第13話 〈エルドラド〉の方針
街を案内して、食事をご馳走してくれたヨザクラは、気分良さそうに帰っていった。
帰り際に、〈エルドラド〉が危ない連中じゃなくて良かったと言っていたが、俺たちをなんだと思っていたのだろう。
ヨザクラを見送り、これからどうしたものかと考える。
「迷宮に潜るにしても、時間が微妙なんだよな」
「それならば宿に戻るのはどうでしょうか。色々な情報も得られましたし」
ジークの言うように、ヨザクラから突っ込んだ内容の話も聞けたことだし、一度宿に帰って情報をまとめるのもありだな。
他の仲間たちも特に異論は無いようなので、皆で宿に戻ることにした。
「ひとまずは、今日聞いた話をまとめましょうか」
狭い宿の一室に8人は入れないので、サブリーダーのニーナとジークでプチ会議をすることになった。他のメンバーは自由行動だ。
「ハーヴィスの街は、半年後のスタンピードが厳しいという話でしたね。原因は戦力低下で、補充する当ては無し。そこで、領主や騎士団長ができることをなんとかやっているという状況です」
「うーん、こんな調子じゃ半年後に成果なんて出てないんじゃない?」
冒険者一人一人に声をかけて、協力をお願いしているようだが、それではなかなか数が集まらないだろう。
「実際、俺たちが聞いたときも、理解者が少ないって言ってたからな」
冒険者ギルドとの折り合いもあるんだろうが、この問題は根が深そうだ。
「我々から積極的に手伝うつもりもないんですよね?」
「あぁ、この時代の人たちの役割を取るつもりは無い」
人手不足で困っているのはわかるが、俺たちのスタンスを崩すつもりはない。
そもそも、この時代のスタンピード戦なんて、なにをするのか全くわからないんだ。他の騎士や冒険者の強さも戦い方もわからないのに、足並み合わせて戦うなんてできる気がしない。
「そんな悠長なこと言って、この街がディープ種に滅ぼされそうになったらどうすんのよ」
「うーん。どうするって言われてもなぁ。一般人と一緒に避難することになるんじゃないか?」
大事な仲間たちを、この時代の危機に巻き込みたくないという思いもある。
だが、それ以上に、この時代の人たちに対してどういう立ち位置で接したらいいのか、わからない。
「あれ? リュウイチ。なんか気落ちしている?」
珍しいものでも見たような顔でニーナが言う。
ニーナはこういうところが鋭いんだよな。
俺の迷いをあっさりと見抜いてくる。
「気落ちって言われるとアレだが、実は千年後の世界にガッカリしている部分はある」
「リュウイチ様を落胆させるとは! 何かあったのですか?」
ジークが過剰なまでに反応する。
「言葉にするのは難しいが、なんていうか、俺たちの知る世界とあまりにも変わりすぎててさ、愛着が湧かなくなった感じかな」
ジークとニーナに伝わるようにと必死に言葉を探す。
「今日、色々な場所を見て回って、俺たちが知っているものが一つもなかっただろ。この地域は、俺たちがよく知る場所のはずなのに、何もかもが違っていた」
唯一変わらなかった迷宮の内部は落ち着けたが、それ以外は全て変わっているのが千年後の世界だった。
「未知の世界という楽しさはある。でもそれは……知っているものが全て消え去った世界でもあるんだ」
何か知っているものが残っていないかと思い、ヨザクラに古くからあるという公園へ連れて行ってもらったが、それもハズレだった。
「その事に気づいたとき、寂しいなって思ったんだよな。俺たちが知っている風景はもう見れないんだって」
俺の言葉を聞いたジークは片膝をついて騎士の礼をしながら言う。
「安心してくださいリュウイチ様。自分は変わらずここにおりますので」
「そうよ。なにしんみりしちゃってるのよ。〈エルドラド〉の仲間たちは変わらずにいるじゃない」
そう言いながらニーナは目尻を拭う。
ジークはちょっと大袈裟かなとも思うが。
二人の優しさは伝わってきた。
本当に俺はいい仲間に仲間に恵まれている。
自慢の仲間たちだ。
「そうだな。だから俺はよく知らない世界よりも〈エルドラド〉としてやりたい事を優先したいんだ」
「〈エルドラド〉としてですか?」
ジークの頭に疑問符が浮かぶ。
というのも、仲間たちは皆、個人的な目的や目標があって千年後についてきてくれているが、パーティとして何をするのかはハッキリと決まっていない。
いや、決めていないというのが正しいか。
実際に千年後に来るまでは判断できなかったからな。
「俺は〈エルドラド〉として迷宮の完全踏破を目標にしようと思っている」
女神は約束通り階層を追加してくれた。ならばそれに応えないとな。
「千年経っても相変わらず迷宮なのね。まぁいいけど」
「元々、みんなそのつもりでしょうから、特に問題はないかと思います」
迷宮探索は〈エルドラド〉の日常と言えるくらいやってきたからな。二人とも落ち着いた反応を返してくる。
「それに、スタンピードは半年後なんでしょ。今は迷宮を優先させて、時期が来たらまた考えればいいんじゃない?」
「そうしようか。その時にはまた考えが変わっているかもしれないからな」
ニーナの言うとおり、今すぐ決める必要もないと思うと気持ちが楽になった。
「当面は迷宮の探索を中心にするという事ですね。あとは生活基盤の確立も必要かと思いますが」
「うーん。資金は迷宮で稼げるが、拠点はどうするかな」
宿生活のままでは何かと不便なことが多い。特に生産組は専用の場所が欲しいと思う。
「どこでもいいってわけじゃないもんね。簡単に見つかるかな」
「土地のルールや建築物の扱いなど、この時代の知識が全くありませんからね」
最低でも全員の生活スペースと、ドルディオの鍛治工房、マヤの錬金工房は必要だ。これだけ条件があると一筋縄ではいかないだろう。
「拠点についてはもう少し落ち着いてからにしよう。とりあえず迷宮で稼ぎながら探索をメインにしていこうか」
「そうね」「了解です」
よし、二人の理解を得られた。これで心置きなく迷宮探索に没頭できる。
未知の階層、未知の魔物。いやぁ楽しみが広がるなぁ。
パーティとしての活動方針が決まりひと段落したところで、ニーナがそういえばと話し始めた。
「ハーヴィス家って大丈夫なのかな。ヨザクラさんの話じゃ苦労しているみたいじゃない?」
「ディープ種っていう敵を前にして、味方がいないって感じだもんな」
突然の当主交代に、支援の打ち切り、民心も離れ気味、おまけにスタンピードは毎年発生。
正直、新米領主には荷が重いんじゃないか。
「自分は領主も側近も情けないなと思いましたがね」
俺の同情する気持ちとは反対に、ジークは辛口の評価をする。
「半年後のスタンピードのために、冒険者へ個別に声掛けをしていると聞いて呆れましたよ。本当に領民の事を思っているなら、もっとプライドを捨ててでも協力を仰ぐべきでしょう。何を甘えているのやら」
あ、これはジークの領主美学に引っかかったやつだ。
治める立場の者はこうあるべし、というジーク独自の美学にそぐわない者を見つけたとき、ジークの当たりはキツイ。
「特に側近には一言も二言も言いたいですね。未熟な当主を支えるつもりがあるのかと。騎士団長の人気はあるのに領主に民心が無いなんて、どんな立ち回りをしたらそうなるんでしょうか」
それから……と話を続けようとするジークを遮る。
「わかった、わかったから。あいつらが不甲斐ないってことだろ」
ここでジークを止めないとずっとダメ出しを続けるからな。危ない危ない。
ニーナがやれやれと肩をすくめて言う。
「ジークが言うような完璧な行動なんて、みんながみんなできるわけないじゃない」
ジークの求める為政者像が高いのは事実だ。
能力の高いジークならば可能なことでも、他人には難しいことなんて山ほどあるからな。
「わかっていませんね。民の生活を守るには、上手くできませんでしたではダメなんですよ」
「最初から全部上手にできるわけないでしょ。失敗しても学んで次に活かせばいいじゃない」
ニーナとジークの言い合いが加速する。
「それは違いますね。失敗しないように計画と準備を常にしておくんですよ」
「残念だけど、実際には計画に穴があって準備に漏れが出るものよ。むしろ臨機応変に対応することの方が大事ね」
ハーヴィス家についての話だったのに、どうしてこうなったのか。
俺はげんなりしながら二人の間に入る。
「ハイハイ。その件は終わり。話が脱線しすぎだ」
俺が割って入ったことで、二人はぐぬぬといった顔をしつつも、とりあえず黙ってくれた。
「ちゃんと計画して準備して、その上で臨機応変な対応をやればいいじゃないか」
取ってつけたような考えだが、落とし所の案としては、これくらいじゃないだろうか。
「それなら、まぁ……」
しぶしぶといった様子で引き下がるニーナ。
「自分の計画に臨機応変の入る余地はありませ「ジーク」……失礼しました」
二人とも優秀ではあるんだが、どうしてこうも考え方が違うんだろうか。
「為政者の評判はどこへ行っても揉める話題だからな。ほどほどにしておこう」
ましてや外野の俺たちがあーだこーだ言ったところで不毛なだけだ。
その事に気づいたのか、二人とも納得したような顔をしている。
「じゃ、ここら辺で解散にするか。今日、迷宮に入れなかった分、明日からはガンガン探索していくから、二人ともそのつもりでいてくれ」
「はーい」「了解しました」
プチ会議を終わらせて、二人が出ていくのを見送った。
最後の最後でどっと疲れたが、明日からは本格的な迷宮探索ができると思うと嬉しくなる。
待ってろよ迷宮。
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