第3話 その超能力、他にいかせんのかね
コソコソ。サササッ。
「いやおっさん。その動き怪しすぎるし気持ち悪いから止めてくれない?」
「怪しすぎるだけでよかったよね? 気持ち悪いは余計だよね?」
拝啓
父さん母さん、お元気でしょうか。
俺は出会って間もない女の子に罵倒される日々を送りそうです。
敬具
「一応、この前の警備員じゃないみたいだから、顔は知られてないと思うが……。
本当に大丈夫なのか?」
傍から見た今の俺は、どのような人間に見えているだろうか。
「完璧だって!
百八十度……いや。
三百六十度どこから見ても、完全に大商人だよ!」
これほど姿見が欲しいと思ったことは一度もない。
「信じるからな? フリータの言う事、信じるからな?」
「え、それはちょっと……」
「おい!」
さっきから、通行人の目が痛い気がする……。
それもそうだろう。格好こそきちんとしているが、状況が危ない人だ。
なんせ俺は肩に背負っている荷物に話しかけているのだから。
〇〇〇
エスパー伊〇というタレントさんを知っているだろうか。
彼の代名詞にボストンバッグの中に全身を入れるパフォーマンスがある。
急にどうしたのかって、例の少女のフリータが、それの上位互換みたいなことをしたんだよ。
「私、超能力者なんだ! こうして体を小さくして……ここを折りたたんで……」
目の前で小人になっていき、手足も絶対に人間には曲がらない方向に曲がっていく。
それでそのまま密輸品が入ったバックへすっぽり。
はー、おもしろ人間だ。
……帰ろ。
「ちょっと待ちなさいよ! 貿易所入りたいんでしょ!」
顔だけ元のサイズに戻してカバンから出していた。
その姿だと、本当にエスパー伊〇さんじゃん。
●●●
ということで、荷物となったフリータに向かって俺は喋っています。
それはそれは、独り言をブツブツ言っている人以上に危ない。
どれくらい危険かというと、熊を前に死んだフリをしているくらい、危ない。
いや、まあ、実際はそっちのほうが命的には危ない。
俺が言っているのは、社会的生命のほうだ。
「しかしフリータ。君はなんでこんな軽いんだ?」
フリータが入っているときと、フリータが入っていないときの荷物の重さは完全に一致といっても過言ではなかった。
それも超能力なのだろうか。
体のサイズを小さくできて、体を折りたためて、体重まで自由自在?
そこまですごい能力ではないけど、もっと他に活用できなかったのかこれ。
「私はね特殊な訓練を受けているの。いわば、密輸のプロってところね」
『密輸のプロ』と言っているが、『密輸されるプロ』が正しいんじゃないかと思う。
どこの組織が、密輸するから体重を落とせ! と言うのだろうか。
しかしここで俺は気付いた。訓練を受けている……?
「訓練を受けているって、どういうことだ?」
荷物の中にいてもわかる。動揺。
また目が泳いでいるんだろうなあ。
「え、えっと……。え、演劇よ。演劇の訓練を受けているの! 演技力よ!」
「そんなところを鍛えてどうする……」
フリータを鍛えていた組織は、秘密保持には力を入れていないみたいだ。
彼女に動揺しなくなる訓練をしていないのだから。
「とっとと入りなさいよ。密輸しなさい!」
人生でこんなお願いをされるのは、本当に俺だけだろうと思う。
それを喜ばしいとはまったく思わないが。
でも、断るわけにはいけない。
この中に入るのが、俺の人生最大の目標なのだ。
渇ききった口の唾をかき集めて、飲み込む。
緊張はしている。同時に興奮もしている。
久しく忘れていたわくわく感というものがこみ上げてくる。
まるで、スパイのようなことをしているのだ。
これでわくわくしなかったら、男じゃない。
「あの、にゃ、中に入りたいんですけど……?」
開口一番、噛んだ。やっぱり、俺は俺だったか。
「失礼、許可書を拝見しても、よろしいですか?」
この言葉。前回俺を阻んだこの言葉。
しかし! 今回は違う。なぜなら俺には、ある!
「はい、これでいいですか」
許可書が! ……偽の。
フリータが持っていた偽物の許可書。
「少々お待ちを」
頼む、頼む! バレないでくれ!
血の気が体中から引いていく。
引かれた血は、一体どこに行ってしまうのか。
体から消え去ったのでは、そう思うくらい血の気が引いていった。
手と足が震える。
そりゃもう、そこだけ大地震が起きているくらい震えている。
これを見られたらまずい。
こうなるのも当たり前だ。
訓練を受けているフリータと違って、俺はただの一般人だ。
スパイでも、軍人でもない。
こんな場面に出会うなんて、ミジンコほども思ってもいなかった。
あ、意識が飛びそう、ふわーってする。ふわーって。
そのとき、俺は背中に温かいものを感じた。
冷たくなく、熱すぎず、ちょうどいい体温。
「しっかりして。頼んだわよ」
震えが止まった。血液が巡り始めた。
これも訓練された、何かの超能力なのだろうか。
いや、俺は違うと思う。これは彼女の優しさによるものだ。
そう思いたい。思わせてくれ。
「お待たせしました。こちらとこちらをどうぞ」
戻ってきた警備員から、許可書に印が押されたものと、銀色の腕輪を渡された。
「その腕輪をしていただければ、これから許可書は必要ありません。
ただし。こちらの許可なく、その腕輪を他人に貸与、または授与することは厳禁ですので、ご承知おきください」
俺は夢心地だった。
入れた。足を一歩踏み入れた。こんどこそ、しっかりと。
熱気。雑踏。現金。異国人。品物。
世界の市場を丸ごと詰め込んだかのような場所。
世界最大の貿易所。
この場所の名前は『ウリテーシジョウ』。
俺は心臓の高鳴りを抑えることなく、年甲斐もなく走り出した。
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