第2話 伝家の宝刀、あっち向いてホイ!

「で、どうして俺を縛ったりしたんだい?

 あと、どうして俺の荷物を盗もうとしていたのかな?」


 部屋が真っ暗なとき、何か背負って出ていこうとする音が聞こえていた。

 それは俺の全財産と替えのパンツが入った荷物だったのだ。

 

 これは反省会を開かなければならない

 ベッドの上で二人、正座をして開会としよう。 


 無論、俺は縄を解いてもらっている。

 縛られたまま、少女の目の前で正座など絵的にダメだ。


 あと、どう考えても年下の少女に対して、敬語を使うのはやめた。


 フードを取った少女は澄んだ目を泳がせ、愛想笑いを浮かべる。


「いやぁ、そのぅ……。き、気まぐれですよ気まぐれ!」


 気まぐれって……。

 そんな曖昧あいまいな理由で縛られて荷物を盗まれたら、たまったものではない。


 少女はさらに言葉を継ぐ。


「扉が全開で、中に入ってみたら一人しかいなくて、しかもいびきかいて寝ていたら、そりゃあ誰だって縛ってから盗みたくなりますよ!」

「そんなことあってたまるか!」


 いやしかし、扉が全開だったのは確かに無用心だったな。


 というか、いびきをかいていたのか……。

 家族以外にいびきを聞かれるというのは、なんだか恥ずかしいではないか。


「そこは優しさをもって、扉を閉めてくれよ」

「嫌です」

「即答かよ!」


 見た目の可愛さと、中身の腹黒さが反比例している。

 世の女性はこんな小さい頃から裏と表がはっきりしているのか!

 いや、そんな小さい子って訳じゃないのかもしれない。

 どれどれ、俺のこの話術で、相手の気を悪くしないように年齢を聞いてみせよう。

 伊達に大商人を目指してやってきた訳ではないからな。

 ここらで俺の実力お披露目といこう。


「えーっと、君は何歳なの?」


 はい、わかっていました。

 俺にそんな話術があったなら、あの貿易所に入れるくらいの大商人になっているわ。

 たわけが。


 しかし唐突&直球過ぎたか。固まっているな……。


「な、何歳に見えますか? 十四歳ですか? 十四歳ですか!??」

「う、うん。十四歳に見えるけど……?」

「残念! 昨日で十五歳です!」


 誰か助けてください。このとの会話、疲れる。


「ねえ、おじさん」

「…………」

「おっさん?」

「なぜ悪化させる……」

「じゃあ、おじさん」

「なんだよ」

「私、やる事があるからもう行っていいかな?」


 盗人猛々ぬすっとたけだけしいとはよく言ったものだ。

 自分勝手にもほどがあるだろう。

 しかし、俺は大人だ。おっさんではない。

 ここは紳士的な対応といこう。


「君がちゃんとした理由を言ってくれたらね」


 うむ……。そこそこジェントルな対応ではないか。


 と、ここで少女がさっきから俺の右側。

 少女から見ると左側にある荷物に目をやっていることに気付いた。

 俺の荷物と形はそっくりだ。

 あー、はいはい。なるほどなるほど。


「俺の荷物とこの荷物を間違えたわけだな」


 目が泳ぎだした。川を上る鮭のように。

 手が動き出した。鮭を取る熊のように。

 動揺という言葉を体現するならば、このような状態なのだろう。


「ち、違いますけどぉ! 

私がいつ、あなたの荷物と、密輸品の荷物を間違えたって言ったんですかぁ!」


 いやそこまでは言ってないが。

 ん? 何か今、一般人には馴染みのない言葉が頭を貫通したぞ。

 って。


「密輸品!?」

「いやああああああああああああ!!!」


 俺の言葉をかき消すように叫びながら、俺の口を塞ぐ。

 ついでに、鼻も。

 こ、呼吸が……。


「んんんん!!」

「そのままその言葉を墓場まで持っていけぇ!」


 俺にまだ墓などない。墓を買う金もない。

 このが作ってくれるのか?

 でもまだ名乗ってないから、なんて刻まれるのだろうか。

 『おっさんの墓』とか?


 ……余計なことを考えたせいで酸欠が早まったじゃないか。

 

 そんなことを考えながら引き離そうとしているのに、びくともしない。

 この力強くない?

 目、血走ってない?

 俺、死にそうじゃない?

 

 ――こうなったら、やむを得ない。伝家の宝刀を使おう。秘儀!


「んっんんーんー……。んん!」


 指を少女の顔の前に出して、勢いよく左を指し示す。

 そう、不意打ちあっちむいてホイだ。


 少女はつられて左を向いた。

 今だ!


「そいや!」


 頭を全力で振って口と鼻を解放する。ああ、空気が美味しい。


「あ! ずるい! というか、本当に死んでくださいお願いします」


 あらきれいな土下座だこと。

 しかも人生で初めての経験だあ。

 少女から死ねとお願いされるなんて。


「死ねるか! 俺は大商人になって、あの貿易施設を我が物顔で出入りできる男になるんだ!」


 失言。

 相手に自分の弱点を教えてしまった。

 少女と同じようなことをしてしまった。


「ふーん……」


 急に落ち着きを取り戻して、腹黒さがに出ている笑みを浮かべる。

 いかにも悪いこといいこと考えちゃった。みたいな顔だ。


「おっさん、名前は?」


 これ以上情報を与えてはいけない。

 さすがに俺でもそれくらいの頭は回る。


「人に名前を聞くときには、自分から名乗るべきだ、うえっ!?」


 舌を掴まれる。話している最中なのに、なんて機敏な……。若いからか?


「名乗らないなら、この舌いらないね」

「へ、わふぁった、わふぁった。ほひふぇるふぁら、はふぁふぃて!」


 舌解放。この数時間で舌があるありがたみを再認識させられっぱなしだ。


「お、俺は金星 売斗かねほし ばいとって言うんだ。

 さあ、君の名前を教えるんだ」


 少し強がってみたが、もう少女には通じない。こりゃ、ダメかも。


「私はフリータ。じゃあ、バイト。取引しましょう」

「取引?」

「うん。あなたを貿易所に入れてあげるから、この密輸品と私をその中に運んで?」

「は、はぁ!?」


 これはつまりどういうことだ? まさか俺に……。


「何? 理解できなかった? 簡単に言うと……」


 俺の鼻ギリギリのところに人差し指を出す。


「密輸をおっさ……バイトに手伝ってもらいたいの」

「はあああああああああ!!?」


 俺は立ち上がって、全力で抗議した……かったが、足がしびれてベッドの下に転がり落ちた。

 今、目の前に密輸品がある。こいつを運べというのか!?


「まったく、バイトはおっさんだな、やっぱり」


 少女、改めフリータは立ち上がり、俺の元へ来た。

 いや、俺の上に落ちてきた。


「うぅ……。足がしびれたわ……」

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