった命に繋がるくらい真新しく、確実に怪異と判る様なものが。


 店内で流されている胡散臭いヒーリングミュージックが、やけに大きく聞こえた。


小鳥と鈴虫・蛙の鳴き声、ゆったりしたテンポのオルゴール、砂の音を出す楽器。二人の間にあった初対面特有のぎこちなさを、怪奇現象を追うという当てのない共闘で壊しながら夜が更けていく。




 深夜になり、店員が夜食を運び、食器を下げ、透明のグラスを何度も空にして、それからやっと朝と果報が同時に来た。








 同じ路地裏を切り取った写真、端には赤い水溜り。それはごく最近に作られたらしい無名のSNSアカウントの投稿だった。初期アバターのプロフィール欄には「赤い水溜まりを探しています」とだけ。そのアカウントはいくつか写真を投稿していた。廃墟や古書店、小学校の校庭、アパートの廊下。



 ことのほか異様なものは、踏切の写真だった。遮断機の中・線路の真ん中に真っ赤な水たまりがある。そしてそこに、男達の笑った顔が半分映っていた。縦半分、鉄寺は左・喜世世は右を欠損していた。首から下はない。当然ながら、そんな画像を捏造した思い出も事実もない。



「見つけた」



 そこにあるのは紛れもない、生々しく艶やかな怪異の尻尾だ。先にある本体が朝日の中で自分の尻尾を捕まえさせ、人間達をせせら笑っている。そんな悪いイメージが喜世世の脳裏に過り、底意地の悪く悪趣味な彼を喜ばせた。


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