「第6章 こんな所で何座り込んでるの」(4-2)
(4-2)
「あ、本当に一位だ」
「でしょう? やっぱりね」
当たった事を嬉しそうに反応する由香。女性アナウンサーが乙女座の今日の運勢を説明始める。
『今日は、何事も上手く事が運ぶ一日です。この機会に面倒毎は全部、綺麗にしちゃいましょう』
朝から綺麗な声でそう話す女性アナウンサー。上手く物事が運ぶ日というのは、大樹にとっては願ったり叶ったりだった。そう彼が思っていると、由香が「だって、良かったねー」と感想を言った。
「まあ、こんなものは所詮、占いだから。今日を頑張る理由のふりかけ程度に思っておけばいいんじゃないか」
「はいはい」
大樹の言葉を適当に流した由香は、朝食を食べ終えて自身の皿を流し台へ持って行く。
「じゃあ、私そろそろ学校行く準備しないと」
「はいはい」
由香が家を出る時間は、大樹よりほんの少しだけ早い。
大樹も美咲が入院している時は皿洗いぐらい手伝っていたのだが、今は似たような時間に出ているので、それも出来ない。彼女と同じように流し台に持って行くだけだ。
占いコーナーが終わり番組も終了すると、リビングから出た由香から声が聞こえてくる。
「行ってきまーす!」
「はーい!」
大樹も由香に届くような声を出して、リビングから出た。玄関先ではローファを履いている彼女がいた。真剣な表情で玄関の姿見で前髪を直している。
「どうせ歩いたら、風でグチャグチャになるんじゃないの?」
素朴な疑問を由香に尋ねると、彼女は目を細くしてこちらを睨む。
「別に良いじゃん。出る前ぐらいチェックしときたいの」
「へぇー、そんなものか」
「そんなもんなの、じゃあ行ってきます。お父さんが出る時は戸締りと電気よろしく」
「ああ、分かってる。行ってらっしゃい」
ガチャン。
ドアを施錠する音がして、由香が出て行った。これで家の中は自分一人。灰色の本に書かれていたのは、バスの時間に乗り遅れて歩いて行く。つまり、自分は間に合ってはいけない。
大樹は、残ったコーヒーをいつもより時間をかけて飲んだ。それから自分の皿を流し台に持って行く。どうせ時間があるのだからと彼は、そのまま皿洗いも行った。
いつもはしない行動。だけど、自分が死んで帰ってきた時まで皿洗いまでするのは、単純に由香が可哀想だと思ったのだ。それに彼女が帰ってきた時には、もう死んでいる。もう怒られようがない。
皿を洗ってから電気を消して窓を施錠をする。廊下から見えるリビングの景色を数秒眺めてから、リビングのドアを閉めた。それから洗面所で身なりを整えて、自室に入り、置いていたビジネスリュックを手に取った。
玄関前でいつもと同じように革靴を履いて、玄関のドアを開ける。
「行ってきます」
誰にも聞こえない声を出してから、大樹は家を出た。窓から見えていた太陽の暑さと、どこまでも透き通る青空の下、バス停までの道のりを歩く。こまめに腕時計で時間を確認。計算通りバスの時間には間に合わなかった。
計画通りに進んでいく事に満足しつつ、大樹は灰色の本に書かれていたように、住宅街へ向かった。
普段通らない住宅街。歩いているだけで違う街に来たような非日常が生まれる。大樹は家から駅までの最短距離しか知らない。由香のように子供の時からこの街に住んでいたなら、自転車で走り回っただろう。
駅までの方角を頼りに住宅街を歩いていると、目の前に登校班の小学生集団がいた。全て灰色の本に書かれていた通りである。
彼らを追い抜かさないように距離を保って歩く。登校班は八人グループで縦二列となり歩いていた。そう言えば、由香も小学生の時は登校班だった。まだ小さな体で大きな赤いランドセルを背負っていた彼女を思い出す。
距離を保っていると、予定通り目の前に短い横断歩道が出てきた。大樹は一目で、これが例の横断歩道だと認識する。丁度、最後尾の二人が遅れていた。
少し勝ち気そうな子と優しそうな子の二人組。
心臓が早鐘を打った。
チャンスは一回のみ。
「あ、やべっ!」
前方を歩いていた小学生二人組の内、一人が離れている事に気付く。勝ち気な彼は、赤に変わって間もない横断歩道を走り渡った。つられて弱気な子も走り出す。
灰色の本では、勝ち気な子は運良く渡れたが、弱気な子は渡り切る事が出来ない。それを最初から知っている大樹は、走る彼を捕まえようと一緒になって後ろから走ろうとする。
――すると。
横断歩道の横の死角から、一人の女子高生が飛び出してきた。
彼を体で受け止める。
「痛ったぁ。コラっ! 赤信号なのに走ったら危ないでしょっ!」
「……ご、ごめんなさい」
「大人しく信号を待ちなさい。信号待ったぐらいで遅刻なんてしないから」
「うん」
彼女に言われて彼は、大人しく信号を待つ。また先に渡った彼も怒られているのが見えて、気まずそうな顔をしていた。
二人が信号を待っている間に軽トラックが走り去っていく。
目の前で行われている光景が大樹は理解が出来なかった。
勝手に腰の力が抜けて、その場にペタンと座り込む。その様子を見て、女子高生はスタスタとこちらにやって来た。そしてしゃがみ込んで彼と同じ目線になる。
「こんな所で何座り込んでるの。お父さん」
「……由香」
先に学校に出発したはずの大樹の娘。
島津由香がそこにいた。
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