『初めてだから、できるだけ優しくして欲しい』そう言った銀髪少女にツッコむ事を決めました。

鷺澤 いのり

第1話 ラブレター?

 帰りのホームルームが終わった放課後。

 俺、桜井伊織は今日一日世話になった上履きに別れを告げようと下駄箱を開ける。


「……ん?」


 揃って並ぶ革靴の上に、見慣れない白い封筒。

 それは一体何なのか……すぐにひとつの可能性が浮かぶが。

 ロクに女友達もいない俺に「ラブレター」なんぞ届くはずがない。

 じゃあ、これは一体?

 ……考えても埒が明かないので、俺はそいつを手に取った。

 中身の便箋には、女の子特有の丸文字で、


『放課後、屋上で待っています』


 そう、短く書かれていた。


「……まじで?」



 そうして、俺は屋上へと続く重厚な金属扉の前までやって来た訳だが。

 心拍数爆上がりである。こんなに緊張するのは生まれてからの十六年で初めてかもしれない。


「ふ、ふぅ」


 ゆっくりと、何度も、何度も深呼吸。

 ようやく、心臓君が落ち着いてきてくれたので、意を決してドアノブに手を伸ばす。

 落下防止用の、背の高いフェンスに囲まれた空間には、幾つかの木製ベンチと一人の少女がいた。


 白いブレザーに、白黒チェックのリボンとプリーツスカート。

 見慣れた私立夢咲学園の制服に身を包んだ少女は。


「来たわね」


 短く、そう言った。

 太陽の光をキラキラと反射させる、透明感のある長い銀髪に、粉雪のようなきめ細やかな肌。

 やや吊り上がった大きな瞳には、ガーネットにも負けない真紅の輝き。

 まるでCGの女の子を見ているようだった。


「……」

「ちょっと、聞いてる?」

「あぁ、うん、ごめん」


 君に見惚れてしまっていた、なんて言えずに誤魔化す。


「早速だけど、本題に入ってもいい?」

「お、おう」


 俺が会話可能状態である事を確認すると。


「アンタ、あたしとやらない?」


 一瞬、俺の耳がおかしくなったのかと思ったけど、確かに言ったよな?

 作り物みたいな、超絶美少女が「あたしとヤらない?」と。


「ご、ごめん。もう一回言ってもらってもいい?」

「だから、あたしとやりましょ、って言ってんの」


 念のため聞いてみても答えは同じだった。

 女の子とお付き合いすらした事のない俺にとって、その提案はあまりに刺激的。

 恐らく、耳まで真っ赤になっている事だろう。


「き、君の気持ちはわ、わかったけど……」

「……?」

「そ、そういう事は好きな人同士でするもので」

「どういう事よ?」

「物事には段階ってものが……。いきなりセッ……こ、行為ってのは」

「……アンタ、さっきから何言っ」


 何かに気付いたように頭上で豆電球を光らせると、真っ白な頬を上気させる。


「ば、ばっかじゃないのアンタッ! だ、誰がセッ……ク……」


 言葉を詰まらせた少女は、一呼吸置いて続ける。


「あたしが言ってるのはエッ……こ、行為の事じゃないっ! 突然……そんな事しようなんて言うわけないでしょっ!」

「……それじゃあ?」


 そう口にしてから、ブレザーの襟元に光る、スタンドマイクを模した「科章」に気付く。

 俺達の通うこの学園には、一般的な学科である「普通科」は存在せず、よく言えばユニークな、悪く言えばぶっ飛んだ学科が多く存在する訳だけど。

 少女のそれが示すのは……「漫才科」。

 漫才科の「やる」ってのはつまり。


「……俺と漫才をしたいって事か?」

「そうよ!」

「なるほど、そういう事か」


 いや、どういう事だよ。

 漫才科に属する少女が漫才をするのは当然だけど……。


「何で俺と?」


 至極当然の疑問である。

 面識もなければ、漫才科の生徒でもない俺に白羽の矢が立った理由が謎である。


「これ、読ませてもらったわよ」


 黒皮の指定鞄から少女が取り出したのは、一冊のコピー本。

 コピー本とは、書店に並ぶ漫画みたいに印刷所が製本した物でなく、コピー機とかホッチキス何かで作られた本の事をいうが……それには見覚えしかない。


 何故って?

 そりゃ、「創作科」(その名の通り漫画や小説、動画制作などを学ぶ学科。ちなみに科章はGペン型で通称オタク科)の俺が二年に上がる時の課題として描いた短編漫画だからだ。

 内容は……ギャグ。

 なるほど、何となく話が見えてきたな。


「要は、その漫画を読んだ君は?」

「アンタのお笑いセンスに目を付けたって事ね」

「そんなに面白かった?」

「えぇ! 読んだ時に電気が走ったわ!」


 作品を気に入ってもらえて、作者としては嬉しい限りだけど。


「あたしがボケで、アンタがツッコミ! ね、いいコンビだと思わないっ!?」


 俺の返事を待たず、少女は右手を差し出した。


「よろしくね、相方ッ!」

「……いや、やらないけど」

「そうこなくっちゃ! じゃあまずは……ってええええええええっ!?」


 拒否されたと気付いた少女は、ただでさえ大きな瞳をさらに見開く。


「な、何でやんないのよっ!」

「逆に何でやると思ったんだよ。俺は創作科で、漫画家になりたいわけ。毎日睡眠時間削って原稿してるんだ。漫才をしてる時間なんてない」

「からの~?」


 まるでお笑い芸人のような言い回し。流石は漫才科である。


「やらないよ」

「か・ら・の~?」

「だからやらんて」

「ぐぬぬぬ」


 人生初の告白イベントがなかったのは残念だけど、今は漫画に忙しくて彼女とか作ってる余裕ないし、まぁよかったんだろう。


「……俺は原稿あるから帰っても?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「悪いけど、俺……まじで漫画家目指してるから」

「……だから」

「え、なんて?」


 何か言ったようだけど、声が小さくて聞き取れない。


「絶対! 諦めないわよ!」

「えぇっ?」

「アンタが組んでくれるまで! 縮れ麺みたいに絡み続けるんだからねっ!」



 この時の俺には知る由もない。

 俺を襲う悲劇も。

 涙を流した少女がその体を差し出してくる事も。







——————————

●ご連絡

ずっと公募勢だったので初めてのWEB小説です。

テンポよく読めるよう努力しつつ、毎日更新していきます。

5話まではお付き合いくださると……涙が止まりません。


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