第2章 聖女と魔女

第1話 迷宮探索?

 ハーヴィス家にお呼ばれされてから一週間が経過した。

 現在の俺はとても複雑な心境だ。


 ……どうしてこうなったのか。



 俺は襲ってきた熊のような魔物をあっさり切り捨てた。

 こいつは迷宮第2層に現れる、割と普通の魔物だ。


 そして沸き起こる歓声。



 「「「うおおおおおおお!!」」」



 振り返るとハーヴィス騎士団の騎士団長を務めるヨザクラを筆頭に、騎士団の面々が騒ぎ出していた。全員が前回の防衛戦で戦っていた者たちだ。


 いい歳をしたおっさんたちなんだが、さっきからずっとこの調子だ。

 俺たちが何かをする度に、あの軍団は盛り上がる。


 黒い鱗をもつ竜人種のセシルが飛び上がり、大型の鳥の魔物を蹴飛ばす。

 派手な音を立てて地面に落ちた鳥の魔物は、力なく動いたかと思うと、突然糸が切れたように動かなくなった。


 そしてうるさくなる騎士団。



「「「すげええぇぇぇ!」」」



 反応があるのは楽しいが、あそこまで大袈裟だとなんだかやりにくい。


 アシュレーなんかはノリノリで、褒められるたびに手を振ったりしているが、あれは天性のものだな。獣人種はノリが良いんだ。


 今も仕留めた魔物を背に、アシュレーが笑顔を振り撒いていた。

 可愛らしい幼女の笑みは、輝く金の髪と相まって周囲を明るくする。

 


「「「ほわああああああ」」」

「うっ、ここが……天国……か」



 だれか一人倒れたな。……まぁいいか。



 こうなったキッカケは今朝に遡る。


 俺たちの拠点にヨザクラが訪ねてきて、迷宮への同行をお願いしてきた。

 どうやらパーティ〈エルドラド〉の迷宮探索というのを見てみたいらしい。

 これに俺は快く返事をしたわけだが。


 当初は一緒に迷宮探索でもするのかと思っていた。

 だが蓋を開けてみれば、俺たちが戦う姿を眺めて延々盛り上がる騎士団がそこにいた。


 これはこれで新鮮で面白いから別に構わないんだが。構わないんだがなぁ。

 これが騎士団のやり方なんだろうか?

 ……全くの謎だ。



 そんな騎士団を引き連れて、第2層の乾いた大地を進む。

 自然豊かな第1層と比べるとこっちは緑が少ない。

 とはいえ外の世界でも地域が変われば、植生の違う場所もある。なのでこの程度は瑣末な変化だろう。



 第2層を順調に進み、中盤を越えたところだろうか。

 出現する魔物にも少しずつ変化が見えてきた。



 乾燥した場所が多いからか、奥に進むにつれて硬い魔物が増えてくる。

 岩のような肌をもつトカゲやヘビ。


 その他にも動物を模した魔物がいるが、どいつもこいつも皮と骨と筋肉しかない。省エネな体。そして硬い。


 このあたりの魔物は獲物に飢えているのか、こちらを見つけると、まず間違いなく襲ってくる。


 今この瞬間も、もの凄い速さで魔物が駆けてきている。こいつは動物型だな。

 限界まで引き絞られた体躯は、その全てが獲物を狩るための武器のようだ。


 魔物の姿を見た騎士団員たちは息を呑む。


 このエリアに慣れてないものには驚異だろうが……。



 すぐそばで茶色の髪がふわりと揺れる。

 それとともに声が聞こえてきた。



「近づかせないわ」



 続く一瞬の爆発音。そして木っ端微塵に吹き飛ぶ魔物。


 これはニーナの魔法だ。

 隣を見ると、なんでもないような態度で遠くを見つめるニーナがいた。


 見た目は可愛らしいが、騙されちゃいけない。

 今、平然と魔物を吹き飛ばしたんだぜ。しかも容赦なく。

 まぁ頼もしくはあるんだが。


 涼しい顔をしたニーナが、ポニーテールを揺らしながらこちらを向いた。



「もうちょっと進んだ先に休める場所があるわよね? そこでお昼にしよっか」


「あぁ、確かにもうそんな時間か。いつもと勝手が違うから気がつかなかったな」



 騎士団の面々の反応を見ていてついつい時間を忘れていた。


 吹き飛んだ魔物の残骸を見て若干震えている騎士がいるが大丈夫か?

 まぁお昼を食べれば元気になるか。


 魔物を殲滅しながら見晴らしのいい丘に向かう。

 ニーナの言うように、軽く休むにはちょうどいい場所だ。



 休憩を終えて、いざ出発というところでヨザクラに声をかけられた。



「リュウイチ殿、そろそろ帰還するのだろうか?」



 こんな浅い場所にしか来ていないのにもう帰る?

 それはない。いったい何を言っているんだ。



「いや、もっと奥へ行くぞ。前半はゆっくり気味だったからな。もう少し速度を上げて行こうか」


「そ、速度を上げてさらに奥!? ……り、了解した」



 そういうと、ヨザクラはいそいそと騎士団の集まりに戻って行った。



 第2層の奥地を進む。乾いた大地に砂漠のような砂の地帯が混ざってきた。

 この辺りにはアレが出るんだよな。ちょっと厄介だが、どうするか。


 俺が思案していると、遠くから肉食獣の魔物の群れが向かってきた。

 全員が魔物の群れに反応して身構える。


 一直線に走ってきた魔物は、砂地に足を踏み入れた。


 その瞬間。


 魔物の真下。砂の中から10メートルはあろうかという巨大なワニが大口を開けて飛び出てきた。


 そのまま飲み込まれていく肉食獣の魔物たち。

 パクンと口を閉じると巨大なワニはそのまま砂の中に埋もれていった。

 

 そう、この辺りは砂の中からの不意打ちがあるんだよな。


 騎士団の様子を見ると、ワニのいた場所を見ながらかるく震えている。

 いきなり出てくるからちょっと驚かせてしまったか。


 

「ジーク、クラリス。悪いんだが、不意打ちが来たら即対応してくれないか?」



 俺たちの中でも、とくに速度が優れている二人に声をかける。


 ジークは近接型の騎士タイプだが、前衛としていつも素早く動いてくれている。

 クラリスは俺たちの中で最も早い遠距離攻撃ができる射手だ。即座に魔物を射抜くのはお手のものだろう。



 「わかりました。少々砂を巻き上げることになると思いますが、ご了承ください」



 ジークは優雅な一礼をしつつ答える。金髪の美男子が畏まった礼をすると、こんな場所でも絵になるのはずるい。



「あのワニですね? 間違えて人も一緒に撃ち抜いても大丈夫でしょうか?」



 銀髪の長い髪をなびかせて、朗らかに怖いことを言うクラリス。

 彼女はエルフのため、少しだけ普通の人間と価値観がずれているんだ。


 射線の都合上やむを得ない場合はいいですよねと、笑顔で言っているんだが、これは怖い。美人が笑いながら言うから余計に。


 

「いやいや、だめだ。人は撃たないように対処してほしい」


「あらあら、できるだけ気をつけてみますね」


「……うん、それで頼む」



 クラリスの腕を信じている。大丈夫、信じている。でも、当たった時は仕方がない。

 そのときはマヤにポーションを分けてもらおう。




 砂地エリアを極力不意打ちを受けないように移動する。

 しかし完全に奇襲を防ぐのは無理だった。



「うわあああああああ」

「襲ってきたあああ!」



 砂の中から襲ってきたワニによって、騎士団員が打ち上げられる。

 だが、次の瞬間にはワニの目が射抜かれ、上顎と下顎が、それぞれ別の槍で地面に縫い付けられた。


 一瞬の攻撃によって無力化されたワニは、そのまま騎士団員を食べることなく絶命。


 砂の上に落ちた騎士団員はすぐそばにあるワニの死骸を見て悲鳴をあげた。



「どひゃあああああ」



 うん。元気だし、これなら大丈夫だな。まだまだ奥へ行けそうだ。ジークもクラリスも見事に対応してくれている。


 若干口数の減った騎士団員をつれて、俺たちはさらに奥へと向かった。




 巨大な壁に開いた穴。この穴を抜けると次の階層に辿り着く。

 俺たちは意気揚々と進み、ついに第3層に突入した。


 ここは水が豊富な階層だ。

 序盤はまだ地面が多いが、奥に進むに連れて陸地が減り、水の範囲が増える。

 そして追加されるのは水棲の魔物だ。


 第2層の砂地にいたワニもいる。こいつは水陸両用なのだろうか。

 ただやってくることは同じだ。水の中からいきなりガブリってな。ほらまた出た。



「ぎゃあああぁぁ!」



 水面から現れたワニを見て騎士団員が騒ぐ。


 そのまま騎士団員を飲み込もうとしたワニだったが、空から巨大な鷹のような魔物が降りてきてワニを掴んだ。そしてそのまま握り潰す。


 ワニを捕らえた鷹が再び飛び立とうとしたところで、今度は水の中から巨大な海蛇が出てき鷹を丸呑みにした。ワニもろとも。


 この辺りまで来ると、当たり前のように魔物が魔物を襲う。まさに弱肉強食の世界が広がっている。



「助かったのか!? 今のは一体なんだったんだ!?」



 ワニの出現時から尻餅をついていた騎士団員は、目に涙を浮かべながら一部始終を見守っていた。


 いやぁ、彼らのリアクションはなかなかのモノがある。みんな元気がいいというか、反応が面白いんだ。


 こんな第3層なんて、早々に通り抜けてしまう場所だったが、ついつい彼らの反応を見たくてゆっくり進んでしまった。


 おっと、さっきの海蛇が今度は俺たちを狙ってきたな。

 向かってきたのなら容赦はしない。サッと剣を振って切り裂いておこう。




 しばらくは第3層を進む。



「………………」



 いい反応をしてくれる騎士団員たちだったが、ここに来て静かになってきた。疲れたのだろうか。


 ジークがやってきて俺に耳打ちをする。



「リュウイチ様、そろそろいい時間になっています。今日のところはこれくらいにしてはどうでしょう?」



 おっと楽しくて時間を忘れてた。危うくニーナがブチギレるところだったな。



「もうそんな時間か。わかった今日のところはこれくらいにしておこう」



 俺がそう言うと、騎士団員たちはなんだかほっとしたような顔をしていた。

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