第4話 蛍光色のイチジク

 とてつもなく広いウリテーシジョウの、ありすぎるベンチの一つに俺は腰掛けた。

 まあ広い広い。年甲斐もなく走った。フルマラソン完走くらい走った。

 嘘だ。本当は中学生の持久走くらいだ。

 嘘。実際は百メートル走ったところで、足腰にガタがきた。

 ガタがくるまでに、大量の人間と大量のベンチを通り過ぎた。

 どこの国かもわからない言葉もたくさん浴びた。


「はぁー。どっこいせ、と」


 足と腰がギシギシうなる。いや、これは雄たけびだ。

 そう、筋肉の、若さの雄たけび。


「ねえ、おっさん。座ってる暇ないんだけど?」


 バックの中から一撃もらった。

 痛くもなんともないぜ。はっは。

 元の大きさの時は馬鹿力なのに、小さくなったら蟻力ありぢからだな。


「そんなもん効かぬわ。ってかここに入れたならもうフリータに媚びる必要なくないか」

「とりゃ!」


 わき腹に一発。

 こいつ腕だけ元の大きさに戻しやがった……!

 恐ろしい子ッ!


「痛ってええええええええええええ!!!!」


 感心している場合じゃないほど痛ったい。

 またここは痛いのよ。あばら骨直撃よ。


 ただ、そんな俺の騒音レベルの叫びですら、かき消されるほどの活気。

 今は逆に、その騒がしさに感謝するばかりだった。


「すみませんフリータ様。

 もうそんなこと思っても口にはしないので許してください」


「人を探してほしいの」

「あ、無視なのね」


 この歳になっても、無視とは心が沈むものだ。

 というか、この人混みの中で人を探せと。

 三千個カタカナの『エ』の中から、一つだけ漢字の『工』を探すくらい難しいぞ。


「この中から探すなんて無茶な」

「いいえ、簡単に探せるわ」

「馬鹿言えって。

 俺はフリータみたいな特殊な訓練とやらは受けてないんだぞ?」

「わかってるわよ、そんなこと」


 顔が見えなくてもわかる。すごい不機嫌になってきてる。

 不機嫌というかイライラし始めている。

 まずい。なんとか……しないと……?


 落ち着いて考えれば、そんな必要はないのでは。

 心の中の無〇様もこう言ってらっしゃる。

 何がまずい? 言ってみろって。


「私の機嫌を取りたいのなら、話を聞きなさい」


 読心術か!? これも特殊な訓練の賜物なのだろうか……。


「はい、ではなんなりとどうぞ……」


 ああ、情けない。


「その人を探すのは簡単なのよ。今から言う条件を満たせば、絶対にその人なの」

「条件……?」


 十人十色。見た目も言葉も千差万別。

 こんな中で条件なんて、役に立つのだろうか?


「まず、人だかりを見つけて」

「見つけても、何も……」


 見渡す限り人だかり。

 だが、よく見れば、大きく四つに分かれるていることがわかった。


「次に、女性が多い人だかりに絞って」

「女性が多いね」

「うん、老若問わずね」


 三つに絞れた。一つの集団は、子供しかいなかった。

 ウリテーシジョウのマスコットキャラクター、『シューカツチュー』のスペシャルイベント! と、書かれた看板が立っていた。

 ああ、カタカナが羅列されていておじさん見にくいよ。

 おじさんって言っちゃったよ。もういいわい。


「で、その人だかりを相手にしてるのが、男性」

「ほうほう」


 二つに絞れたぞ。

 じゃないほうは、女性が炭酸水のペットボトルの蓋を開けていた。


 さあて、どっちだ……。

 一方は、ゆったりとした紺色の服に、ハチマキをしている俺よりも年上の男。

 他方は、イケメンという言葉がすごく似合う、俺よりも年下の男。

 白スーツの上下をきっちり着こなして、そのほかの装飾品はなし。

 顔は本当にイケメン。格好いい。俺もああいう顔がよかった。

 そして、髪は……!?


「最後に、髪の毛が奇抜なやつ」

「最初からそれを言えよおおおおおおおお!」


 いた。奇抜も奇抜。

 蛍光色の黄緑色の髪色。しかもそれにあの形。

 イチジクみたいな髪型だった。


「みなさん! ありがとうございました!」


 清々しい挨拶をして、お客を見送るイケメン。

 その爽やかな笑顔に、俺まで心を射抜かれるところだった。

 何かの説明が終わったにも関わらず、人だかりはなおも増していく。


「落ち着いてください! まだまだ、商品はありますからぁあああああぁぁ……」

「女性の濁流に飲み込まれたぞ、あいつ」

「いつものことよ、気にしないで」


 いつものことなのか。羨ましい。

 少し分けてもらっても罰は当たらないだろう。

 俺が行くとモーセが海を割ったみたいになるからな。

 ……ぐすん。


 あ、出てきた。出てきた。


「お買い上げ、ありがとうございました!

 こちらの商品! たった今売り切れました!」


 黄色い悲鳴が、残念がる悲鳴に変わる。

 とはいえ人だかりが引いていく――ことはなかったが、増えなくなった。


「じゃあ、合言葉をあいつに言って」

「ん、合言葉?」

「言ってなかったっけ? じゃあ教えるわ」


 荷物を耳元に上げる。

 女の子に耳打ちされるの初めてだな。

 それがこんな形とは……。


「そ、そんなのが合言葉なのか?」

「ええ」


 ううむ、言うしかないか……。

 俺はイケメンくんの近くまで人をかき分けて行った。


「あ、お客さん? すみません。もう売切れてしまって……」

「……ニートって楽ですよね?」


 呆然とするイケメンくん。そりゃそうだ。

 突然こんなことを言われて。しかも見ず知らずのおっさんに。


「奥へどうぞ」


 今までの対応と同じように、爽やかで清らかに、俺に返事をしてくれた。


「は、はあ」


 誘われるまま奥に行くと、そこは薄暗かった。

 その部屋の中心で背を向けて立つ彼。

 緊張すべき場面なのかもしれないが、俺の目はただただ彼の頭。

 蛍光色のイチジクに奪われていた。

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