第4話 弘前の桜の下で
四月の終わり。
大学入学の少し前に付き合い始めたので、もうすぐ一か月だ。
ゴールデンウィークが始まる。
連休のうち二日間はバドミントンサークルがあるがそれ以外は暇だ。
だけど学生会に所属する真澄は忙しいかと思い、遊びに誘うかどうか迷っていた。
「隆太くん。ゴールデンウィークは遊びに行かないの?」
「学生会はいいんですか?」
真澄から誘ってくるのが意外なだけで、本当は嬉しい。
隆太ばかりが好きなのではないかという不安が無くなる。
だけどつい、いいんですかと聞いてしまうのだ。
真澄が顔をしかめる。またやってしまったと隆太は俯いた。
「平気だよ」
どこかいじけたような声色。真澄は高校生の頃とは違うと隆太も理解した。
だから真澄のイメージではなく今の真澄を見なければ。
四月が終わり桜はほぼ散った。高校時代の真澄が頭に浮かばなくなったのでほっとしていた。
「私、ここに行きたいの」
真澄が選んだのは弘前の桜。
桜を見ればあの時の真澄が蘇ってしまうと隆太は危惧したが、違うと気がついた。
今の真澄と一緒に桜を見れば桜と結びついた真澄を上書きできるかもしれない。
「いいですね。行きましょう」
真澄が心底嬉しそうにした。
電車でゆっくりと北へ向かう。
ボックス席で向かい合う真澄は白の半袖にベージュのカーディガン、マーメイドの形のカーキのロングスカート。
私服に関しては以前の真澄と同じか違うか分からない。
高校時代の真澄を知っていると思っていたが初めから知らない事だらけなのだ。
電車の退屈を苦にせず、楽しそうな様子で変わらない景色を見る姿は高校時代の真澄と重なって見えた。
青森の空気は東京よりだいぶひんやりしている。
季節を半歩跨いで戻ったように感じた。東京では過ぎ去った物がここにはまだ留まっているのだ。
「行こうか」
真澄は高校時代と同じ顔もする。
青森にはまだ春が留まっている。
いずれここからも春は出て行く。
抜けるような青空と重みのある城、そして桜が鮮やかで、今まで何度も見た写真や映像の記憶を圧倒した。
遅い春の空気と屋台から香る匂い、舞う花びらが視界にちらちら映る様子、それらも記憶を彩る。
だからこそ、自分もここで写真を撮ろうと携帯を出した。
画像ではなく、この場所に二人で実際に来たのだと記憶を残すために写真を撮る。
二人と桜と城を一つの画面にどう収めるか格闘する。案外真澄も得意ではないらしい。
「撮ってあげようか?」
優しそうな地元のおじさんにツーショットを撮って貰った。
綺麗に写った二人を見るとまるで大学生のお似合いカップル。
外見だけだと歳が同じか違うか分かりにくいと知り少し驚いた。
水気を含んだ春風が花びらを運び、お堀を桜色で埋め尽くす。そこを舟が通る。
「乗ろうよ!」
真澄に頷き二人は乗り場に向かった。
船頭の話を聞きながら小さな舟が水面を掻き分けて滑る気持ちよさに夢中になっていると、舟が揺れた拍子に真澄が腕にしがみついてきた。
「ごめん」
恥ずかしそうに真澄がはにかむ。長い黒髪をいじって照れ隠しをする姿が愛らしい。
見上げる以外の目で真澄を見たのは初めてだった。
花びらと同じくらい真澄の髪も風に泳ぐ。川の上を包み込むような桜をうっとりと見上げる真澄に見惚れた。桜に夢中なふりをして真澄を何度も盗み見た。
屋台で買った焼きそばに何枚も花びらが降ってきて笑いながら食べた。
「わたあめなんて懐かしいよね」
真澄が子供っぽい物を食べるのが本当に意外で、わたあめを食べる事に関しては可愛いと思えなかった。
「何? どうしたの?」
わたあめを得意げに持つ真澄に何も言わずにポテトを二人分買った隆太に、真澄は不機嫌な顔をした。
帰りの電車の真澄の大人しさは疲れだけではないようだった。
「帰りたくないな」
恋人にこう言われたらどきっとするのが普通だろうか。
だけどこの『帰りたくないな』はそういう意味ではないように思えた。
「楽しかったですね。帰るのもったいないです」
隆太は当たり障りの無い言葉を選んだ。それを読み取ったのか、真澄は何も返さなかった。
好きだけど何も知らない。
だから何を言っていいのか分からない。
そもそも好きかどうかも、と思いそうになり隆太は怖くなった。
うとうとしていたせいで変な事を考えたらしい。
真澄は既に眠っている。バッグをしっかりと抱え込みシートに背を深く預けている。
この人は俺の彼女。
何か違和感に気がついた。
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