第8話 ネタ作り

「思いっきりパクりじゃないのっ!」


 ネタを終えると、芹沢さんは教室の中心でクレームを叫んだ。


「でも、面白かったでしょ」

「面白いに決まってるでしょ! チャンピオンのネタなんだから!」


 知らない人のために念のため解説しておくと、俺の用意したネタは確かに、某漫才大会でトップを取った一流のそれを参考にした。


「作り方はインスパイアしたけど、内容は自分で考えたぞ?」


 ネタ自体、もしくはネタの動画には著作権が発生するが、構成自体にはない。

 知恵袋で聞いた話だけど、多分間違っていないはずだ。

 だから問題ないでしょ? と聞くと。


「お誕生会で発表する漫才じゃないのよ! 笑いは取れても確実に予選敗退よ!」

「そうなのか」

「もうっ、ちょっと期待してたのにっ!」


 ドカッ、と不機嫌そうに、椅子に背中を預けるが。


「でも、内容はまぁ……悪くなかった」

「だろ?」

「テンポはいいし、普通にネタとして機能してたと思う」

「やっぱり、俺にはセンスが?」

「……あたしはアンタの作る笑い、好きだけど……」


 頬杖を突いた芹沢さんは「笑いのツボって、人それぞれだし」と呟く。


「誰かが面白いと思うボケも、つまらないと感じる人がいる」

「ほーん?」

「自分では革命的なボケだと思っても、伝わらなくて総スカン。冷や汗ダラダラ……。そんな経験、漫才をやった事あれば誰しも経験してると思う」

「それはわかる。漫画も同じだから。超面白い設定だと思ってもボロクソ言われる事あるし」

「だから難しいのよね、ネタ作りって」


 すべての読者を夢中にさせる漫画が存在しないのと同様に、すべての客が笑うネタなどない、という事だ。


「緊張と緩和って聞いた事あるでしょ」

「何となく、だけど、うん」

「お笑いの基本概念とか言われてるけど。そうね、例えば」


 芹沢さんの一人漫才、開幕。


笑顔「お、おい……」

笑顔「どーした兄弟?」

笑顔「や、やっちまった……俺はとんでもねぇ罪を犯しちまった」

笑顔「……な、何をしでかしたんだ?」

笑顔「唐揚げに……マヨネーズをかけちまった」

笑顔「罪深ぇなぁ!」


 非常に分かりやすい例だった。

 罪を犯した、と緊張させておいてから、マヨネーズで緩和したのだ。


「ネタ作りは、できる限り万人受けするように分かりやすくしつつ、基本をしっかりと押さえる。そこに、自分達にしかないフレーズやオリジナリティを足すのがベストだとあたしは思ってる」

「ふむふむ」

「……とりあえず、二人で一本作ってみない?」

「まず、何から決めれば?」

「人による、としか言えないわね。絶対にウケると思ったボケやツッコミを軸に作る方法もあるし、先にテーマを決めるパターンもある」


 スラスラと言葉が並んでいく。

 漫才科では、普段からこうして論理的に笑いについて考えているのだとわかった。


「最初だし、ベタなのでも大丈夫?」

「いいわよ?」

「コンビニ、とかどう?」

「……本当にベタね」

「コンビニのネタは何回も見た事があるから、自然に作れるかなーと」

「反対する理由はないわね」


 芹沢さんはルーズリーフを一枚机に置き、猫のキャラ物のシャーペンを握る。


「猫、好きなの?」

「へ? あ、ペンの事?」

「スマホのケースも、メッセのアイコンも猫じゃん」

「な、なによ。悪い?」

「悪いなんて一言も言ってないぞ」


 むしろ、ドンピシャ。

 芹沢さんに似合うのは、犬耳でも獣耳でも、アンテナでもなく猫耳だと思うし。


「……いいでしょ、そんな事」

「いっそ、猫耳でも付けてステージに立てば?」

「バカな事言ってないでネタ作り、始めるわよ」


 これまでに笑わせてもらったプロのネタをできる限り思い出す。


「やっぱ、店員と客って役割分担?」

「そうね。店員がボケ、お客さんがツッコミでいいと思う」


 コンビニを訪れた客が、妙な店員の言動にツッコミを入れていく。

 うん、間違いないな。


「コンビニで買う物と言えば、やっぱり弁当だよな?」


 意見を求めるように聞くと、嬉しそうにグーサイン。


「……こういうのはどうだろう?」

「悪くないわね!」

「まだ言ってないのよ!」

「ふふっ」

「……続けても?」


 顔に「どーぞ」と書いてあったので俺は続ける。


「俺がハンバーグ弁当をレジに出す」

「うん」

「そこで言われるのよ。ご一緒にハンバーグはいかがですか?」

「どうツッコむ?」


 俺を試すような顔だった。自信はないけど、正面から挑戦しよう。


「びっくりなドンキーか! 親子バーグディッシュ作ろうとするなよ! とか?」


 芹沢さんは小さく笑うと、ウンウン頷く。


「いいわね」

「そう?」

「他のパターンは?」

「……そうだな」


 脳みそをフル動員して、新たなツッコミを思い付く。


「弁当をレジに出すと、店員が言う。お客様、お弁当はお一人で食べるんですか? そしたら、俺はそうですけど、と答えるんだけど」

「うん?」

「店員は俺を見て、吹き出して言うんだ。ぷぷっ、でしょうね」

「失礼だろ! とツッコむ?」

「……まぁ、そう」

「なるなる」


 腕を組み、数回顎を前後させる芹沢さん。


「……つまんない?」

「全然面白いわよ。親子バーグのくだりはびっくりなドンキー知ってる人なら絶対笑ってくれるし」

「二個目は?」

「よくある自虐ネタだけど、あたしとアンタが隣に並ぶ事で「一人でコンビニのお弁当を食べる寂しい人」って妙な説得力がでるから普通以上に面白い」


 あれ? 俺、何か貶されてる?

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