「第6章 こんな所で何座り込んでるの」

「第6章 こんな所で何座り込んでるの」(1)

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 美咲が亡くなってから大樹は、由香と二人で暮らしていた。彼女が入院を始めてから、二人暮らしをしていたので、生活基盤やルールも既に存在する。なので、特別感は感じなかった。


 由香は今まで以上に家事全般をするようになった。高校受験も無事に終わると料理、洗濯、掃除とテキパキと家の中の物事を進めていく。ある程度は大樹と分担して行うが、最近では「お父さんがやると、結局やり直しになる。だから最初から私がした方が早い」と言われてしまい、どんどん分担を取り上げてられて、最近では簡単な事しか手伝えなくなった。

 そして料理の味付けに関しては、美咲と殆ど同じになった。


 本人にその事を尋ねると、美咲が入院していた頃にレシピを沢山教えてもらったらしい。確かによくLINEでビデオ通話をしていたし、お見舞いにも毎日行っていたから、基本的な事は仕込まれてそうだ。


 仕事は十時出勤していたのを止めて、以前のように出勤するスタイルに戻した。

 美咲が亡くなった当初は、服部係長もしばらくは今のままで構わないと言ってくれていたが、会社に迷惑をかけ続けたくない。その思いから美咲が亡くなって、三日後には元の出勤スタイルに戻していた。いきなり戻したので和田も高木も驚いていたが、それも最初だけ。今では、すっかりいつも通りになった。

 それが大樹にとっては有り難かった。


 大樹は、金曜日の夜になると、今も変わらず灰色の本を開いて、一週間分の未来を確認している。この本のおかげで仕事面において苦労は無い。ミスらしいミスもなく、淡々と仕事をこなしてた。

 それが逆に彼は、もう大丈夫だと会社から思ってもらえたらしく、一ヶ月もすれば何も言われなくなった。


 そう、全ては順調に回っていた。

 ただ、この世界のどこにも美咲がいないだけで。

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