第28話 伝説の帰還
映し出されたのは、老いた男の姿だ。
どこかの部屋の椅子に腰掛けてこちらを見ている。
いや、俺にはわかる。かなり見た目が変わっているがこれはリオンだ。
さらに多くの歳を刻んだ弟の姿を見て、俺の目に涙がたまる。
『お久しぶりです、リュウイチ兄様。だいぶ見違えたかもしれませんが、リオンです。リオン・ハーヴィスです』
リオンが名乗りを上げたことで、リカルドたち3人は息を呑んだ。
『前回の映像を撮影してから、およそ30年が経過しました。こちらは相変わらず、平和な時を過ごしております。これも全て、リュウイチ兄様のおかげなのでしょう』
映像の中のリオンは70歳後半に差し掛かっているのか。声量も落ち、姿勢も悪くなっているようだが、それでも笑顔で映し出されている。
『家督も息子に譲り、今は穏やかな日々に包まれております。今回、映像を記録したのは、自分が元気なうちに、リュウイチ兄様に伝えておきたいことがあるからです』
元気なうちに、という言葉で胸が苦しくなる。
そんなこと言うなよリオン、と口に出したくなるが、映し出されている姿を見ると、その表現もあながち間違っていないのかもと思えてしまう。
『この歳になりますと、思い出というものに一層の価値が出てきます。街が豊かになり発展していく姿は嬉しいのですが、同時に思い入れのあるものが失われていくのは悲しいものです』
しみじみと語るリオンの言葉には、俺の知らない60年分の重みがあるのだろう。
『自分ですらこの様に感じるのですから、リュウイチ兄様が辿り着く千年後は郷愁の念が絶えないことでしょう』
リオンの言う通り、知っている土地のはずなのに、何もかもが違うというのは結構ショックだった。
それが理由で、千年後の世界を全く別の世界の様に感じたんだ。
『だから自分は、千年後のリュウイチ兄様に寂しい思いをさせない方法を取ることにしました』
リオンが立ち上がると、窓の方へと向かった。
映像もリオンを追う様に移動する。
『見えますか? リュウイチ兄様が大好きだった迷宮門です』
高い位置から見下ろす様に、迷宮門とそれを囲む雑多な街並みが映し出される。
色々と変わっている部分もあるが、これは俺の知る迷宮門とその周辺だ。
その様子に懐かしさが込み上げてくる。
『残念ながら街の成長を考えると、この光景を千年間残すことは叶わないでしょう。なので、千年後も迷宮に夢中になっているであろうリュウイチ兄様が、少しでも過ごしやすくするために、この迷宮前を大改修しておきます』
ん? 待てよ。ハーヴィスの街の迷宮前がすごく便利だったのって……。
『何世代もかかる大事業なので、自分は見届けられませんが、子孫が必ずや完成させているでしょう。……本音を言えば、リュウイチ兄様と共に出来上がった姿を見たかったのですが』
……そうか、あれはリオンがやったことなのか。
リオンの目から一筋の涙が流れる。
それを見た俺は、届かないと分かっていても、映像のリオンに語りかけていた。
「……立派なのができてたぞ。リオンたちの用意してくれた広場は、めちゃくちゃ使いやすいんだ。活気も凄いんだからな」
俺もあの広場をリオンと共に見たかった。
『それと、もう一つ。自分たちの生家はもう無くなりましたが、その場所を公園にしておきました』
公園と言われて頭によぎったのは、ヨザクラに案内してもらった、一番古いという場所だ。
『公園の中央に〈エルドラド〉の皆さんに見立てた、8本のアダマンタイト製の柱を立てておきました』
噴水の周りにあった柱。たしかに、今思うとあの柱は8本あった。
『誰がどの柱かは決めていません。ご本人たちが見た時に場所で揉めるでしょうから』
そう言ってリオンは笑う。
正解だリオン、こういうのは全員こだわるからな、決めないのは正しいぞ。
『毎日、この柱に触れて、皆さんの事を考えております』
そう言うと、映像のリオンはこちらへ向き直り微笑む。
『ニーナさんは、リュウイチ兄様の無茶に振り回されてませんか? ジークは、リュウイチ兄様の補佐として活躍してますか?』
「今も昔も、振り回されっぱなしよ?」
「ご安心くださいリオン様。リュウイチ様を支えるのに、自分以上の存在はおりません」
『アシュレーちゃんは、元気いっぱいで過ごしてますか? クラリスさんは、リュウイチ兄様たちを優しく見守っていますか?』
「あったりまえだよー!」
「もちろんです。わたくしにとっては、なによりも大事なものですから」
『マヤさんは、少しは素直になれましたか? ドルディオさんは、満足のいく武器が出来ましたか? セシルさんは、修行は順調ですか?』
「まったく、余計なお世話だよ」
「まだできてねぇな。だがいつか必ず作る!」
「……順調だ」
『そしてリュウイチ兄様は千年後の世界でも、リュウイチ兄様らしく過ごされているでしょうか?』
「大丈夫だ。リオンのおかげで俺は、俺らしく生きている」
背中を押してくれたのはリオンだ。
『自分が残したものや、この映像がリュウイチ兄様に届いているといいのですが……』
「あぁ、届いている。千年の時を超えてリオンの想いは……伝わっているぞ」
……そうか。何もかもが変わってしまった世界だと思っていたが、本当はそうじゃなかったんだな。
たくさんのものをリオンが残してくれていたんだ。
「俺たちが居なくなった後も、ずっと想っていてくれていたんだな」
リオンの言葉を聞いて、涙が溢れてくる。
大事な弟を残して行ったんだ。辛いに決まってるんじゃないか。
その弟の健気な姿を見て、俺はどんな顔をすればいいんだ。
笑えばいいのか? 泣けばいいのか?
勝手な都合で千年後に旅立ったダメな兄なのに。
なのに、リオンのやつは……。
『もう記録時間がわずかになりました。おそらくこれがリュウイチ兄様に声を届ける最後の機会になります。なので言っておかないといけない事があります』
映像の中のリオンは、瞳に涙を浮かべながら笑う。
『リュウイチ兄様の弟で良かった。〈エルドラド〉の皆さんと出会えて良かった。泣き虫な弟を大切にしてくれて本当にありがとうございます』
だめだ、涙で映像が見えない。
「俺だって、リオンの兄で良かったよ。こんな凄いものまで残してくれるなんて、俺の方こそ……俺の方こそ、ありがとう」
本当によくできた弟だ。
俺にとってかけがえのない、自慢の弟だ。
『リュウイチ兄様、〈エルドラド〉の皆さん、千年の長旅お疲れ様でした。そして、おかえりなさい』
映像が終わりリオンの姿が消える。
「あぁ……ただいま、リオン」
リオンが繋いでくれた千年後の世界を、俺は大切にするからな。
────
騎士団の詰め所を通って帰っていく〈エルドラド〉を見送っていると、ヨザクラは声をかけられた。
「団長。避難者たちの迎えは全て完了しました」
報告に来たのはテオドールだ。スタンピードの時、最終防衛隊を務めるために別れて以来になる。
「ご苦労。すまないな、他の街への使いまで任せてしまって」
「いえ、お気になさらないでください。皆、街の復旧で忙しいのはわかっておりますから」
避難者も戻ってきたということは、あと数日もすれば元の街に戻るだろう。
「そういえば、誰か来られていたのですか?」
ここはヨザクラが見送りをする時に、いつも利用する場所だ。その事に気づいたテオドールが尋ねる。
「あぁ。この街にとって大事なやつらが来ていたんだ」
「そのような方の来客予定なんてあったんですか?」
思い当たる節のないテオドールが首を傾げる。
それを見たヨザクラは〈エルドラド〉が帰っていった方向を見て言う。
「なかっ……いや、ずっと以前から決まっていた予定だ。気にするな」
「は、はぁ」
ヨザクラの言うことがイマイチ理解できないのか、テオドールは腑に落ちない顔をするが、すぐに話題を変えた。
「それにしても、団長。本当に生きていらっしゃったんですね……。あの状況でよくぞご無事で」
「俺も、生きているのが不思議なくらいだ」
ひょっとしたら悪夢だったのではと、考えてしまうぐらいには、ヨザクラには現実離れした体験だった。
「恥ずかしながら、あの時残った皆さんに勝機があるとはとても思えませんでした。てっきり自分たちを逃すための時間稼ぎだとばかり思っておりました」
「俺たちもそのつもりだったんだ。あの数を相手に勝てるわけがない」
大量の獣の魔物を前に、死を覚悟した最終防衛隊。
大多数を生かすための、わずかな犠牲。
ヨザクラはその犠牲になるつもりだった。
「でも、こうして生還されていますよね?」
テオドールの疑問ももっともだが、ヨザクラには話せない事情がある。
「すまないな、テオドール。あの戦場での事は極秘事項なんだ」
「はっ! これは失礼しました!」
心配してくれた気持ちも、何があったのか知りたい気持ちも、ヨザクラにはよくわかった。
自分が同じ立場だったら、気になって仕方がなかっただろう。
「唯一、言えるとしたら……」
テオドールの気持ちがわかるヨザクラは、可愛い部下のために一言だけ言うことにした。
スタンピードのことや屋敷での出来事を頭の中で反芻する。
そして、遠くを見つめながら閃いた言葉を口にした。
「帰ってきたんだよ。……伝説がな」
〈第1章 伝説の帰還 完〉
──────
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。これにて第1章は完となります。
拙い作品ではございますが、少しでも娯楽の足しになったのなら幸いです。
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