第2話 彼女は吸血鬼

 サキの正体が吸血鬼だと知ったのは、中学一年生の時……

 今から、四年ほど前のことだ。


 きっかけは、なんだったか……なにも、なかった気がする。

 ただ、なんというか……いろいろなめぐり合わせが、悪かったのだろう。


 サキ自身自分が吸血鬼だと知らなかったこと、ぼくとふたりきりの空間にいたこと、吸血鬼の発作がそのタイミングで来てしまったこと……

 様々な要因が絡み合い、結果……


『キョウ、ちゃん……どうしよ、わたし……

 ハァ、ハァ……』


 胸に手を当て、苦しんでいたサキ。

 いや、今思えばあれは……発情、していたのだろう。


 後に聞いた話だが、吸血鬼の本能が目覚める瞬間を発情というらしい。

 人間や動物でいう発情とは、言葉は同じだがニュアンスは違う。


 吸血鬼の本能が開花し、血を求めてさまよう。

 自分、身内以外の人間から血を接種しなければという感情に、頭の中が支配されるのだという。


『さ、サキ、どうし……』


『ご、めん、ね……!』


 そして、俺は……その瞬間、サキに吸血された。


 吸血されたからといって、俺も吸血鬼になってしまう、とかそういう話では、ないようだ。

 ただ、吸血鬼にとって、初めての吸血は特別なものらしい。


 吸血鬼が初めて吸血した相手……この場合サキとぼくか……の血は、吸血鬼にとって極上の味となるのだ。

 なので、吸血鬼は初めての相手に、自分が好ましく思っている相手を選ぶ傾向にある。


 以来、ぼくは定期的にサキに、吸血されている。

 吸血鬼は、初めて吸血した相手以外に吸血できない……というわけではない。

 だが、サキはぼく以外から吸血したがらない。


「キョウちゃーん?」


「わっ」


 ふと、初めてのときのことを思い出してしまったぼくの顔を、サキは覗き込んでくる。

 サキは、贔屓目に見てもかわいい。

 そんな顔がいきなり目の前に現れたら、驚いてしまう。


「な、なんでもないよ。ただ、昔を思い出してて……」


「昔?」


「その……ぼくが、初めて吸血されたときのこと」


「ぁ……」


 瞬間、サキの顔がみるみる赤くなっている。

 発情時の記憶は、本人にしっかり残っているみたいで。あのあと、サキは引きこもってしまったっけ。


 サキの両親も、吸血鬼だ。なので、サキが引きこもってしまった時も、うまくフォローしてくれたと聞いている。

 吸血鬼にとって吸血とは、いわば食事。恥ずかしがることはないと。


 ぼくも、吸血鬼という存在には驚いたが……

 もしもぼくが吸血を許すことで、少しでもサキたちの助けになるのなら、ぼくは喜んで受け入れた。


「も、もう、恥ずかしいこと思い出させないでよっ」


「わ、悪い」


 こうして、ひとけのないところで吸血行為に及ぶ。

 そんなんだから、イケないことをしているみたいだ。


 しかも、今ではひとつ屋根の下に暮らしているのだ。

 したくなったら、したいときにできる……


「そ、そろそろ行こうか」


「そ、そだね」


 なんだか、変なことを考えてしまいそうになった。

 それをごまかすように、俺たちは登校へ戻る。


 吸血後は、お互いに気まずくなってしまう。

 食事だとはわかっていても、体に押し付けられたあの柔らかい感触を、忘れられない。


「……」


「……」


 気まずい登校。

 ぼくはチラッと、サキの横顔を見つめる。


 ……発情中のサキは、なんというか……色っぽい表情を浮かべる。

 それにドキドキしないかと言われれば、それは嘘になる。


 吸血鬼とはいえ、サキはサキだ。

 見た目は、普通の人間と変わらない。発情時は牙が生えるくらいで、他に変化は……


『なぁサキ。吸血鬼って、人間との違いは血を吸う以外にないのか?』


『う~ん……よくわかんないけど……

 お母さんが言うには、いろじかけ……サイミン? っていうのが、うまくなるんだって』


『なんだそりゃ』


『わかんない』


 いつだったか、そんな会話をした記憶がある。

 吸血鬼は、見た目は人間とは変わらない。血を吸う以外は、普通の人間と同じなのだ。


 色仕掛け……今ではその意味もわかるが、確かにあんな色っぽい表情をされたら、うまくもなるだろうさ。


「よっ、おはよーおふたりさん!」


「お、おはよう」


 気まずい雰囲気の中、学校に近づいてきていたのか、後ろから声をかけられる。

 クラスメートで友達の、男子だ。


 ぼくとサキの関係は、クラス中が周知の仲だ。

 もちろん、吸血鬼云々の話ではない。ぼくの両親がいなくて、サキの実家にお世話になっていること。


 まあ、サキはクラスだけじゃなく学校内のアイドルだから、事情を知らない男子生徒からは、サキと距離の近いぼくを敵視している人もいるけど。


「今日も相変わらず仲良しじゃん!」


「ま、まあ……普通だよ、普通。なぁサキ」


「う、うん。普通普通」


 うまくごまかせているだろうか、あまりサキの顔を直視できない。

 さっきまで、吸血されてましたなんて言えるはずもない。


 今まで、登校中に吸血されることはあまりなかったからな。

 外ですることの背徳感、みたいなものが、あったのかもしれない。


 そんな、いつもと同じだけどいつもと違う朝。

 少しだけむず痒い気持ちを感じながら、ぼくたちは学校へと足を踏み入れた。

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