第2話 初めての共同作業

 創作科といえど、なんちゃら省から認可を受けた、れっきとした高等学校である。

 常に創作系の授業ばかりが行われている訳ではなく。

 国語や数学、英語といった「普通」の教科が時間割の多くを占める。

 退屈な化学を乗り切った昼休み。

 俺は待ってましたとばかりに弁当の包みを取り出した。

 先に言っておくが、俺が昼飯を一人で食うのは友達がいないからじゃないぞ。

 いや、まじだぞ?


 ——ガラガラガラッ


 教室のドアが悲鳴を上げた。あまりに大きな音だったので、クラス内の視線は一点に集中する。


「……げ」


 俺の反応で何となく察してもらえるとは思うけども。

 騒音の発生源は、例の漫才少女だった。

 相も変わらず、バカみたいな可愛さだなぁ。

 そんな感想を抱いたのは俺だけではないようで。


「え、何あの子可愛いー」

「アイドル科の子?」

「あんたら知らないの? 漫才科の芹沢笑顔でしょ」

「漫才科っ!?」

「あの顔で漫才科っ!?」


 近くの女子グループだけでなく、教室のあちこちで似たような声が挙がった。

 どうやら、少女は有名人のようだ。ただでさえルックスがいいのに漫才科というのが余計に少女の知名度を上げているんだろうな、と思う。

 それにしても、芹沢笑顔、か。

 まさに漫才をするために生まれて来た! みたいな名前だ。

 親が漫才師だったりとかするんだろうか。


「あ、いたっ! 桜井伊織!」


 それまで芹沢さんに集中していたすべての視線が俺に収束する。


「桜井!」

「な、何すか」

「一緒にお昼、食べるわよっ!」



 言わずもがな、屋上は大人気のランチスポットである。

 スタートダッシュに出遅れた俺達に居場所はないと思っていた……ってのに。


「ラッキー、あそこ、空いてるわよ。行きましょ!」

「お、おう」


 偶然にも空いていたベンチに、揃って腰を下ろした。


「ちょっと」

「何だよ」

「あたしみたいな可愛い子とランチできるのよ? もっと嬉しそうにしなさいよ」

「そーゆー事、自分で言うなよ」

「だって、どう見たって可愛いでしょ、あたし」

「……まぁ、な」

「逆に「えー、あたしが可愛い? 本当ですかぁ?」みたいな女の方が嫌でしょ」


 自分に自信を持つのはいい事だ、とまとめておこう。

 ちな、俺が見るからに「嬉しくなさそう」なのは、これから漫才の勧誘がある事を想定できるからだ。(教室に戻ってからの質問攻めが面倒くさいのもあるけど)

 俺は先手を打った。


「漫才はしないぞ」

「諦めないぞ」

「口調を真似するな」


 ちょっと萌えたじゃねぇか。


「ひょっとして、本当に俺がイエスって言うまで絡み付いてくる気か?」

「そうなるわね。あたしはアンタとやるって決めたから」


 ……三秒程経ってから。


「や、やるって……ち、違うからねっ! そーゆー意味じゃないからっ!」

「わかってるって」

「な、ならいいのよっ!」


 なんて言えばこの子は諦めてくれるのだろうか。

 しばらく考えても答えは見つからなかった。


「……とりあえず、飯食うか」


 弁当の包みを解くと、カパッと蓋を開ける。

 すると、芹沢さんは「わぁ」と感嘆の声を上げた。


「美味しそー」

「そ、そう?」

「綺麗な盛り付けね。お母さん、料理上手なんだ?」


 ウチの両親は仕事で海外に行っているので、この弁当を作ったのは俺だ。

 何となく、それを伝えるのが恥ずかしかったけど、わざわざ嘘をつく必要はない。


「これ、俺の手作り」

「え、本当に?」

「肯定であります」

「すごっ! 料理、できるのね」

「妹と二人暮らしだからさ。料理の担当は俺なんだ」


 洗濯と掃除(風呂を除く)とゴミ捨てと回覧板と……思い付くほとんどは俺の担当だが。

 仕事をしろ、妹よ。


「あたしはこれっ」


 芹沢さんが取り出したのは、コンビニのサンドウィッチ。

 どうでもいいけど、コンビニサンドって地味に開けるの難しいよな。

 より難易度が高いであろう手巻き系は得意なんだけど……まじでどうでもいいな。


「いただきます」


 両手を合わせた芹沢さんは、タマゴサンドをパクり。

 もぐもぐと咀嚼中のそんな姿を見て、純粋に思う。

 ただ昼飯を食ってるだけなのに、絵になるとかすげぇな。

 睫毛とか俺の倍くらい(流石に言いすぎかも)長いし、顔のパーツは均等が取れていてまじでCGみたいだ。


「んー、おいしっ」


 笑った顔もただただ可愛い。それだけで戦力的には十分だってのに。

 真横から見ると、ブレザーの胸元はふたつの双丘(重複してんな)によってグラビアアイドルみたいに押し上げられていて。

 さらに視線を落とすと、そこには白いニーソックスとスカートの作り出す絶対領域。

 スラッとしているのに、ムチッと柔らかそうな太ももが俺の脳内をピンクに染める。

 こんなん、チートやんけ。いやらしい妄想をすんなってのは無理ゲーすぎんだろ。


「ねー、桜井」

「な、何だ」

「その卵焼き、ちょーだい」

「タマゴサンド食いながらさらに卵焼きを所望するのか?」

「ラーメン食べながらライス食べるでしょ?」

「……え」


 卵を食べながら卵。それを炭水化物を食べながら炭水化物、と置き換えたのか?

 気付けば、俺の卵焼きは俺以外によって捕食されていた。


「んー、おいしっ」


 どうやら、ウチの味はお姫様のお口に合ったようだ。


「やっぱり、イイ卵を使ってると違うわねっ」

「へ? 普通の卵だけど?」


 行きつけのスーパーで買った、一家族一点までの特売品だ。


「流石っ、今朝アンタが産んだ卵っ」

「誰がニワトリだ」

「アンタ、ニワトリでしょ」

「……言葉を話すニワトリを見た事あんのか?」

「今日はアンタを締めて唐揚げにするつもりよ」

「やめろ! 明日から卵が獲れなくなるぞ!」

「ほら、ニワトリなんじゃないの」

「……漫才始まってる?」


 合わせてる俺がいるけどさ。


「あ、桜井」

「何だ」

「曲がってるわよ」


 芹沢さんの視線は、俺のネクタイに注がれている。


「あぁ、ありが……」

「曲がってるわよ、トサカ」

「だから誰がニワトリだ。付いてねーよ」

「……素朴な疑問なんだけど」

「話聞けよ……」

「トサカって、何のために付いてるの?」


 考えた事もなかったな。あんな目立つ場所に付いてるし、主張は激しい。

 きっと、何かしらの意味はあるんだろう。


「僕達は動物大好き芸人でーす! じゃないのよ。聞かれても知るかいな」

「ちょっと気になるから調べるわね」


 スマホを弄り始める芹沢さん。

 すぐに「あー」だの「勉強になるー」なんて独り言。

 そんな反応されたら気になるよなぁ?


「理由、何なの?」

「あ、ごめん。インスタしてた」

「何してんねんっ!」

「冗談よ」

「はよ」

「……言っちゃってもいいの?」


 何やら、言いにくそうな表情を見せる。


「いいけど」

「傷付かない?」

「なんで俺が傷付くんだよ」

「…………メスを引き寄せるため、だって」

「はぇ~。シンボル的な感じなんだな」


 チラリ。


「ふっ。小さいのも納得ね」

「やめとけよ! 侮辱罪は立派な犯罪だぞ!」

「……と、いうわけで逮捕された犯人は漫画家志望の高校生男子です」

「なんで俺の方がタイーホされてんだよ」

「取り調べに対し、コケコッコー、などと供述しており」

「ニワトリだからそうなるわなぁ!」

「では、現場からは以上です」


 軽く会釈した芹沢さんは、スタスタと数歩歩く。


「あれ、あたしはどうしてここに?」

「三歩で忘れんなよ! お前もニワトリじゃねぇか!」

「もういいわっ!」

「あ、ありがとうございましたぁ!」







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