第4話

 十五時を回って最後のお客さんと神様を見送り、定食屋『もえぎ』は閉店となる。ほぼずっと店内は満席で、お弁当も全部はけているのを見てこの赤坂の地の人の多さに慄いた。客層はサラリーマンのおじさん達がほとんどを占めており、女性はちらほら、といった感じだ。

 日曜日が定休日なこの『もえぎ』にとって、平日が一番のかき入れ時である。おきっつぁんによると大体平日はいつもこれぐらいとのことだったので、うちの潰れた店との段違いの繁盛具合に内心半笑いになった。


「お疲れ。初日はどうだったよ」


 キッチンで休む間もなく次の日の仕込み作業に入り始めたおきっつぁんが、にやにやと問いかける。


「忙しかったし、神様の御札置くとかもう色々未知の体験やったけど……なんとかって感じ」

「んふふ。上手にさばいてたわよぉ」


 ヒメ姉が淹れてくれた冷たいレモン水が身に染みわたる。ストローでちゅうちゅうと吸ってカウンターにだらりと身を崩した私は、ジーンズの尻ポケットに入れていた小さなメモ帳を取り出してページを捲った。


「あら、なぁにそれ」

「スイーツレシピ。今日で客層が分かったから、作戦たてようと思って」

「持ち帰りスイーツねえ~」


「見てもいいの?」と覗き込むヒメ姉に、「企業秘密でーす」と見せないように抱え込んだ。

 東京のスイーツ事情を色々調べた所、サラリーマンに人気なのは駅ナカにあるおにぎりサイズのクレープだという。ごろっとした果実が中に入っており、さっぱりとした生クリームとクレープ生地が層になっていて食べ応えがあるものだ。

 ちょっと甘いものを食べたいという会社帰りのおじさん達に人気のそれは、大体二百円から三百円前後で売られていた。

 ここで売るスイーツは五百円だ。婆ちゃんの拘りでこちらにもワンコインが反映されており、故にこそ価格と素材の設定が難しい。五百円でおじさん達が満足できそうなスイーツ……と頭を悩ませていた時、ほむやんから「コーヒーつけたら?」と提案が入った。


「定食屋で売るのと駅ナカで売るのと違いはつけなきゃでしょ?」

てんさいでは……」

「あはは。コーヒーの方はツテを頼ってみるよ。オリジナルドリップバッグのデザインはソラが考えな~?」

「ありがとほむやん~!」


 コーヒーマシンを置けずとも、ドリップバッグコーヒーなら店の広告としても役立つ。「一石二鳥じゃん~!」とガッツポーズをしつつ、それをつけた上で出来るスイーツを頭から煙を出しながら考えた。





 ドリップバッグコーヒーの準備が終わるまでの間は、試作品製作の時間にあてた。

 駅ナカスイーツからヒントを貰い、バウムクーヘンにプリン、パイ生地のラスクなどを、おきっつぁんが仕込みが終わった頃合いを見計らって調理場を借りて作った。

 女性やファミリー層が多いケーキ屋ではなく、ここは働くお父さんやおじさん達の集う定食屋だ。仕事の片手間かつ三時のおやつに食べた時にお腹にたまるような、そんなものを目指した。


「おきっつぁん! 試作品のバウムクーヘン食べてみてよ!」

「また俺ぇ?」


 ほむやんやヒメ姉にも食べてもらっていたが、おきっつぁんには特によく食べてもらっていた。指摘が的確だったからだ。


 はじめ、私はバウムクーヘンにシュガーコーティングを施していた。さくさくとした歯ごたえと、しっとりしたバウムクーヘンの生地は王道で人気だからだ。

 食感の違いというのは大事なもので、これがあるとないとでは食べた時のインパクトが違う。だが、自信作だったそれを出した時、おきっつぁんは渋い顔をした。


「え、何その顔! 甘かった?」

「いや、甘さはこんなもんだろ。旨ぇよ」

「んじゃなんなんその顔」

「いやー……うーん……」


 その時おきっつぁんが出した言葉は、「ポロポロ落ちるよなぁ、これ」だった。

 はっとした。

 確かに、シュガーコーティングのついたバウムクーヘンはかぶりついた時にポロポロとコーティング部分が落ちがちだ。皿があればいい話だが、そんなものを用意できないサラリーマンがデスクで食べるとなると、コーティングが落ちないようによりしっとりとさせる必要がある。しかし、そうすると今度はべたべたとした食感になってしまうのだ。


「そっか、デスクで食べると考えるとポロポロ零れるのは無しやなぁ……」

「デスク?」

「じゃあシュガーコーティングは抜いて、逆に卵に価格を乗せてよりふんわりしっとりと……うーん」

「なんの話をしてんだよ」

「おきっつぁんの視点を入れてみたんよ。さんきゅ! もうちょい模索する!」


 そうして出来たのが今回の試作品だった。

 使う卵をもう少しいいものに変え、ふんわりとした食感に変えた。だが食べると口内で生地がしっとりと変じて程よい甘さが広がり、食べ終わる頃には胃にしっかりと残るようなどっしりさがあるものだ。


「今度はどうよ!」

「旨ぇ」

「他には!」

「旨ぇじゃダメなんかよ」

「こう、なんかもっとビシバシっとないんか! ここあかんとかあそこがダメとか!」

「ダメ出し前提のもん作んな! 大体んなもんパティシエに頼めよ~。俺は定食のことしか分からん!」


「旨ぇもんは旨ぇ!」とぷりぷりしたおきっつぁんがおかわりにもう一個摘まんでいったのを確認し、このバウムクーヘンは免許皆伝と勝手に判じた。

 プリンはしっかりスプーンですくえる固め仕様。パイ生地のラスクはかぶりつかずとも一つずつ摘まんで食べられるサイズだ。

 これに会社のウォーターサーバーで入れられるドリップバッグのコーヒーをつけて、プラスにつける付加価値はこの! 大黒 空のお手製スイーツ!


「もっかい、こっから天下とったるどーーー!」


 ワーハハハ! と高笑いをする私の横で、ソシャゲのガチャを引いていたほむやんが「爆死……」と肩を落としていた。

 やめて欲しい、このタイミングで!

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