第10話
広間の左右に据えられた長テーブル、その上に配された様々な料理を片腕で器用に保持した五枚の皿へ盛り、それはもう幸せそうに貪る灰髪と琥珀色の瞳を持つ傷顔の少年騎士だった。
いや……
夕食時に開かれる祝勝会という事で晩餐会――は人数が多過ぎるので立食形式にするよう
(このような社交場で……)
(マナーを知らんのか……)
(田舎生まれのお登りが……)
(はしたない……)
(所詮は下賤の輩……)
(腕だけの野蛮人が……)
(騎士の矜持など持ち合わせておらんと見える……)
(あのような不快な者さっさと……)
ヒソヒソと漂わせる周囲の不快感など見向きもしないハンスだったが、料理と共に並べられた色とりどりの酒類には手を伸ばさず、宴の席であるにも関わらず腰に愛剣を吊るしたままな辺り、彼が会場に集まっている人々をどう思っているのかが透けて見えるようだった。
そもそも、いつものハンスならばこのようなお堅い場への出席は自主的に辞退している筈なので、この会場に留まっている事自体珍しいのだが。
「随分と楽しんでおられるようですね、ヴィントシュトース卿」
「ムグ……?」
皮肉気な声の主は、絶品通りで久方振りのまともな料理達に舌鼓を打っていたハンスをこの王宮敷地内に閉じ込め、力仕事が大きな割合を占める準備とやらを強要した
「御挨拶だな、グムグム……アンタの方こそ、王女殿下の近衛騎士が……ハグ……ッンク……御傍を離れちまっていいのか?」
「今は騎士団長が直々に護衛に就いておりますから、問題ありません。そもそも、このような外交の場での護衛任務は、私のような
何処となく自嘲するような声音と伏せられた瞳を一瞥したハンスは、興味無さ気に視線を外してから肩と肘にまで乗せた皿を綺麗に平らげていく。
「確かに、ムグ……頭の固いジジィ共からしてみれば、ホグ……線の細い美人よりも……ムグムグ、『王国最高の騎士』なんて呼ばれてるダンチョーさんの方が、ハグ……『武力の象徴』ってヤツになるし……モグモグ……他国への牽制にもなるしなぁ」
淡々とした肯定は事実に基づいた覆しようの無いものであり、だからこそファルカにとっては辛辣な言葉になっていた……筈だった。
「わ、態々言葉にされずとも分かっていますっ。貴方の方こそ、その社交界にあるまじき態度を改めるべきではありませんかっ?」
語気荒く、吊り上がった眉と朱に染まった頬を見たハンスには、その表情は図星を突かれて興奮しているようにしか見えなかった。
怒り顔の男装騎士とは対照的に、数々の料理で輝いていた筈の表情を冷めさせて白けた気分を見せつけるハンスは、キリ良く空になった皿を見て漸く手を止めた。
「別に良いだろ? 元々平民出身の俺が背伸びした所で、行儀の良さを評価されるとは思えねぇし。そもそも、成り上がりの元根無し草がまともな評価を受けてぇってんなら、戦場での武功みてぇに分かり易くて覆しようがねぇモノの方が良いだろぉしなぁ。それに何より、早く食わねぇと折角の料理が冷めちまうだろぉがよ」
公の場であるにも関わらず普段通りの語調を崩さないハンスに、周囲に屯する人々はあからさまに眉を顰めるが、それを気にするほど彼の胆が細い筈が無い。
寧ろ、四方八方から咎めるように向けられた視線へ晒すように、テーブルの料理を左腕で保持した五枚の空皿へと盛り始めていき、最終的に全ての皿を幾つもの料理で小器用に美しく盛り終えると、見ている側が思わず食欲をそそられそうになるほど美味そうに顔を綻ばせながら食べていった。
手に三つ、肘と上腕に一つずつと言うわけの分からない皿の持ち方に反し、ハンスは食器を鳴らすような不作法を犯す事も無く、最初から片手で食べられるよう一口サイズで作り上げられた料理達を次々と口に運んでいる。
それを見ていた周囲の人々も彼の振る舞いに陰口をほざいていたが、料理を口に運ぶ度に蕩けそうになっている表情を見て空腹を思い出したらしく、ポツリポツリと徐にその手を料理へと伸ばし始めた。
「ホレ、アンタも欲しいってんならよそってやるぜ? こぉゆぅのはアンタ好みなんじゃねぇのか?」
なんとも言えない表情で見詰めてくるファルカの視線が気になったのか、ハンスは小指と薬指で六枚目の皿を挟むと、その上に薔薇の花弁のように薄切りにされた赤身とそれに包まれた鮮やかな緑が美しいコントラストを作り出す『タリアータの野菜巻』や小さな木串で刺して食べ易くされた上に海老と茸の独特な触感が楽しめる『海老と茸のニョッキ』、小さく切ったライ麦パンを蜂蜜と牛乳を混ぜた卵液にたっぷり浸して焼き上げた『シュヴァルツブロートプディング』などを宝石のように飾り乗せた。
――キュゥ……
「――っ……!」
目の前で創り出された芸術品のような一皿を見たファルカから――正確には彼女の腹部から、会場の喧噪に紛れるほど小さな奇音が奏でられ、彼女は何とか平静を取り繕おうとしつつも顔に上る朱色を止められずにいた。
幾ら正面に居るとは言えこの状況では悟られないだろうと、一瞬伏せ掛けた視線を再びハンスの方へと向け直したファルカの視界に映ったのは、何かを堪えているかのように小刻みに震える悪戯小僧だった。
「――ッッッ!! な、何ですか!? 言いたい事があるのなら言えばいいでしょう!?」
「ップ、ク……い、いや、別に言いてぇ事なんかねぇよ? 誰かさんの仔犬が啼いてるみてぇな腹の音なんて聞こえてねぇし、『おっかない顔の割に素直な腹してんなぁ』なんて思ったりもしてねぇよ?」
「~~~~~ッッッッッ――!!!!!!」
耳まで真っ赤にしたファルカはもはや何も言えなくなってしまったらしく、俯いたまま固まってしまうが、そこでハンスが何かしらの行動に移ろうとした所、それを諌めるように彼女の背後から唐突な声が湧き立った。
「ヴィントシュトース卿、悪巫山戯もその辺りにして頂こうか」
現れたのは二人と同じ青緋の騎士制服を纏い、清潔感の漂う髪型と目元の柔和さ以外、目髪の色も含めてファルカそっくりの整った顔立ちをした青年だった。
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