第26話 祝杯

 親玉である魔族の男を倒したことで、わずかに残っていた魔物も逃げ出していった。


「これで、スタンピードは片付いたってことかな」


 俺はヴィクトーリアへの魔力供給を止めて光の刃を消す。


「あの黒い奴らにはほんとイライラさせられたんだ。あぁ、スッキリした!」


 ヴィクトーリアの声音から清々しさや開放感が伝わってくる。

 

「苦労させたみたいだな」


「こうしてリュウイチが戻ってきてあいつらをしばき回してくれたから、いいってことよ!」


 千年の間のヴィクトーリアにも色々なことがあったはずだ、なのに返ってきた返事は実にあっけらかんとしたものだった。


 まぁヴィクトーリアらしいといえばらしいか。


「問題はこれからどうするかですね」


 背後からジークの声が聞こえてきたので振り返る。

 いつの間にか仲間たちが勢揃いしていた。


 さらに仲間たちの後方には、距離は離れているがリカルドやヨザクラたちの姿もある。


 全員の視線を受けて、どうしたものかと頬を掻く。


「リオンの末裔たちが待ってるわよ。行かないの?」


 ニーナが面白いものでも扱うかのように絡んできた。


 しまったな。街を守ることしか考えていなかった。完全にノープランだ。


 俺は必死に頭を働かせて、この後どうすればいいのかを考える。


「そうだな……じゃあ」




──ヨザクラ視点──


 翌日。


 ヨザクラは馴染みの食事処へと来ていた。


「今回のスタンピード戦が無事に終わったことに、乾杯!」


「「「乾杯」」」


 スタンピード戦で最終防衛隊として戦った10数人の騎士と冒険者が集まっての宴会。


 ヨザクラの挨拶と共にグラスが打ち鳴らされると、一気に賑やかになった。


「いやぁ、俺たちのために店を貸し切って宴会までしてくれるとは、踏ん張って良かったぁ!」


「よく言うぜこいつ、ぐわぁって言って一番最初にやられたの、お前だからな!」


「「「わははははは」」」


 共に死地へと向かうことを了承してくれた仲間たち。

 彼らが楽しそうに笑う姿を見て、ヨザクラは目に涙を浮かべる。


「こんな光景がまた見られるなんてなぁ」


 死ぬ覚悟を決めていたヨザクラにとって、再び笑い合うことができるのは何よりも嬉しく感じた。


 和やかな雰囲気の中、立ち上がったヨザクラは全員を見渡す。


「もう聞いているとは思うが、念のため言っておくことがある」


 皆の視線がヨザクラへと集まる。


「今回の戦いで、最終防衛隊として見聞きしたことは、全て箝口令が敷かれている。皆、口外しないようにしてくれ」


 魔人の出現や、〈エルドラド〉の次元が違う戦力を見たリカルドたちは、この情報が巻き起こす事態を考えて、ひとまずは伏せることにした。ハーヴィス家では持て余す情報だからだ。


 楽しい宴の席で、水を差すようなことはヨザクラも言いたくない。

 こんな堅苦しい話なら尚更だ。


 だから彼はニヤリと笑って続きを言う。


「ただし、ここにいる当事者なら別だ。今日は店も貸し切っている。遠慮なく盛り上がってくれ」


 ヨザクラがそう言い切ると歓声が上がる。


「よっしゃーっ! 俺、言いたいことが山ほどあるんだ!」

「辛かった! どれだけあの戦いを話したかったか!」

「最強のロリっ子の話だろ。わかってるって!」


 一部でおかしな反応があったが、皆喜んでくれているようだ。


 そんな中、1人の騎士が立ち上がって声を上げた。


「団長! 団長は彼らが何者か知っているのですか!? 急にいなくなってしまいましたが」


 誰もが知りたい内容だったのだろう。

 ヨザクラの返事を待つかのように、全員が静かになった。


「あぁ、知っている。彼らとは少しだけ交流がある。滞在先も知っているから安心してくれ」


 この言葉を聞いて全員が騒然とする。

 さすが団長だ、なんて声まで聞こえてきた。


「最近、とんでもない名前のパーティが出来たのは知っているか?」


 ヨザクラはイタズラ小僧のような笑みを浮かべて皆を見る。


「なんか聞いたことあるな。バチ当たりな名前がどうのとか」

「あーっ! あれか、あの伝説の!」

「えっ、それってつまり……」


 ここ数日の話だが、治安に関わる話として、耳に入れている者が大半のようだ。


「そう、彼らがパーティ〈エルドラド〉の8人だ」


 普段ならば鼻で笑ったであろう、伝説のパーティの名。

 だが、リュウイチたちの戦いを直接見た彼らの反応は違った。


「え……まさか、本物……なわけないよな?」

「お前はあの剣を見ていないのか? 俺は信じるね」

「どんな伝説だったっけ! 詳しく覚えてねぇぞ!」


 面白いように反応してくれる仲間たちを見てヨザクラは笑う。


「団長! 彼らは本物の〈エルドラド〉なんですか!?」


「それは知らん。だが運がいいことに、メイザスは彼らがこの街に初めて現れた時、近くに居たそうだ」


 そう言ってヨザクラが話を向けると、得意気な顔をしてメイザスが語り出した。


「あれは俺がギルドでくつろいでいる時だったな……」


 冒険者ギルドにリュウイチたちが来て登録を始めた事。

 その時点で自分は目をつけていた事。

 リュウイチが魔剣士と名乗り出した事。

 その時点で自分は只者じゃないと気づいていた事。


 そんな話をメイザスはくどくどと話し続ける。

 他の者は、メイザスの俺は知っていたアピールを完全に無視して盛り上がる。


「昔から〈エルドラド〉の名前を使ってたって言ったのか?」

「この時点で名乗っていた魔剣士って、俺たちの知っている中途半端な魔剣士とは、絶対違う意味だよな」

「魔剣の使い手だから魔剣士ってやつな!」


 メイザスの話が終わると、今度はヨザクラがリュウイチたちとの交流を語った。


 淡々と事実を述べただけだが、皆の反応が激しい。


「ロックゴーレムを瞬殺するところ、見たかったなぁ!」

「一番古いものを探してたってのが気になる。やっぱり伝説のパーティだからじゃないのか?」


 〈エルドラド〉の一挙手一投足に対して推測が飛び交うので、ヨザクラは笑いを堪えきれずに言う。


「もうお前たち、ただのファンじゃねぇか!」


「「「確かに」」」


 激戦を乗り越えたことでみんな気が緩んでいるのか、今日は笑いが絶えない。


「でも、あの戦いを見たらファンみたいになるのも仕方がないですよ! 見ましたか? あの炎を!」

 

「いや、あの炎も凄かったが、俺は城壁を一瞬で作った姐さんにビビったね。おまけにあの魔道砲だぜ?」


「みんなわかってねぇな。あの弓のお姉ちゃんだろ。ありゃぁ女神かなんかだぜ。あの矢で俺も撃たれてぇ」


 皆が口々に、リュウイチたちの戦いを語って盛り上がっていく。

 いつの間にか、どの攻撃が良かったか大会にまで発展していた。


「ちなみに団長は、彼らの攻撃の中でどれが一番良かったんですか!」


 話を振られたヨザクラは立ち上がって自信満々に笑う。


「アシュレー殿のハンマーに決まってるだろ! あれこそ破壊と美の融合だ」


 言ってやったと、ヨザクラが満足気に座ると、次々とヤジが飛んできた。


「うわぁ! 団長がロリに目覚めたぁ!」

「同志よ!」

「衛兵! 早くこいつらを捕まえて!」


 皆、酔っていて言いたい放題だ。


「うるせぇ! 俺が騎士団長だ、逆にアシュレー殿を推さないやつは取り締まるぞ!」


「やばい、団長がご乱心だ!」

「騎士団の存続危機だぞ!」


「「「わはははははは」」」


 この日の宴会は夜遅くまで続いた。




──メイザス視点──


「おっ、メイザスさんじゃないか!」


 二日酔いのメイザスが冒険者ギルドの酒場でくつろいでいると、以前〈エルドラド〉を笑っていた若い冒険者が声をかけてきた。


「なんだ、てっきりこの街から去ったと思ったのに、戻ってきたのか?」


「スタンピードが片付いたって聞いたんでね。メイザスさんアンタ大戦果だったらしいじゃないか」


 二日酔いの痛みに耐えているメイザスはぶっきらぼうな対応をするが、冒険者の男は興奮気味でメイザスの機嫌に気がつかない。


「まぁ俺にとってここは大事な街なんだ。だから最後まで残って戦っていただけだ。それに俺程度じゃ大戦果なんてとても言えねぇよ」


「またまたぁ、謙遜かよ〜」


 何も知らない冒険者の男には、メイザスの言いたいことが全然伝わらない。


 あの戦場を少しでも知っていれば、大戦果なんて口が裂けても言えない。

 そう考えてメイザスはやれやれと頭を振った。


「それより、お前は真っ先に逃げたらしいな? 少しくらい手伝ってくれても良かったんだぞ」


「い、いや。そこはほら。俺じゃ力不足ってか、逆に足を引っ張るからだな……」


 メイザスの追求に対して、冒険者の男は目を泳がせて答える。


「そ、それにほら! 街の外へ出る人の護衛も必要だったろ?」


「それはそうだな」


 一理あると納得したメイザスは、雰囲気を和らげた。


「それに真っ先に逃げたのは他にもいただろ。この街に来て日が浅い奴は大体がそうだ」


 メイザスの追求から逃れたと思って安心したのか、冒険者の男は言い訳のような言葉を続ける。


「多分だけど、あのふざけた連中。〈エルドラド〉だって逃げたんじゃ……」


 その瞬間、メイザスの雰囲気が一変して、怒鳴り声を上げた。


「おい!! テメェ今なんつった!」


 冒険者の男は、メイザスから放たれる圧を受けて尻餅をつく。


「ほ、他にも逃げ……」


「そこじゃねぇ!」

「ひ、ひぃぃ!」


 再び放たれたメイザスの怒号に、冒険者の男は情けない声を出す。


「今〈エルドラド〉って言ったか? この街で〈エルドラド〉の悪口を言ってみろ、俺がぶち殺してやるからな!」


「す、すみません! すみません!」


 メイザスのあまりの迫力に、冒険者の男が土下座をする。


 必死に土下座をする冒険者の男を見て、メイザスは溜飲を下げた。


 そして辺りを見回したメイザスはホッとしたような顔になり、誰にも聞こえないように呟く。


「あいつらを敵に回したら、こんなもんじゃすまねぇぞ」


 冒険者ギルドには、土下座をし続ける冒険者の男と、冷や汗をかきながらそれを見ているメイザスの姿があったとか。

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