第7話 牛乳男子

 右手が不自由になってからの学園初日。

 クラスの皆が気を利かせて色々とフォローしてくれたし、ちょっとやりにくいけどノートパソコンでも問題なく黒板の内容を記録する事ができた。

 今後、様々な不都合が生じるとは思うが……まぁ、その時に考えよう。


 放課後。

 俺は芹沢さんと集合すると、創作科校舎の二階にある空き教室へやって来た。

 中央に二組の机と椅子があるだけの殺風景な場所だ。

 今日からここが俺達コンビの住処、というわけである。

 芹沢さんはせっせと机同士を小学生の給食時みたいに向かい合わせ、腰掛ける。


「一応、確認だけど」


 俺が座ったのを見て、芹沢さんは切り出す。


「これからあたし達はネタを作って、練習して、大会に挑戦する。いいわね?」


 それは事前に聞いていたので俺は頷く。

 漫才科では毎月大会があり、生徒達はそれを目標に日々、お笑いの勉強に勤しんでいるのだ。

 創作科にも三か月に一度作品の発表会があるし、大抵どの科にも似たようなお披露目の場が存在する。他校生には馴染がないだろうが、すんなりと受け入れる事ができた。


「目標は勿論優勝よ」

「……それは無理ゲーだ」


 何となく、漫才科の芹沢さんにおだてられ、自分が面白いなどと錯覚していたが、冷静に考えれば俺は漫才素人。もう少し現実的な目標でなければ、目標の意味がないとは思わんかね?


「じゃあ、決勝進出くらいにしとく?」

「そもそも、どんな大会なんだ? ルールを教えてくれ」

「大体、毎月参加コンビは二百ちょっとくらいなんだけど、一回戦で三十二組、準決勝で八組って感じで絞られていくの」

「なるほど、決勝進出も諦めよう」

「何でよ」

「いあいあ」


 参加コンビが二百組オーバーだろ?

 その内の上位八組なんて絶対無理だろ。繰り返すけど、俺素人な?


「漫才科の中にはコント派のコンビも多いし、他科生の参加も少なくないから全然無理じゃないと思うけど」

「……その他科生が俺なんだが」

「アンタは別よ。あたしが目を付けたくらいなんだから」


 悪い気はしない……むしろ自然と頬が緩むけど、正直不安だ。


「一回戦まであまり時間ないし、早速ネタを作ってみましょう」

「……その事なんだけど」

「なぁに?」

「実は、一本作ってみたんだ、ネタ」

「そうなの?」

「あぁ、印刷もしてきた」


 鞄からネタを刷ったコピー用紙を取り出して渡す。


「じゃあ、早速やってみましょうか」

「何でだよ。普通にチェックしてくれよ」

「いいじゃない、やりましょうよ」

「わ、わかったから引っ張るなって!」

「立ち位置は……お客さんから見てアンタが左ね」




二人「「どーもー」」

笑顔「突然だけどね、うちのお母さん、今月誕生日なの」

伊織「おー、それはおめでとう」

笑顔「だからね、お母さんをご飯に連れて行ってあげたいんだけど」

伊織「だけど?」

笑顔「お母さんにどこがいいか聞いたら、お店の名前が思い出せないって言うの」

伊織「そーなの?」

笑顔「だから困っちゃって」

伊織「一緒に考えるよ。何か特徴とか言ってなかった?」

笑顔「たくさん店舗のあるハンバーガーのお店で、提供がとにかく早いって」

伊織「……それ、マックじゃん?」

笑顔「マックねぇ」

伊織「その特徴は完全にマックでしょ。すぐわかったじゃん」

笑顔「あたしもそう思ったのよ? でもね?」

伊織「うん?」

笑顔「数あるチェーン店の中で一番美味しいんだって」

伊織「……じゃあマックではないね」

  「味だけの評価でマックを一番に推す人はいないのよ」

  「マックは普通に美味しくて、早くて、入りやすいから人気なのよ」

  「もうちょっと詳しく教えてくれない?」

笑顔「アプリのクーポン値引きがね、ポテトL以外渋いんだって」

伊織「マックじゃねぇか!」

  「ポテトL以外の、特に新作なんて二十円くらいしか安くならないんだから!」

笑顔「そう思ったんだけどね、わかんないのよ」

伊織「何が?」

笑顔「時々発売されるナゲットの新作ソースが絶品なんだって」

伊織「マックじゃないじゃん!」

  「マックの新作ソースはバーベキューとマスタードの牙城を崩せないんだよ!」

  「商品レビューしてる投稿者は絶対無理して絶品だって言ってるんだから!」

笑顔「んー、やっぱりそう思うでしょ?」

伊織「他に何か言ってなかった?」

笑顔「ポテト揚げた時の音が、モー娘の曲みたいなんだって」

伊織「マックじゃん! 誰しも一度はカウンターでつい踊り出すんだから!」

笑顔「でも、わかんないのよ」

伊織「わかるって。絶対マックでしょ」

笑顔「あたしもそう思うけど、ダブルチーズバーガーの値段が適正だって言うの」

伊織「マックじゃないじゃん!」

  「ダブチ買うより、チーズバーガー二個買った方がパンの分得するんだから!」

笑顔「あ、あとね。キャラクターがピエロみたいだって」

伊織「マックじゃん! 彼は小さな子供が見たら泣き出すんだよ!」

笑顔「シェイクがね、最初から飲みやすいんだって」

伊織「マックじゃないじゃん!」

  「マックのシェイクは美味いけど、最初はどんだけ吸っても出てこないのよ!」

  「まじでどうなってんだよ」

笑顔「一か八か、お父さんにも聞いてみたんだけどね」

伊織「お父さんに?」

笑顔「マクドちゃうんかって」

伊織「関西呼びになっただけやんけ!」

  「もういいわ!」

笑顔「ありがとうございました!」

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