第14話 緊急事態発生

「お、おい! 西の方角を見てくれ!」


 壁外の観測拠点にて、監視の任務に就いていた男が慌てて声を上げる。


「ん? なんだ。何が見え……これはっ! 警報いそげ!」


「あ、う、おう!」


 男がもたつきながら、警報の魔道具を作動させた。 



 慌ただしくなった観測拠点内。

 駐在していた兵士たちが余裕のない表情で走り回っている。


「くそっ、なんだってこんなタイミングで!」


「早く脱出しろ! 飲み込まれるぞ!」


 兵士の鎧を身につけているものもいれば、非番だったのかラフな格好のものもいる。

 見た目はバラバラだが、皆一斉に出口へと向かっていた。



 一方、観測拠点の指揮所では、指揮官を含む数名の騎士が事態の最終確認を行なっていた。


「どうだ?」


「数は約5000。ほとんどが軟体ですが、虫も数割いますね」


 歴戦の指揮官たちは、落ち着いた様子で状況を確認する。

 

「……間違いなくスタンピードだな」


 指揮官が遠目に見える黒い塊を見つめて呟く。


「こちらが苦しい時に限って、半年も早まるとは……」


 意気消沈する高官は、天を仰ぎながら言う。

 

 それを見て、指揮官が檄を飛ばす。


「嘆くな! 壁への伝令と脱出を急がせろ。ここは完全に放棄する」



──冒険者ギルドにて──


「なぁ、メイザスさん。今のが〈エルドラド〉を名乗っているやつか?」


 リュウイチが出て行った入り口を見ながら、冒険者の男が言った。


「あぁそうだ、今の兄ちゃんの他にあと7人いるがな」


 返事をしたのは、リュウイチたちのために受付を優先させてくれた大柄のスキンヘッド男だ。名をメイザスという。


「ハハハッ、人数まで本物の〈エルドラド〉に合わせてるのかよ」


 冒険者の男がバカにしたように笑う。

 

 男のバカ笑いに釣られて、近くにいた別の冒険者が追加の情報を伝える。

 

「しかもパーティリーダーの男は魔剣士らしいぞ」


「そこまで合わせてんのかよ! やりすぎじゃねぇ!?」


 下品な笑いがギルド内に響く。


「おい、同業者をバカにするのもほどほどにしておけよ」


 見かねたメイザスが、発端の冒険者に釘を刺す。


「ハハハ……。いやぁすまねぇ。〈エルドラド〉を名乗るバカがいるとは思ってもみなくて」


 冒険者の男は、目尻の涙を拭いながらメイザスに謝った。

 その様子を半眼で見ていたメイザスは、やれやれと首を振って話はじめた。


「アイツらはそれなりに成果を上げているからな。そうバカにしたもんでもないんだぜ」


「そうなのか? てっきりイロモノ枠かと思ってたぜ。〈エルドラド〉の名前を使うなんて、恐れ知らず以外の何者でもないってな」


 冒険者の男は意外そうな顔をする。


「まぁ、冒険者の中にはいまだに〈エルドラド〉を崇めてる連中はいるからな。そんな奴らからは目の敵にされるだろうが……」


 おとぎ話の存在だが、一部の者たちは〈エルドラド〉を神格化して扱うものもいる。

 危険と隣り合わせの冒険者ならば、なおのこと神に祈る機会は多いからだ。


「今のところ過激な連中が何かしたって話も聞かないから大丈夫だろ。それに受付嬢でも驚くくらい大量の素材を持ち帰ってくるらしいからな。有象無象を黙らせる実力はあるんじゃねぇか」


 日々冒険者の成果を見ている受付嬢が驚くなんてそうありはしない。

 それだけでも冒険者としてなにか突出したものがあると、メイザスは考えている。


「ランクはいくつなんだ?」


 同じ冒険者として、やはりそこが一番気になるところなのだろう。

 ただ、メイザスは残念そうに首を振った。


「まだちゃんとした計測はできていないそうだ」


 受付嬢曰く、2回目の計測でもエラーが出たので、もう少し時間が経ってから測ることになったらしい。


「ちぇ、ランクがわかれば扱い方も決まったのにな」


 つまらなさそうに冒険者の男が言う。

 自分よりも低いランクなら、からかうつもりなのだろう。


 その様子に呆れたメイザスは距離を取ると、ボソリと呟いた。


 「俺の勘は連中がタダもんじゃないって言ってんだよなぁ」


 その瞬間、入り口のドアが勢いよく開くと、冒険者が転がり込むように入ってきた。

 何事かと注目を集めた冒険者は、立ち上がると大声で叫んだ。


「大変だ! スタンピードが始まった!」



 ──第7壁にて──


 街全体に警報音が鳴り響く。

 スタンピードの度に聞いた警報音だ。


 街が騒然とし始めた頃には、第7壁も慌ただしい様子を見て見せていた。


「防衛準備急げ! 一般市民への避難勧告も忘れるな!」


 周りの兵士たちに次々と指示を出すヨザクラ。

 彼は伝令の知らせを受けて、騎士団の詰め所から真っ先に駆けつけていた。


 ヨザクラの眼下では、大急ぎで防御柵や火器を準備している兵士の姿がある。


「騎士団長! 観測拠点の指揮官より新しい報告が届いています!」


 ヨザクラが振り返ると、そこには年若い兵士が肩で息をしながら立っていた。


「どれ見せてみろ」


 伝令書を兵士から受け取って読み始めた。


「……数と構成はいつものスタンピードだな。到着予測は……あと6時間か」


 短すぎる。


 半年の猶予がいきなり6時間になったことで、ヨザクラの胸中にはどうにもしがたい悔しさが広がる。


 若い兵士の前じゃなかったら、大きく顔を歪ませていたところだ。


「すぐにこの情報をリカルド様の元にも届けろ!」


「は、はいっ!」


 再び壁の前で作業する兵士たちを見下ろして、ヨザクラは思案する。


 半年早いスタンピードだが、来てしまったものは仕方がない。

 ならばどう対処するのが一番か。

 状況、戦力、そういったものを全て踏まえて考える。


「……やはり、これ以外に手は残されていないか」


 やがて、一つの考えに辿り着いたヨザクラは、覚悟を決めた表情でどこかへと向かった。



 ──ハーヴィス家の屋敷にて──


 外の様子とは正反対に、静寂に支配された執務室で執事の声が響く。


「リカルド様はお逃げください」


「何を言っている。まだ戦いが始まってもいないのに逃げ出すわけにはいかない」


 動きやすい格好に着替えながら、返事をするリカルド。

 愛用の剣の状態を確認し、身につけると執事に向き直る。


「まだ時間はあるんだ、俺は自分ができることを最後までやる」


「ですが!」と追いすがる執事を無視して、リカルドは屋敷を出た。


 ハーヴィス家の屋敷前。騎士団の砦に囲まれた場所で、指揮をとっている一人の騎士に近づく。


「避難状況はどうなっている?」


「はっ! 現在、街を離れられるものは、第6壁方面への避難を実行中です。こちらには、体力的に遠くに逃げれないものたちを集めております!」


 周囲の様子を見て、大半が高齢者と怪我人なのが理解できた。


「避難はヨザクラの指示か?」


「はい!」


 ヨザクラが第6壁への避難指示まで出したことに、リカルドは思考を巡らせる。


「以前のスタンピードでは、ここまで積極的な避難は行っていない。それほど深刻な事態ということか……」


 リカルドは騎士の元を離れ、心配そうにこちらを見る執事の元に戻った。


「今から屋敷に勤めている非戦闘員は全員避難しろ。爺やもだ」


「で、ですが、それではハーヴィス家の者として示しがつきません」


 この忠誠心はありがたいが、今は話し合っている時間も惜しい。


「ならば、避難者用に物資を解放してくれ。俺もすぐに手伝いに行く。それが終わったら街から離れるんだ」


「……物資に関しては承知しました」


 執事が去り、ふうっと息をつく。


 問答をしているよりはよっぽどいいだろう。


 そのまま屋敷に戻ると、今度は屋敷の地下へと向かう。

 長く続く地下への階段を降りて、古めかしい扉の前で足を止めた。


「父上、母上、民のために家宝を使わせてもらいます」


 扉の先は古い倉庫のような場所になっている。


 迷わず奥へと進んでいくと、鎖で頑丈に封印された豪華な箱の前に辿り着いた。


 リカルドがオーブのようなものをかざすと、鎖が消え去り箱が勝手に開く。


 箱の中には、金色の刀身を持ち、鍔の部分に大きな赤い宝石が埋め込まれた一振りの剣が入っていた。


 おそるおそる手を伸ばし、柄の部分に触れる。

 その瞬間、剣から声が聞こえてきた。


「んんっ、なんだぁ。気持ちよく寝てたってのに」


 剣から発せられた声はハスキーな女性の声だ。明らかに機嫌が悪い。

 どうしたものかとリカルドが戸惑っている間に、剣は言葉を続けた。


「あぁ! だれかと思ったらリゲルの息子じゃねぇか。俺を起こして何の用だ?」


 声は女性なのに非常に違和感のある口調。粗野な男の話し方とそっくりである。


 どうやらこの剣はリカルドの父親を知っているようだ。


 剣から問われ、自分が何のためにここに来たのかを思い出したリカルドは、意を決して言葉を発する。


「力を貸してほしいんだ」


「チカラぁ? やめとけやめとけ、その魔力じゃ保たねぇぞ。リゲルと同じ道を歩むだけだ」


 リゲルと同じ道と聞いて、リカルドは息を呑む。


「それでも構わない。今は力が必要なんだ」


 覚悟を決めた目で剣を見つめるリカルド。


「ったく、お前らは構わなくても俺が構うんだっつーの。お前が死んだら家はどうなるんだ?」


「大丈夫だ、王都にいる弟が後を継ぐはずだ」


 まだ学生の身ではあるが、という言葉を飲み込み、剣の言葉を待つ。


「……それなら大丈夫か。お前らの血を絶やしたら俺がヤバいんだからな。リゲルといいお前といい、こんな無茶はこれっきりにしてくれよ」


 剣の声音からも心底ウンザリだと伝わってくる。


「リカルドだ」


「ん? リカルド?」


 意味がわからなかったのか、剣が聞き返す。


「俺の名前だ。お前でもリゲルの息子でもない。リカルドだ」


 リカルドが名乗るとしばし静寂が訪れた。


「すまねぇなリカルド。覚悟を決めた男に失礼だった」


 そう言うと、剣はリカルドの目の高さまで浮かび上がる。


 「……なら俺もちゃんと名乗らせてもらうか」


 豪奢な剣が空中に浮かび上がったことで、より一層神秘的な空気が満ちた。


「我が名はヴィクトーリア。古のパーティ〈エルドラド〉が誇る剣の一振りだ。よろしくなリカルド」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る