第3話 初デート その1

「うん、悪くないわね」

「明日から卵獲れなくなるぞ、ってめっちゃ良くなかった?」

「えぇ、オシャレな返しだったと思うわよ」


 片目を閉じながら、芹沢さんは親指を突き立てた。


「いきなりトサカとか言っちゃったけど、どうだった?」

「良かったと思うけど、個人的にはインスタの方がハマったかな。速攻でツッコミ入れてたよ」

「確かに勢い凄かったかも」

「後はオチだよね! 三歩で忘れるなんてよく思い付いたな!」


 鶏は三歩で忘れる。誰しも一度は聞いた事があるだろう。

 気付いたらボケもニワトリになる……脱帽であります。


「アンタも、ちゃんとツッコミできてたわよ! 大したものね!」

「ちょっとニワトリを連呼し過ぎたかも。もう少しバリエーションが……」


 ……何を真面目に反省会してんだよ。

 もう少しバリエーションがあった方が笑いを取れる……じゃないのよ。

 ワザとらしく咳払いすると、芹沢さんが言う。


「楽しかったでしょ?」

「……」


 正直に言うと、楽しかった……と思う。

 ボケに対してツッコミを合わせられた瞬間は気持ち良かったと言わざるを得ない。


「悪くはない、かな」

「じゃ、コンビ結成って事で」

「……それはない」

「おっけぇ。やっぱり、まずはネタから……ってええええええええっ!?」


 いつかと同じ反応だった。


「今のは完全にコンビ結成の流れでしょーがっ!」

「や、漫才をするのが楽しいってのは何となくわかってたし、実感したけど」


 俺は漫画家になりたいんだ。

 人並外れた才能のない俺がその道を目指すなら、漫画以外の事に時間を使う余裕なんてないはずだ。

 俺がそう伝えると。


「アンタ、明日暇?」


 明日は土曜日。学園は休みだ。


「一日中新人賞の原稿だな」

「なるほど、暇なのね」

「何でだよ」

「そうね……お昼に駅前に来て」

「……聞けよ」


 やーよ、と呟いた芹沢さんは猫耳ケースのスマホを取り出す。


「ん」

「……ん、とは?」

「ID教えて」

「あぁ、そういう事ね」


 誰かと連絡先を交換するのに慣れてない事がバレちまったじゃねぇか。

 ……いや、普通「ん」じゃわからんよな? なぁ?


『新しい友達 芹沢笑顔』


 画面のそんな表示を見ると、優越感に脳みそが支配された。

 まるで芸能人やアイドルの連絡先をゲットしたような感覚だった。


「つか、明日って?」


 俺の質問に対し、芹沢さんは人差し指を柔らかそうな唇に当て、


「なーいしょっ」


 ……何なの、この人。可愛すぎるんですけど。

 顔面ガチャSSRじゃねーか。




 土曜日。

 アラームの電子音に目を覚ました。

 時刻は午前十時。休みの日は昼まで寝るのが信条なのだが。

 結局、芹沢さんの誘いを断る事ができなかった。そろそろ支度をしないと。

 いそいそとベッドから出ると洗面所で顔を洗い、コップ一杯の牛乳を飲み干す。


「……」


 部屋に戻ると……ふと、思う。

 今日はデートなのだろうか、と。


「……先生に聞いてみよう」


 スマホのロックを解除すると「デートとは」と検索エンジンに打ち込む。

 デートとは。

 日時や場所を定めて好意を持った二人が会う事。


「……好意?」


 好意とは。

 その人にいだく親しみや好ましく思う気持ち。


「なるほど?」


 芹沢さんは俺と漫才をしたいと思っている。それはつまり俺を好ましく思っているという事で。


「……デートやんけ」


 どうしよう、急に緊張してきたんだが。


「せ、先生に頼るしかっ」


 俺は「デート」「服装」など、思い付く限りの単語を絞り出し検索。

 ……が、書いてある事がサイトによって違っていたりして、あまり参考にならない。

 どのサイトにも清潔感が大切、とは書いてあるけど、逆に清潔感のない服ってどんなだ。泥だらけの服で出掛ける奴なんていねーだろ。


「…………まぁ、こんな感じか?」


 しばらくの格闘の末、結局いつも通りの、特に描写も必要ない恰好に収まった。

 今日、何するんだ。俺はそう思いながら、せっせと前髪をいじり始めるのだった。




 待ち合わせ場所である、ターミナル駅の駅前交番(どうしてかフクロウの形をしている。理由は不明)に到着した。

 年配の女性に道案内をしている警察官に心の中で「ご苦労様であります」と念じると、スマホで時刻を確認。

 約束時間の十五分前だ。ちょっと早かったかな。


「ちょっと早かったな、とか考えてる?」


 声の主は銀髪の少女、芹沢笑顔さんだ。

 白い膝丈のワンピースに桜色のカーディガン、という出で立ちなのだが。

 制服の時とはまるで違う印象を受ける。

 一言で表現するなら「清楚」だろうか。

 この魅力を上手く言語化できない自分を呪うレベルに……とにかく可愛い。

 顔面だけじゃなく、洋服のセンスもSSRかよ。

 ……よく考えたらスタイルもSSRだな。確率どーなってんだよ運営!


「ってか、心を読むなよ」

「(顔に書いてあんのよ)」

「こいつ……脳内に直接っ」


 俺の返しに廃課金少女は口角を上げ、「行きましょ」と市街地方面へ。

 小走りで隣に並ぶと、


「で、どこに連れて行く気だ?」

「まずは腹ごしらえよ」

「飯かよ」

「食べて来ちゃった?」

「いや、食ってないけど」

「ならいいじゃないの」

「何食うの?」

「あたし、前からずっと行ってみたかったお店があるの!」

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