婚約破棄されたら優しい兄がブチ切れました

ナギ

婚約破棄されたら優しい兄がブチ切れました

「どうして貴族に生まれた女性はこんな窮屈な服で着飾るのかしら……」


 ぎゅうぎゅうにコルセットで締め上げられた腹を撫で、リジー・オーブリーは仕立てたばかりの美しいドレスを見下ろす。


「これじゃあ、苦しくて何も食べられないじゃない」


 不満げに呟く彼女に、兄のロバートは苦笑した。


「おや? 愛しい我が妹は兄からのプレゼントがお気に召さなかったかな」


「まさか! とても気に入ってるわ。私、この色が一番好きですもの。素敵なドレスをありがとう、お兄様」


 リジーが慌てて首を横に振って笑い返すと、ロバートは美しい顔を綻ばせ、優しく笑んだ。


「可愛い妹のためならお安い御用だよ。いつも愛らしいと思っているが、今日は一段と美しさに磨きがかかったようだ。まるで妖精のようだよ」

「お兄様ったら、またそんなことを言って……妹贔屓もほどほどにしてくださいな」

「本当のことさ。お前を放って遊んでいるどこぞの馬鹿に見せつけてやるといい」

「……どうしても行かなくてはダメ?」

「リジー。父さんにも言われただろう? 商売はまず、情報の仕入れから始まるんだよ」


 リジーは肩を竦め、兄の腕に手を回し、今夜の舞台となるパーティー会場へと足を踏み入れた。

 諦めた顔で歩を進める妹に、ロバートは慰めるように告げた。


「大丈夫。今夜は私達と同世代ばかりを集めたただの交流会にすぎない。いつもより気を楽にして過ごしなさい」



 貴族社会は面倒くさい。特に、社交場のルールやマナーが非常に面倒くさい。家格が高位であればあるほど、それに準ずる行いを求められる。


 リジーはそれが大嫌いだった。社交場とは、その名の通り交流の場であって欲しいのが本音だ。ただの交流の場に、家格の違いなど必要ない。男女間のやましい関係も必要ない。相手を敬う程度の必要最低限のマナーがあれば、あとは無礼講で十分だった。


 だが、世の貴族達はリジーほど軽く考えていない。

 特に女性はマナーにうるさく、数えればキリがないほど細かい作法を当たり前のようにこなし、『必要最低限のマナー』と言うのだ。これで気楽にパーティーを楽しむなど、リジーは到底できそうにない。


(はあ……せめてスイーツだけでも食べることができたら楽しいのだけど……)


 主催者への挨拶を済ませたあと、友人達に声をかけられたロバートと別れ、リジーはテーブルの上のデザートを眺めていた。キリキリと締め付けるコルセットが恨めしい。どうしてドレス一つ着るのにこんな苦しい思いをしなくていけないのか。甚だ疑問だった。


 そこでふと、リジーは自分に歩み寄って来る一人の令嬢に気づき、視線を動かした。


「ごきげんよう、リジーさん」


 公爵令嬢のアリシア・モーガンだった。

 パーティーで出会うと、必ずリジーに声をかけてくる令嬢である。


「まあ、アリシア様。ごきげんよう。ご挨拶いただけて嬉しいですわ」


 普段通り形式に則って腰を折れば、アリシアは満足げに頷き、扇子で口元を覆い隠しながら微笑んだ。


「ええ、もちろんですわ。リジーさんとのお話はいつも楽しいですもの。……それはそうと、あの……今日もエスコートはロバート様ですの?」


 気遣うような眼差しに、リジーは苦笑した。


「……はい。兄はつい先ほど友人達に呼ばれたので離れておりますけれど……すぐに戻ると思いますわ」

「あら……でしたら、お兄様が来られるまで私とお話しいたしませんこと? 実は先日、父に誘われて王家主催のパーティーに参加したんですの。その時に――」


(ああ……アリシア様、今日もお兄様と喋りたいから私を繋ぎにしてるのね……)


 社交場は基本、貴族間の腹の探り合いでしかない。手札となる情報を操り、相手がどういった人物で、自分の味方になるかどうか見定めるのだ。


 やれ、どこの家が投資を始めただの――。

 やれ、どこの令嬢が駆け落ちしただの――。

 やれ、どこの令息が新たな事業を始めただの――。


(よくもまぁ、次から次へと話題が尽きないこと)


 夜会やお茶会に出席する度、新たな話題が飛び交う。

 それがただの噂話で済むのであればいい。リジーが最も嫌うのは、その噂話に悪意が滲むことだ。

 残念ながら、世の中には他人を貶め、蹴落とし、自分が正しいと振る舞う者がいる。それが己より家格の高い者になると、大抵の貴族達は権力を前に屈し、否が応でも同調するしかなくなるのだ。


 そういった風潮がある中、公爵令嬢のアリシアだけは少し変わっていた。彼女は噂をあくまで噂とし、あまり話題には出さないのだ。人を貶めたり、嘲笑ったりすることもない。

 良くも悪くも他人に興味がない様子で、リジーはそんなアリシアの性格を密かに気に入っていた。


 問題が起きたのは、そんな彼女との話に花を咲かせていた時だった。


「おい、リジー!」


 リジーは振り返り、ひょいと片眉を上げて相手を見た。

 藪から棒に、自分の名前を慣れ慣れしく呼ぶのは一人しかいない。


 デビッド・スタンリー。スタンリー侯爵家の次期当主として育てられた長男。リジーの婚約者である。


 そう、婚約者のはずだ。

 リジーは扇子で口元を覆い隠し、目を細めた。


 本来であれば、リジーは今この場で、デビッドの腕に手を回していなければならない。婚約者を伴って挨拶回りをする義務があったからだ。


 しかし、彼は今、自分ではない女を侍らせている。

 自分ではない女の腰に腕を回し、親しげに寄り添い合い、忌々しいと言いたげな表情でこちらを睨んでいる。


 婚約者となって早十年。

 邪険にされ始めたのは五年ぐらいだろうか。

 随分と長い時を共に過ごしてきたが、どうして彼にそんな眼差しを向けられなければならないのか。

 面倒くさい。この上なく面倒くさい男だ。考えることも億劫で、相手にするのも煩わしい。


「あら。いらしてましたの、デビッド様。今夜はこちらにお越しにならないのかと思っていましたわ」


 貴族らしく、暗に『婚約者のエスコートもせずに何しとんじゃい』と言葉を返したのだが、デビッドはその言葉を無視してリジーに人差し指を向けた。

 無礼な態度に、隣に立っていたアリシアが「まあ」と不満の声を漏らした。


「リジー・オーブリー! 僕は君との婚約を破棄する!」


 貴族社会とは、面倒事が尽きない世界らしい。

 華やかな社交場に不釣り合いな言葉が響き渡り、リジーは呆れを通り越してため息も出なかった。


 ――が。茶番が始まってしまっては仕方ない。


 リジーは口元を覆い隠していた扇子をパチンと閉じ、姿勢を正した。


「ご説明いただけますか?」


 努めて冷静に、毅然とした態度で、リジーは問い返した。

 そんな彼女に、デビッドはふんっと鼻を鳴らした。


「リジー。お前は確かに良い女だと思う。美人ではないが、器量が良い。聡明で、愛想も良くて、仕事ができる。だが、それは侯爵家にとって必要な素養であって、僕の妻に必要な素養ではない」

「ならば、何が必要なのですか?」

「愛だ」


 どーん、と効果音が聞こえてくる気がした。

 この男は貴族をなんだと思っているのか。

 色々な意味で恥ずかしいことこの上ない回答に、リジーはつい言葉を失い、閉口してしまう。


「仰る意味が分かりかねますな」


 いつの間にか兄のロバートが戻ってきていたようだ。

 デビッドに代わり、今日のリジーのエスコートを務める彼は幾分か硬い声で言葉を返した。いつも爽やかに微笑む美貌には、少しの感情も滲み出ていない。

 滅多に見られない兄の真面目な顔に、リジーの背中に冷や汗が浮かんだ。


「貴族たる我々には守るべきものが多くある。貴方の生家であるスタンリー家は特にそうでしょう」


 そもそも、この二人の婚約は事業に失敗したスタンリー家が没落することを阻止するためにあったものだ。リジーが幼い頃、スタンリー侯爵が頭を下げる形で婚約を結んだ。結果、商家としても実績を積んで高い収益を得ているオーブリー家の財産で、当時のスタンリー家は没落から免れたのである。


 ロバートが言いたいのは、そうして守られた領地に住む民達のことを指している。侯爵家ともなれば、伯爵家とは領地の大きさも異なってしまう。事業でも協力関係にあるオーブリー家との婚約を解消したところで、そちらの領地の経営は今後も成り立つのか、ということだ。


「デビッド殿の仰る通り、リジーは聡明な子です。我がオーブリー家でも経営について学びながら、これまで幾度もスタンリー家の事業を成功に導いてきました。それは貴方が良くご存知のはずでは?」

「そうだな」


 デビッドがあっさりと頷いた。


「だが、僕は自分の妻にそんなものを求めてはいない。僕が今一番欲しいのは、どんな時でも僕を一番に愛し、疲れた心を癒してくれる女性だ」

「つまり、その隣にいる女性が、あなたの言う『愛情』を与えてくれる……と仰りたいのですね」

「ああ、そうだ。彼女は僕の運命の人なんだ!」


 ロバートが、片手で自分の顔を覆った。


(頼むから、もうやめて~……!)


 リジーは無表情のまま願った。

 さっさとこの茶番を終わらせるべく口を挟みたい。でも、隣に立つ兄の空気が全くそれを許してくれない。


 対し、空気が読めないデビッドはロバートの異変にも気づかず、二人の出会いから始まった運命の恋について説明している。彼女の名前はマリアというらしい。密会していたことまで平然と語り出すのだから、頭が痛い。


 彼の話に耳を傾けている令嬢達は不快そうに眉を顰め、紳士達は失笑している。どちらも蔑んだ目をしているが、それらは全て無作法なデビッドに向けられたものだ。

 どうして彼はその視線に気づかないのか。リジーは不思議で仕方ない。


「それにリジー! 君は僕がマリアを愛していると知って、彼女をいじめていたと言うじゃないか!」

「……はい?」


 リジーは素っ頓狂な声を上げた。


「僕が君に見向きもしないからと嫉妬したんだろう! どれだけマリアが傷ついたと思っているんだ!」


 身に覚えのない話だった。

 令嬢としてあるまじきだが、ぽかんと口を開けたまま呆けてしまう。

 リジー達を見守る野次馬も同様だった。

 傍に立っているアリシアに至っては、これ見よがしに盛大なため息を吐き出している。もちろん、口元は扇子でしっかり隠しているが。


「……私は、そちらのご令嬢と今、ここで、初めてお会いするのですが」

「嘘をつくな! パーティーで会う度、彼女はいつも泣いていたんだぞ!」


 なんだそれは。

 リジーは無言でマリアを見た。

 怯えながらこちらを見ていた目はすぐに逸らされた。


 何度思い返しても見覚えのない令嬢だ。一度会っていれば顔ぐらい覚えていただろうが、全く印象にない。


「……痴れ者め」


 ぼそっ、とロバートの小さな声が聞こえた。

 リジーは静かに、兄から一歩、離れた。


「茶会に出ればお茶をドレスにかけられ、夜会に出れば足を引っかけられ、話しかければ冷たくあしらい、暴言を吐いたというではないか!」

「お言葉を返しますが、どれも身に覚えのない話です。場も弁えず、人を悪者扱いするのもいい加減にしてくださいませ」


 兄の様子が気になるが、とにかく言葉は返しておかなければ。言われっぱなしというのも気が済まないリジーは、堂々と反撃した。

 だが、淡々としたその態度がさらにデビッドを苛立たせたようだった。

 鬱憤を晴らすように、彼は声を荒げた。


「お前のその態度がむかつくんだよ! どうせお前も澄ました顔で腹の底では侯爵家の出来損ないだと僕を見下しているんだろ! そこのロバートのように!!」


 ――なるほど、これが本音だったか。


 リジーは納得した。

 恋だの、愛だの、悪女だの。グダグダ語っていたが、つまる話、彼自身がリジーを嫌っているのだ。ついでに兄のことも嫌いとみた。


 思い返してみれば、まあ、そうなるだろうと思う。


 ロバートはオーブリー家の次期当主であり、とても優秀な男だ。経営について父から学び、さらに研鑽を積むために祖父母の領地へ行っていたこともある。

 見た目においても、妹の贔屓目なしに美しい。性格も温厚で、家族思いである。毎年あちこちから上がる縁談に兄は頭を抱えているが、リジーは兄に惹かれる令嬢の気持ちが少しだけ理解できる気がしていた。


 それに、リジーも兄ほどの美貌には恵まれなかったが、秀才と呼ばれる程度にはその才能を周囲に認められていた。そこそこ名前が知れ渡っている理由には、伯爵家の優秀な兄や侯爵家の婚約者という肩書きだけでなく、公爵家のアリシアの存在も大きい。


 そうして何かと目立つ二人と共にいれば、自然と近くにいるデビッドも注目されやすいのだろう。

 実際、リジーは他の令嬢から彼の評価について耳にしたことがあるが、どれもロバートやリジーと比較する言葉ばかりだった。


 正直に言えばリジーとて、ロバートと比べてデビッドには跡取りとしての自覚はないように思う。勉強に熱意はないし、社会情勢にも興味を示さない。領地を立て直すための事業についても、金で仕事ができる者を雇って任せればいいというスタンスだった。

 さらには、デビッドは婚約者に会いに来ることもなければ、プレゼントの一つも寄越さない。パーティーに出席する時も、挨拶回りが終わればほとんど自分の隣に立っていたことがないという、とんだ甲斐性なしの男だった。


 子どもの頃は、まだ彼と仲が良かった。

 おそらく今は、互いに成長していくにつれて嚙み合わなくなってしまったのだ。

 今日までのあれやそれも、自分や兄に対する当てつけだったのかもしれない。長年連れ添ってきただけに、劣等感から嫌われていたことには寂しさを感じる。


(だからと言って、彼の行いが許されるわけではないけれど……)


 傷ついた自尊心も、複雑な男心も、なんとなくだが理解できた。

 それでも、今のデビッドの言い分は筋の通らない癇癪だ。

 彼にはそろそろ、自分の立場をもう一度理解してもらわねば。


 そう思ってリジーが口を開いた時だった。


 ガッ。ガタガタガシャン!


 鈍い打撃音と、近くにあったテーブルが倒れていく派手な音がした。

 スイーツの乗った皿や飲み物が床に散乱し、令嬢達からは短い悲鳴が上がる。


 リジーの思考は停止した。

 たった今、目の前で起こった出来事に声が出なかった。


 優しい兄が、あのロバートが、全力でデビッドの顔を殴ったのだ。


 リジーは子どもの頃からロバートが本気で怒るところを見たことがない。癇癪を起こし、荒ぶる姿も見せなかった。

 物事が暴力で解決することはない、とリジーに諭すぐらいだ。その言葉を胸に刻んで生きているのか、彼は気に入らないことがあっても皮肉や嫌味を口にするだけで、手を上げることは絶対にしなかった。


 正しく、温厚な人だった。

 自慢できるほど、優しい兄だった。


 そんなロバートが、まさか拳を振り上げるとは。

 それも、自分より家格が上の、デビッドに。


 突然の身内の暴挙に、リジーは口元を手で覆い隠し固まるしかなかった。


 パーティーの参加者達も、これにはしんと静まり帰る。

 いとも簡単に、あまりに軽く、人が吹っ飛んだのだ。

 いくらなんでも、勢いが凄まじい。


「世迷い言も大概にしてくだされ」


 ついでに、兄の理性も吹っ飛んでいた。


「妹には婚約者としての務めを放棄しておきながら、ご自分の出来の悪さを棚に上げ、さらには不貞を声高々に自慢するとは何事でございましょう。男としても、同じく家名を背負う者としても嘆かわしい限りです。そもそも、リジーは愛情深い子です。オーブリーも元は商家。故に身分に驕らず、誠意を持って相手に接するよう、男も女も関係なく教育を受けております。そうでなければ、どうして没落寸前のスタンリー家のために尽くして差し上げられましょう? ご自分の立場を今一度よくお考えになられた方がよろしいのでは?」


 一息でそこまで話し、最後に人差し指を向ける。

 無礼には無礼を返すのがロバートのやり方だった。


「婚約破棄? 結構! 父に代わり、次期当主である兄のこの私が認めます。妹はこの場限りでスタンリー家と絶縁させていただく。金輪際、二度と我が妹に近づかないでくだされ!」

「お兄様……」


 リジーの声は兄に届いていない。

 ロバートの言葉も気絶しているデビッドには届いていない。

 おそらく、見目麗しい男の暴挙に驚く野次馬達にも届いていない。


 それでも、ロバートは最後まで手を抜くことなく、高らかに宣言した。


「恩を仇で返す無礼者に爵位もマナーも必要ありませんな。もし次に妹に近づいたら、その時は拳ではなく剣を抜くことになります。覚悟なされよ」

「いえ、だからお兄様。もう聞こえてませんよ」


 再度、リジーは声をかけた。

 ようやく我に返ったロバートは、「おや」とデビッドを見る。そして顎に手を添え、真面目な顔で呟いた。


「これはこれは……次期侯爵殿にしては、鍛え方がちと足りぬようだ」

「騎士でもないのに毎日剣を振るうお兄様と他の殿方を一緒にされては困ります。……それより、こんなこと知られたらお父様に怒られますわよ」

「ああ、可哀想なリジー……可愛い妹のためなら、私は口煩い父の説教も吐き気がするような鍛練もいくらでも我慢してみせるよ。お前は何も気にする必要はない。さあ、今日はもう疲れたね。家へ帰ろう。ゴミが転がる空間では気分も悪いだろう?」

「あ、はい」


 一度スイッチが入ったロバートを止める術などない。

 リジーは遠い目をしながら、大人しく頷いた。


 案の定、家に帰ったこの翌日、兄は夜会での騒ぎを聞きつけた父にしこたま怒られることになる。主に「手順も踏ませず勝手に婚約破棄を認めるな」という話だったそうで、デビッドを殴り飛ばしたことついてはお咎めは一切なかったらしい。

 また、後日アリシアから届いた手紙では、あの日ロバートに殴られて気絶したデビッドは「伯爵家の男に負けるような軟弱者とは思いませんでしたわ!」とマリアにフラれたらしい。運命とやらは呆気なくデビッドを見放したようで、彼は後ろ指を向けられたまま会場から姿を消したのだとか。


 可哀想だが、自業自得だ。


 デビッドとは婚約が解消された今、リジーが彼のことを気にかける必要はない。「まあ、いいか」と呟きながら、紅茶を片手にリジーはアリシアから送られてきたもう一枚の手紙に目を通した。


 そして手紙に書かれた内容を読み終えた時、リジーの手から高価なカップが滑り落ちた。




『近いうちに兄から求婚状が届くでしょう。我が家であなたをおもてなしできる日を楽しみにしておりますわ』




 どうしてこう、貴族社会には次から次へと問題が起きるのか。

 新たな波乱が訪れる気配を察し、リジーは頭に手を当てフラリと倒れた。

 それを見たメイドが驚きの声を上げ、騒ぎに気づいたロバートが血相を変えて駆けつけてくるのだが、その兄が公爵家を相手にシスコンっぷりを発揮して剣を抜くことになるとは、この時のリジーはまだ、知る由もない。

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