第11話 騎士団長のお礼

 仲間たちとの楽しい迷宮探索をした翌日。


 俺たち8人は、この街の騎士団長であるヨザクラと共に街を歩いていた。


「この街は迷宮門を起点に作られているんだ」


 大通りを歩きながら、ヨザクラが街の説明をしてくれる。


「迷宮から伸びる道が、それぞれ職人街や商人街、住宅街へ続いていて、俺たち騎士団がいるハーヴィス家の屋敷にもここから行けるようになっている。それから……」


 ヨザクラは丁寧に道の一本一本まで教えてくれるが、内容が頭に入ってこない。


「おい、あれって騎士団長のヨザクラ様じゃないのか!?」

「ホンモノのヨザクラ様よ!」

「ヨザクラ様、いつもこの街を守ってくださり、ありがとうございます」


 理由はこれだ。

 ヨザクラを見つけた街の人々が過剰に反応するので、ゆっくり聞いていられない。

 それどころか、街を歩くのにも一苦労している。


 どうしてこうなったのかというと、時間は今朝まで遡る。


 朝、皆で宿の朝食を食べていると、突然ヨザクラがやってきた。

 どうやら昨日助けた騎士団員のお礼をするために、俺たちに会いに来たそうだ。


 お礼に関しては固辞していたんだが、それは騎士団の沽券に関わるということだった。

 仕方なく考えた結果、お礼として街の案内をお願いしたってわけだ。


 あの迷宮門に見覚えがある俺は、一度街の案内を受けたいと思っていたので、この提案は渡りに船でもあった。

 ひょっとしたらここは俺の知っている地域かもしれないからな。


 そして現在、迷宮のすぐそばで民衆に取り囲まれてしまった。


「ここ……一帯は……通りと……いて、迷……必……なん……揃う店……」


 ダメだ周りの人の声にかき消されて、ヨザクラの声が聞こえない。


 ちょっと離脱しよう。


 ヨザクラから離れることで、自然と人混みから脱することができた。

 ちゃっかり仲間たちも抜け出ているようだ。

 ヨザクラは……まだあの中だな。


 すごい人気だ。冒険者ギルドで見かけた時は、そんな様子は無かったのに。


 人に埋もれたヨザクラを見て、ニーナが諦めた顔で言う。


「ヨザクラさんには悪いけど、私たちで勝手に見て回ろっか」


「そのほうが良さそうだな」


 どうしたものかと、周りを見渡すと、クラリスが辛そうな顔でアシュレーにもたれかかっている。なんかグデっとなっているな。


「クラリスは大丈夫か?」


「……わたくしには少々堪えました。人が多いのもありますが、騒がしかったのが特に」


 自然好きのクラリスにとって、人で溢れた場所は相性が良くなかったか。


「ここで街並みでもみて少し休むか」


 クラリスを休ませつつ、付近の様子を伺う。


 迷宮のすぐ側の通りは雑多なお店がひしめいていて、パッと見ただけでも保存食、道具、消耗品、燃料、武器、防具などのお店がある。

 映像の魔道具を使って、店頭を賑やかしているお店もあるが、あれは魔道具屋かな。


 色々なお店を興味深そうに眺めていたニーナがマヤに話しかけた。


「今度、ゆっくり見て回りたいな。マヤはお店巡りしたんでしょ、どうだったの?」


「アタシも全部は見れてないけど、面白いものなら沢山、見たことのないものばかりだったね」


 特に魔道具で、とマヤは可笑しそうに言う。


 なんだそれは。面白そうなものと聞いたら、気になってしまうな。


「えー、アシュレーも見たいなー」


「残念ですが、お店に入る時間は取れそうにありませんよ」


 アシュレーも俺と同じ気持ちだったようだが、ジークに嗜められてしまう。


 これは仕方がないな。

 今日は街のあちこちを見てまわる予定だ。ここでお店に入ってしまったら、どれだけ時間を浪費するのかわかったもんじゃない。

 特に武器大好きオーガのドルディオは、一生出てこないぞ。


 だけど流石のジークも鬼じゃない。残念そうにするアシュレーを見て、俺に提案をしてきた。


「リュウイチ様。後日、皆で商店巡りをしてみてはいかがでしょう?」


「迷宮での収入もあったからな。別の日に皆で買い物に行こうか」


 俺がそう言うと、アシュレーが飛び上がって喜んだ。

 他のみんなも心なしか嬉しそうにしている。


 資金面に関しては、買取している素材をたんまり納品しておいたから、大丈夫だと思う。

 納品時に「なんですかこの量は?」って言われたが。


 後日訪れるとなると、今のうちにめぼしいお店のチェックはしておきたい。いかんせん店の数が多い。


「ホントここの迷宮周りは充実しているな。この付近だけで生活が完結するレベルだぞ」


 街の造りが完全に迷宮の利便性を軸にしているんだもんな。


 俺の知る迷宮のある街は、迷宮の周りに建築物が建ち、次第に街になったものばかりだったから、迷宮周りは逆にごちゃごちゃで混沌としていたものだ。


 迷宮周りがきっちり整備されているなんて、さすがは千年後の街だな。


 そうやって仲間たちと迷宮前の広場を堪能していると、ヨザクラが人だかりから抜け出してきたので案内を再開してもらった。


 続いてやってきたのは、第7壁と真逆の位置になる街の西端。


「ここが、我々騎士団の本拠地で奥にあるのがハーヴィス家の屋敷だ」


 目立たない普通の服装に着替えたヨザクラが、俺たちに説明してくれる。


「小さな城壁みたいになっているんだな」


 騎士団の本拠地と言われた建物は、まるで砦のような建物で、そこから伸びた壁がハーヴィス家の屋敷をぐるりと囲う形状になっている。


「あぁ、有事の際には住民の避難場所にもなっているんだ。ここでは籠城も可能なように物資も貯めてある」


「本当に砦としての機能をもたせているわけか」


 俺の知る時代の貴族は見栄え重視で、とにかく豪華な屋敷を作ることに躍起になっていたが、今は安全を重視しているってことか。

 時代が変われば、建物も変わるものなんだな。


 俺たちの知っているものは残っていないんだろうか。ちょっと聞いてみるか。 


「この街で一番古い建築物はなんだ? あー、迷宮以外で」


「迷宮以外で、か……」


 ヨザクラはしばらく考えた後、何かを思い出したように言う。


「あぁ、それならアレが一番古いかもしれんな。この近くの公園にあるものなんだが」


 公園にあって古いものといえば、歴史を刻んだ石碑だろうか。それならば長く残っていても不思議ではない。


「そこに連れて行ってくれないか」


「構わんが、普通の公園だからな。そんな面白い場所じゃないぞ」



 ヨザクラに連れられてやってきたのは、かなり大きめの公園だった。


「あら、緑が多くて静かな場所ですね」


 クラリスが嬉しそうに周囲の木々を見ている。

 整えられてはいるが、かなり広い範囲で草木が生い茂っているようだ。


「ふむ、精神統一の修行に使えそうだ」


 セシルもこの光景を見て、尻尾の動きが速くなっている。そういえばセシルも静かな場所が好きだったな。


「この奥に、一番古いんじゃないかってものがあるんだ」


 ヨザクラの案内で俺たちはは奥へと進んでいくと、開けた空間に出てきた。

 中央部分に噴水と、それを取り囲むように柱がいくつか立っている。

 なかなか幻想的な雰囲気だ。


「この噴水が一番古いものなのか?」


 古くから残っているものとは思えないくらい綺麗なんだが。


「そっちじゃない、それは何度か補修をしているはずだ。古いのはこっちだ」


 そう言ってヨザクラは噴水の脇にある柱を叩いた。


「この柱が?」


 近くに寄って触れてみる。

 ヒンヤリと冷たい。何かの金属だろうか。


 噴水の周りに刺さっている割には、何の装飾もされていない。

 柱とは言ったが、実態は黒い色をした円柱のようなナニカだ。


 同じように調べていたドルディオが声を上げた。


「ほう、こりゃ驚いた。こいつぁアダマンタイトでできてるな」


 アダマンタイト、一番硬いと言われている金属だ。

 加工難易度が高いわりに、魔法との親和性が低いということで、不人気の金属だったな。


「このアダマンタイトの柱が、一番古いと思われるものってことか」


「あぁ、これは昔っからここにあったそうだ。いつからここにあったのかは知らないが、相当古いと聞いたことがある」


 うーん。こんな柱に覚えはないな。


「だれか、この柱について聞いたことあるか?」


 これだけたくさんのアダマンタイトが使われているなら、誰かは知っていそうなものだ。特にドルディオあたり。


 しかし、皆そろって首を振る。

 誰も心当たりがないようだ。


 ということは、この柱は千年前よりも新しい時代に作られたのだろう。


 少しぐらい、俺たちが知っているものが残っているかと思ったが、これが一番古いなら諦めるしかないか。


 千年の時間は伊達じゃないな。


 ガラリと変わった世界は面白くもあるが、ここまで変わってしまうと……。



 街の案内だけじゃお礼には足りないからと、今度はヨザクラに食事処へ連れていかれた。


 店内に入るとヨザクラに気づいた客が騒然とし始めたので、俺たち一行は奥の個室へ。

 ヨザクラだけではなく、俺たちにまで丁重に扱われて、なんだかVIPになった気分だ。


「ここなら落ち着いて食事ができるだろう」


 ヨザクラはどかっと椅子に腰を下ろして首を回す。今まで気を張っていたみたいだ。


「どこに行ってもすごい人気だもんな。群衆に埋もれた時はどうしようかと思ったぞ」


 クラリスの体調もあって、軽く見捨てていたからな。


「騎士団として街の人たちから好かれるのはありがたいことだ。それによくある事だからもう慣れている」


 そう言って苦笑いするヨザクラ。


 なるほど、こういう謙虚なところが人気のポイントなのか。


 それからしばらくは、運ばれてきた食事に舌鼓を打ちながら、ハーヴィスの街について話していた。

 おすすめの武器屋だったり、食べ物屋だったりと、仲間たちが好きそうな場所も教えてもらったので、また今度行ってみようと思う。


 街の中についてはある程度わかったが、そうなると今度は壁外についても聞いてみたくなった。


「ヨザクラは第7壁の外に行くことはあるのか?」


「もちろんだ。騎士団の任務には、壁外の監視警戒も含まれているからな。魔物の動向を調査したり、門の近くの現れた魔物に対処したり、壁外でやることは色々あるぞ」


 ヨザクラ曰く、街中の治安管理は衛兵のような兵士が受け持ち、騎士団の役目は脅威となる外敵の相手だそうだ。

 そのためどんな敵とも戦えるように、迷宮での訓練も実施しているらしい。

 以前助けた騎士団員もその訓練中だったようだ。


「現在壁外の脅威はどれくらいなんでしょうか? 街の方から情報を集めても、壁外については知らない方がほとんどなんです」


 情報集めに熱心なジークが、壁外のことを聞くチャンスとばかりに質問をする。


「んー、あー。壁外の脅威かぁ」


 尋ねられたヨザクラは気まずそうに視線を宙に泳がせる。


「まぁこれから話そうと思っていた事にも関係があるからいいか」


 やがて、諦めたようにため息をつき、姿勢を正した。


「……現状、壁外に関しては絶望的だ。俺たち人類に勝ち目はねぇよ」


 この街で誰よりも慕われている騎士団長はそう言った。

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