となりの吸血鬼がぼくの血ばかり吸ってくる

白い彗星

第1話 普通の日常



 普通の日常。それはなんだろう。

 ぼくにとっては、『普通』というものがよくわからない。


 安藤 京谷きょうや……それがぼくの名前だ。

 ごく普通の高校二年生……つい最近、進学したばかりだ。


 これといって頭もよくないし、運動神経がいいわけでもない。

 顔だって、かっこいいわけではない。平凡だ。

 まさに普通の、学生……で、あるはずだ。


 ……ただ、ぼくに両親がいないことを除いては。


「キョウちゃん、おはよう!」


「あぁ、おはようサキ」


 朝、目が覚めて、制服に着替え、今や自分の部屋であるそこから出る。

 リビングに降りると、そこには一人の少女の姿。


 夢宮ゆめみや サキ……ぼくの幼馴染であり、今一緒に暮らしている人物だ。

 ぼくのことを、『キョウちゃん』と呼ぶ。

 この歳にもなると、若干恥ずかしいものだが。


 黒髪ロングの、美少女……学校のアイドル的存在である彼女が、ひとつ屋根の下にいるなんて。

 この暮らしを初めて三年程経つが、未だに夢じゃないかと思うことがある。


「おはよう、京谷くん。

 よく眠れた?」


「おはようございます。はい、おかげさまで……」


「もう、堅苦しいわね。

 もっと柔らかくていいのよ?」


「あはは……」


 キッチンに立っているのは、サキのお母さんだ。

 もう四十代であるはずだが、まるでサキの姉だと言われても、信じてしまうだろう。


 手洗いを済ませ、並べられた朝食にありつく。

 隣に、サキが座る。


 今やこの光景も、すっかりおなじみだ。

 これこそが、ぼくの日常とも言える。


「いただきます」


「いただきます!」


 俺とサキは、手を合わせて朝食をとる。

 白飯に味噌汁、それに卵焼き……うん、どれもいいにおいだ。


 まずは卵焼きを、一口。

 ちょっとピリッとした塩気は、ぼくにとって好みの味付けだ。


「その卵焼き、私が作ったんだ。

 ど、どうかな?」


 こてん、とかわいらしく首を傾げるサキ。

 その仕草だけで、ほとんどの男は落ちてしまうだろう。


 吸い込まれそうなほどにきれいな、桃色の瞳……

 それに見惚れてしまわないよう、俺は咳ばらいを一つ。


「サキが? へぇ……すっげーうまいよ」


「えへへ、よかった」


 ただ味を褒めただけで、彼女は満面の笑みを浮かべてくれる。

 こうも甲斐甲斐しい幼馴染の存在、ありがたい以外の言葉が見つからない。


 ……ぼくがこの夢宮家にお世話になっている理由。それは、ぼくに両親がいないからだ。

 ぼくの両親は、ぼくが中学二年の時に事故で、亡くなってしまった。


 他に身寄りもないぼくを引き取ってくれたのが、サキやおばさん、おじさんだった。

 それまでにも、家が隣同士であったためそれなりの付き合いはあったが……

 両親の亡くしたぼくを、三人は本当の家族のように、扱ってくれた。


「二人共、あんまりのんびりしてると、遅刻するわよ」


「わ、本当だ!」


 おばさんの指摘に、サキは急いでご飯をかきこむ。

 ぼくも、食べるペースを上げていく。


 朝食の時間が終われば、学校に登校だ。

 ぼくとサキは同じ高校に通っているため、いつも同じ時間に登校する。


「じゃ、いってきまーす」


「いってきます」


「はい、気を付けてね」


 サキと共に、家を出る……

 今やこれが、ぼくの日常。親こそいないが、そんなに不便があるわけでも、ない。


 ただ、隣同士とはいえ他人の俺を住ませてくれて、生活させてくれて、学校にまで行かせてくれて。

 夢宮家の皆さんには、頭が上がらない。

 だから、本当の子供のように接してもいいと言われても……躊躇して、しまうのだろうか。


「あ……キョウちゃん」


「ん?」


 登校中、急にサキが足を止める。

 俺もつられて足を止め、振り向く。


 そこにいたサキの顔は……赤く、染まっていた。

 夕方で、夕日に照らされているわけでもない。

 恥ずかし気にうつむき、上目でぼくを見つめながら、もじもじしてスカートを押さえている。


 その仕草……いや、現象にぼくは、心当たりがある。

 心当たり……どころでは、ないかな。


「えっと……今?」


「う、うん」


 ぎゅっと目をつぶり、うなずくサキ。

 思わず抱きしめたくなってしまうほどに、魅力的だ。

 とても同い年とは、思えない。


 ぼくは、周囲を確認して……サキを、路地裏に引っ張っていく。

 ひとけは、ないな。


 ぼくは軽くため息を漏らしてから、カッターシャツの第一ボタン、第二ボタンを開ける。

 それから、襟元を引っ張り……首筋を、露にした。


「ほら……手早く、な」


「うん、ごめんね……」


 サキは熱に浮かされたように、ぼくを……いや、ぼくの首筋を、見つめていた。

 そして、ゆっくりと近づいて……ぼくの体を、抱きしめた。


 細いのに出るところは出ている、やわらかな身体が押し付けられる。

 まるで、恋人にするかのようなハグ……しかし、これはそんな甘いものでは、ない。


「いただき、ます」


 次の瞬間、サキは口を大きく開き……ぼくの首筋に、噛みついた。

 チクっとした痛みが、走る。

 サキの牙が、体内に入ってくる感覚……


 その直後、体内からなにかが吸われていく感覚。


「んっ……」


 それが、なにであるか……もうぼくは、十二分に理解している。

 だって、サキの正体を考えれば、別に不思議はないのだから。


 サキ……夢宮 サキは、人間ではない。

 彼女は、吸血鬼だ。


「かぷぅ……ぷはっ」


 数秒か、それとも数分か。

 時間の感覚も忘れ、ただサキが満足するまで、俺は身を委ねる。


 そして、牙を抜き、顔を離したサキは……いたずらっぽく笑い、口元をぺろりと舐めた。


「ごちそうさま♪」


 サキによる、吸血行為が始まったのは……ぼくが、サキが吸血鬼であると、知ってからだ。

 あれは……そう、中学一年の、時だった。

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