第27話 受け継がれし想い

 スタンピードから2日が経ち、俺は宿の部屋でグダグダとしていた。


 宿のベットに寝転がり、何をするでもなくゴロゴロとする。たまにはのんびりとした時間もいいものだ。


 そんな感じで平和に過ごしていたが、急に部屋のドアが開いたかと思うと、ニーナとジークが入ってきた。


「リュウイチ、何してんのよ。早く用意して行くわよ」


「いや、わかってるんだがな。その、なんというかその……」


 俺はニーナを見上げながら、歯切れの悪い返事をする。


 いやぁ困った。これは俺の気持ちの問題なんだろうか。どうにも困ったな。


 そんな俺の様子を見たジークが心配そうに言う。


「リュウイチ様、調子が悪いのでしょうか? でしたら自分がハーヴィス家に断りを入れてきますが?」


 そう、今日は俺たち〈エルドラド〉はハーヴィス家にお呼ばれされてるんだ。

 だからなのか、俺の体は重い。


「あー、なるほどね。ジーク大丈夫よ。リュウイチは緊張してるだけだから」


「お、俺が緊張だって!?」


 俺の様子を見て、ニーナは笑う。


「リカルドがリオンの子孫だって知って、顔を合わせるのが小っ恥ずかしいんでしょ? そういえば、スタンピード戦の後も魔物の残骸処理だとか言って、早々に移動したもんね」


 そう言って、横目に俺を見てニヤつくニーナ。

 隣にいるジークは、なるほどと言って頷いている


「なっ! そんなこと、全然あるわけないだろ!」


 ただちょっと、どんな顔をすればいいか迷ってただけだっての!

 それに避難した人たちへの対応で忙しくなるだろうから、俺たちでもできる残骸処理を手伝っただけだ。うんうん。


「そうなんだ。じゃあ、早く用意してよね。みんなもう待ってるわよ」


 俺が頭の中で言い訳を組み立てていると、ニーナは手をひらひらと振って出ていった。


「あーもう! わかったよ!」




 仕方がなく用意を済ませた俺は、仲間たちと合流してハーヴィス家の門でもある騎士団の詰め所に到着した。


「止まれ! これ以上先は関係者以外立入禁止だ!」


 門のところで門番と思われる騎士に呼び止められた。

 ジークが前に進み出て対応をする。


「今日こちらに来るようにと連絡をいただいた。パーティ〈エルドラド〉です」


「パーティ〈エルドラド〉? ちょっとまってろ、今確認する」


 門番の1人が台帳のようなものを見る。


「んー、これか? 隊長が対応? あー、ちょっとそこで待っててくれ」


 それだけ告げると、門番の1人が詰め所へと入っていった。


 そしてすぐに、ドタドタと慌ただしい音を立てながら、門番と年配の騎士が出てきた。


「お待たせしました。〈エルドラド〉の方たちですね」


 年配の騎士は非常に丁寧な物腰で接してきた。


 よく見たらこの人、スタンピード戦で見かけたな。


「隊長、なんで冒険者相手にそんな丁寧に……」


「馬鹿野郎! この方たちはハーヴィス家の大事な客人だぞ!」


 年配の騎士が叱ると、門番の男は申し訳ありませんと答えて姿勢を改めた。


「大変失礼しました。あの者には後でよく言っておきますので」


 ジークはうんうん特に頷いているが、俺は正直、あまり気にしていないんだがな。


 なんだか割れ物でも扱うかのような慎重さを年配の騎士から感じる。


「では、リカルド様がお待ちです。どうぞこちらへ」


 年配の騎士に案内されて、騎士団の詰め所を抜けるとハーヴィス家の屋敷が見えてきた。


 なんだあれは。すごい整列してるんだが。


 屋敷の入り口へと続く道にずらっと並んだ使用人と思われる者たち。

 彼らは俺が近づくと、跪いて出迎えてくれた。


 そして、入り口近くには騎士たちが剣を掲げて列を成している。

 先導してくれた年配の騎士もこの列に加わった。


 あー、ここにいる騎士は、全員スタンピードで少数戦をしていた騎士たちか。

 全員マヤの魔道砲をぶっ放したメンバーだな。


 そして入り口には、リカルドが膝を折った姿勢で待っていた。


 なんかこの絵面おかしくないか?

 俺たちが上の立場みたいな出迎え方なんだが。


 それともこれが、この時代の作法なんだろうか。


 リカルドのそばまで近づくと、彼はすっと立ち上がった。


「よ、ようこそ。ハ、ハ、ハーヴィス家へ」


 ガチガチに緊張した様子のリカルドが挨拶をする。


「パ、パーティ〈エル、ドラド〉の皆さんを、か、歓迎できて、嬉しく、思う」


 こっちまで緊張しそうな挨拶だな。


 そんなリカルドの挨拶を受けて、こっちはジークが代表して応える。


「本日はお招きいただきありがとうございます」


 ジークが流れるような所作で礼をする。

 周囲の使用人たちから、ほぅという声が漏れる。


「今日は空気が美味しく感じられますね。どうですか、ハーヴィス男爵も少し空気を味わってみては?」


「あ、ああ、そうしよう」


 これはジークの助け舟だな。

 翻訳すると、緊張しすぎ、ちょっと深呼吸しろ、だ。


 リカルドが何度か深く呼吸をする


「……失礼した。 改めて、〈エルドラド〉のみなさん、ようこそ、ハーヴィス家へ」


 緊張がほぐれたのか、今度はちゃんとした挨拶になった。

 周りの騎士や使用人たちもホッとした表情になっている。


 だが、続くリカルドの言葉で全員の表情が変わった。



「そして……ようこそ。千年後の世界へ」



 千年後? いま千年後って言ったか!?


 リカルド以外の全員が、千年後と聞いて驚いた顔をする。


 まさか他人の口から千年後という単語が出てくるとは……。


「ふふっ、この件については後で話そう。まずは中に入ってくれ」


 俺たちは促されるままに、屋敷の中へと入っていった。


 リカルド、ヨザクラ、執事の3人と共に向かったのは応接室だ。


 中に入って早々、リカルドたちから頭を下げられた。


「スタンピードから街を救っていただいたこと、ハーヴィスの街を代表して感謝する」


 頭を下げる3人の様子を見ていると、ジークがボソッとささやいた。


(ここはリュウイチ様が対応を)


「あ、ああ。俺たちが街を守るために動いたのは、俺の個人的な事情が原因だ。だからあまり気にしないでくれ」


 ただ単純に弟のお願いに応えたかっただけだからな。


 それに魔族の男は、手下が倒されたことを恨むようなやつだった。

 ひょっとしたら、俺たちが廃墟で魔物を倒したことも関係しているかもしれない。


 そう考えたら、俺たちが動くのは当然だったんじゃないかとも思う。


「そうは言うが、〈エルドラド〉がいなかったら街は確実に滅んでいた。ハーヴィス家として、感謝してもし足りないくらいだ」


 そう話すリカルドの目には涙が浮かんでいた。


「ただ、感謝こそしているが、何か報酬で報いれるのかと言われると、我が家の財政事情では……」


「そんなものは望んでないから大丈夫だ。聞いてるぞ、色々と苦労してるんだろ。それよりも千年後って言ったことについて聞かせてくれないか?」


 入り口で会ったとき、俺たちが千年の時を超えたことを知っているようだった。その理由が気になる。


 俺の質問は仲間たちのみならず、ヨザクラと執事も知りたそうにしていた。


「我がハーヴィス家には代々受け継がれてきたものがある」


 リカルドは光る青いオーブを取り出した。

 テーブルに置かれたオーブを見たヨザクラと執事が目を見開く。


「スタンピード終わりに、アンタが俺に返してくれたオーブだ。渡した時は普通のオーブだったのに、これは光っているんだ」


 あれは確か、俺の魔力で封印が解けたんだったか。光を収める方法がわからなくてそのまま返したんだが……。


「これを光らせたのはアンタだな?」


「あぁ、そうだ」


 俺が答えると、ヨザクラと執事が息を呑む。


「歴史あるハーヴィス家だが、その中でも最も古い言い伝えがある。爺や」


 爺やと呼ばれた執事の男が返事をして前に進み出る。


「オーブの封印を解いた者は、千年の時を超えた英雄なり。かの者が現れたなら、二つのオーブに残された映像を見せよ……これが、ハーヴィス家初代当主様が後世に残された言葉です」


 なるほど、俺たちのことを示唆した言葉が残っていたわけか。

 リオンはこんな事もやっていたんだな。


「絶対にこの英雄が現れる時が来る。その時までハーヴィス家を存続させよ。この言葉を家訓にしてハーヴィス家は今日まで生き残ってきたんだ」


 リオンが目指した想い、家のこと、俺のこと、その全てが、脈々と受け継がれていた。


 その結果が、今俺の目の前にある。


 胸が締め付けられる思いだった。

 俺なんかよりもリオンの方がよっぽど凄いじゃないか。


「千年後という言葉を使った理由は、オーブを光らせていたこと、そしてもし言い伝えの英雄だったのなら、教えて欲しかったからだ。これはそう……代々受け継がれてきたハーヴィス家の宿願なんだ」

 

「そういう理由だったのか。……なら、応えないわけにはいかないな」


 千年もの間、ずっとリオンの言葉を信じて伝えてきた彼らの想い。

 この想いを報われたものにするのは、俺たちの役目だもんな。


 俺は真剣な眼差しで、リカルドたちに告げる。


「その言い伝えの通りだ。俺たちは千年前の世界から時空を超えてやってきた、パーティ〈エルドラド〉だ。そしてハーヴィス家初代当主のリオン・ハーヴィスは俺の弟でもある」


 今度はリカルドを含めた3人が驚いた顔をする。


「な、なんと初代様のお兄様とは!」

「まさかと思ったが、本物だったとはな……」


 執事とヨザクラの2人がなにかを呟き、リカルドは完全に固まってしまっている。


 そこでジークが質問を投げかけた。


「ちょっと失礼します。先ほどの言い伝えでは二つのオーブとなっていましたが、もう一つのオーブはどうなったのでしょうか?」


 そういえばそんな文言もあったな。

 言い伝えそのものに感動していてすっかり忘れていた。


「そ、そうだった。二つ目のオーブはこれのことだ。アンタならこのオーブも光らせることができるはずだ」


 リカルドが新たに取り出したのは、赤い色のオーブだった。


 受け取って、早速魔力を流してみる。すると……。


「お? 光った」


「「「おおぉぉ」」」


 これも封印を解除したってことなんだろうか?

 ジークにも見てもらおう。


「このオーブも映像記録用の魔石のようですね。自分の魔道具なら再生できますが……見ますか?」


 リカルドたちも含めた全員が頷く。

 そりゃ気になるよな。


 全員が見守る中、ジークの魔道具が起動して、空中に映像が映し出された。

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