第12話 勝ち目のない人類

「現状、壁外に関しては絶望的だ。俺たち人類に勝ち目はねぇよ」


 そう言ったヨザクラの表情は悔しそうに歪んでいた。


「具体的にどのような状態なんでしょうか?」


 苦々しい表情のヨザクラとは対照的に、ジークは落ち着き払った様子で問いかける。


「状態か……。お前たちは避難者だったな。ならディープ種と戦わなかったか?」


「ディープ種、あの黒い魔物の事ですね。それなら、ある程度は戦いましたよ」


 ディープ種ってなんだ? と思ったが、ジークの受け答えで理解した。

 この時代に来て早々に襲ってきた黒い虫と黒い獣のことか。


「あいつらを切り抜けてきたとは、やっぱり腕の立つ冒険者なんだな」


 ヨザクラは感心した様子でしきりに頷く。


「で、今の状態についてなんだが、そのディープ種に対抗できる戦力が足りていない。今は騙し騙しやっているが、ディープ種による次のスタンピードに耐えれらるかどうかさえわからないんだ」


 鎮痛な面持ちで告げたヨザクラは、その理由も話してくれた。


 スタンピードと呼ばれる魔物の大侵攻。

 この時代のスタンピードは年に1回、ディープ種の集団が街を目指して襲ってくるそうだ。

 これまで何度も耐え抜いてきたが、以前のスタンピードでハーヴィス家は痛手を負ってしまい、深刻な戦力不足が発生したらしい。


「ちなみに、次のスタンピードまでの期間は?」


「あと半年ほどだ」


 まだ猶予はある、といったところか。


「どこからか援軍は頼めないのか? ここが落ちたら困る人は多いだろ」


「無理だ。壁外に隣接する最前線はどこも疲弊しきっているし、後方の連中には期待できない」


 力なく首を振るヨザクラ。

 

「で、ここで元々話そうと思っていた内容に繋がるんだが。うちの団員を助けることのできる実力者と見込んで、有事の際は協力してほしいってお願いがしたかったんだ」


「困ってるのはわかるが、それならまずは冒険者ギルドに相談するべきじゃないのか?」


 要は街の防衛に参加してほしいという話だ。ならばギルドを通して冒険者に動いてもらうのが正しい流れだ。


「もう話はしている。だが、冒険者ギルドへの報酬で折り合いがつかないんだ」


「……この間、ギルドで揉めていたのもその話か」


 あの時聞いた内容は確か、ハーヴィス家の支払いに問題があって、ギルド側が引き受けられないという内容だった。


「恥ずかしながら今のハーヴィス家と冒険者ギルドの関係は良くないんだ。リカルド様の父、リゲル様が健在の頃はそうでもなかったんだが」


「急な代替わりがあったそうだな」


 ジークの情報では3年前に両親を亡くし、リカルドがハーヴィス家の当主になったと聞いている。


「……武人として名高いリゲル様の死がキッカケで、ハーヴィスの守りを不安に思う者が増えたんだ。後方の貴族たちは自領の防衛力を優先させるようになった」


 ヨザクラはぐいっと酒を飲み干すと、話を続けた。


「これまでずっと最前線で戦い続けていたのは、ハーヴィス家だ。なのに安全な場所にいる連中は手のひらを返したように、支援を打ち切ったんだ」


 その結果、戦費が乏しくなり冒険者ギルドへの支払いにも影響が出ているのだという。


 ヨザクラは項垂れて首を振ると、すぐに顔を上げ苦笑いをした。


「すまない、愚痴になっちまったな」


「気にするな。色々と事情があるのはわかった」


 こういう話は、俺たちみたいなよそ者の方が気軽に話せるだろうからな。


「まぁ、そんな状況だから〈エルドラド〉に対しても、協力をお願いしたいんだ。別に最前線で戦ってくれなんて言うつもりはない。街の人の避難を手伝ってくれるだけでもいいんだ。ダメか?」


 バツが悪そうに言うヨザクラ。

 悪いやつではないんだよな。街の防衛のために出来ることをやっているんだから。


 この時代のことに、無闇に首を突っ込まないのが〈エルドラド〉の基本方針だ。俺たちには俺たちの優先順位がある。ただ、ヨザクラの期待に多少は答えることができるだろう。


「俺たちに可能な範囲でなら、無力な街の人を手助けするくらいは構わないぞ」


「本当か! いや、それだけでも十分にありがたい。後方に回す人員を削減できるからな」


 ヨザクラの表情がパッと明るくなる。

 やっぱり話してみるもんだなと言って頷いている。


 ちょっと手伝うと言っただけでこれだけ喜んでもらえるとなると、断られることの方が多かったのだろうか。


「なかなか苦労しているんだな。ひょっとして良い返事はあまり貰えていないのか?」


「……今のハーヴィス家の理解者は少ない。どうしてもリカルド様は先代と比べられ、未熟なリカルド様が頼りなく見られてしまうんだ」


 代替わり。それも時間をかけて引き継ぎをしていれば問題ないが、準備の暇もなく代われば色々な問題が噴出してもおかしくない。


「ギルドで見たときも、空回っているような印象だったな」


「あの時は、どうにかして街を守る人員を確保したいがために、自らギルドに出向いておられたんだ。常に領民の事を一番に考えてらっしゃるリカルド様らしい行動だ。残念ながらギルドには響かなかったが」


 ヨザクラの話を鵜呑みにすると、リカルドはそこまで悪い領主ではないようで、むしろ領民のために尽くそうとしているそうだ。

 代々ハーヴィス家は領民思いで知られていて、リカルドもその思いをちゃんと受け継いでいるのだとか。


「領民思いの心を相手に押し付けすぎて、問題ばかり起こすのは勘弁してほしいがな」


 ガハハハと笑うヨザクラ。


 勘弁してほしいなんて言っているが、迷惑しているようには見えない。

 苦労はしているが信頼している主従関係ってところか。


 よそ者の俺には、その様子が少し眩しく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る