第10話 騎士団員の報告
ハーヴィス騎士団の旗が垂れ下がる執務室。
ヨザクラは団長用の執務机で、書類を片手に部下の話を聞いていた。
「……という事で、全ての観測拠点が同じ様な事を伝えてきています」
年若い部下が背筋をピリッと伸ばして報告する。
「三ヶ所全部がか?」
「はい。北西、西、南西の三ヶ所全てです」
第7壁と呼ばれる壁の向こう側。
黒い魔物が跋扈する西の領域には、魔物の侵攻を察知するための場所が設けられている。
文字通り魔物を観測するための拠点だ。
「魔物が減っている……か。原因は?」
「不明です」
ヨザクラの表情が困惑したものになる。
「これまでの魔物の動きで、少なくなる状況というのは聞いたことがない」
観測拠点の主な役割は、増加する魔物を早期に発見することだ。これが魔物の侵攻予測に役立ってくれている。
今回は前代未聞の減る自体という事で、安心してもいいものかどうかとヨザクラは悩む。
「ダーインゴ帝国側に流れた、とかですかね」
魔物の侵攻を阻む第7壁は南北に伸び、北はダーインゴ帝国、南はルチーハ王国の別の貴族が治める領地と接続している。
どちらも領都ハーヴィスの街と同じで魔物の領域と接する最前線だ。
領都ハーヴィスから最も近いのが、北のダーインゴ帝国だ。その為、魔物の動向に関する話では1番に名前が上がる。
「うーむ。憶測だけで判断するのは危険だ。至急偵察部隊を編成して、異変がないか確認に向かわせてくれ」
「了解しました」
年若い部下が足早に出ていくのを見送り、ヨザクラは椅子に体を預ける。
「どうにも嫌な予感がする」
明るい情報が無い中で見つかった異様な状況。
自分たちの都合の良いように世界が動いてるとは、ヨザクラには到底思えなかった。
このまま考えていても気分が滅入るだけだと思ったヨザクラは、気分転換にお茶を淹れてくつろぐ。
ホッと一息。事務仕事で凝り固まった筋肉が解されていくような解放感を味わう。
そこへ、先程とは別の騎士がやってきた。
「失礼します。団長に報告があって参りました」
「テオドールか、今日は迷宮訓練の日だったか。俺のところまで報告とは珍しいな」
ヨザクラは名残惜しく思いながらも、弛緩した体を起こし、椅子に座り直した。
「はい。迷宮での出来事について、先んじて大隊長に報告をしたのですが、団長にも同様の内容を伝えてほしいとのことでして」
「ほう」
大隊長が報告を回したことも、それが若手有望株のテオドールだったことにも、ヨザクラは興味を惹かれた。
「本日、我が部隊は迷宮にて訓練を実行。ランク70の草原地点を中心に活動をしていました」
「相変わらず優秀だな」
騎士団員の中でも、ランク70帯で活動できるものはそうそうない。研鑽を積んだ中堅騎士の領域だ。
「ランク70帯での訓練を終え、部隊で話し合った結果、今度はランク80の岩山エリアを試してみよう、ということになりました」
ランク80といえば、騎士団の中でも一部の者しか活動できない難所だ。いくら有能な若手部隊とはいえ、これは軽率な判断だと言わざるを得ない。
「ほう、それで」
ヨザクラの返事が、1トーン低くなる。
「ランク80帯でも魔物との戦闘は順調でした。難易度はあがりましたが、我々の練度で対応可能な範囲でした」
この報告に、ヨザクラは素直に感心した。有望とは思っていたが、まさかここまで成長していたとは。
「ランク80でも戦えるようになったという報告だったか」
「いいえ、ちがいます」
安堵したのも束の間、テオドールの否定で不安がよぎる。
「ランク80の岩山エリアでリックが足を踏み外し、崖下に転落してしまったんです」
「なんだと!」
現地を知るヨザクラは、高低差の激しい岩山から落ちる事態を簡単に思い浮かべることができた。
運が良くても大怪我は確実だ。
「幸い、リックは怪我をしていましたが、命に別状はありませんでした。ただ、リックが落ちた崖下が……」
「崖下? なにかあったのか?」
岩山エリアの記憶を引っ張り出して崖下を思い返すが、何があったのか思い浮かばない。
「ランク100の遺跡エリアだったんです」
「……そうか」
ヨザクラの心を諦めの色が支配する。
ランク100。三桁超えとも呼ばれるこのランクは、迷宮を探索する者にとって特別な意味を持っている。
ランク100から先は、魔物の強さが跳ね上がり並大抵の者では太刀打ちできない難所だ。
騎士も冒険者もこの領域に至れるのは、多くの死線を潜り抜けた大ベテランばかり、故に敬意と畏怖を込めて三桁超えと称される。
いくらテオドール達が優秀とはいえ、三桁超えには程遠い。
「リックの救出は無理だったか……」
「いいえ、リックは無事です。我が隊は五体満足で帰還しております」
鎮痛な面持ちだったヨザクラが、テオドールの返事を聞いて目を見開く。
「無事だったのか!?」
「はい。幸いなことに、近くにいた冒険者の方に助けていただきました」
この街にも三桁超えの冒険者がいないわけではない。救援が可能な者たちを思い浮かべてヨザクラは納得する。
「なるほど、アイツらが近くにいたのなら、無事というのも頷けるな」
騎士団長として、この街の上位冒険者とは面識がある。その中の誰かはわからないが、団員を助けてくれた事には感謝しかない。
礼は必要だが、大事にならなかった事にヨザクラはホッとした。
「実は今回の報告を直接団長にすることになった理由が、この助けてくれた冒険者が、知らない冒険者だったからなんです」
「んん? 知らない冒険者だと?」
ヨザクラは眉根を寄せて聞き返す。
騎士団として武力を持つ者の情報は職務にも関係する。この街で三桁超えの者は当然ながら、もう少しで三桁に至る者だって把握している。
全く知らない冒険者をランク100のエリアで見かけるというのは普通ならば考えられない。
「彼らは、あの有名なおとぎ話に出てくる〈エルドラド〉を名乗っておりました」
その名を聞いてヨザクラは、冒険者ギルドで出会った8人の冒険者を思い出した。
〈エルドラド〉の名に反応したリカルドが、難癖をつけていた冒険者たちだ。
「あの者たちか」
「知っているのですか?」
自分たちが第一発見者だとでも思っていたのか、テオドールは驚いた顔をした。
「ああ、今朝、冒険者ギルドで見かけたんだ。この国に来たばかりと言っていたから、知らない冒険者というのも当然だな」
こんな偶然もあるのかと思いながら、ヨザクラは今朝の事を思い返す。
リカルドに詰め寄られた〈エルドラド〉の面々だったが、全く動じる様子がなかった。
あれが三桁超えの貫禄だと言われれば納得ではある。
となるとヨザクラは彼らの実力が気になった。
「で、〈エルドラド〉の強さはどんなもんだったんだ?」
ヨザクラは机に前のめりになってテオドールに聞きいた。
ランク100の遺跡エリアで助けてもらったということは、少なくとも三桁の実力はあるのだろう。
ハーヴィス家の武力を扱う身としては、これは非常に興味がそそられる内容だ。
「団長はロックゴーレムと戦われたことはありますか?」
「俺だって三桁超えだからな。もちろんあるぞ。あのやたら硬い石のバケモンだろ」
ほとんどの攻撃が通らないタフな魔物だ。あれを倒すにはかなりの攻撃力が必要になる。
何度か戦ったことはあるが、とにかくダメージを与えるのに苦労した印象をヨザクラは持っていた。
「そのロックゴーレムを瞬く間に倒していました」
「なんだと!? あれは火力のある連中を揃えても、5分以上はかかるぞ!」
ヨザクラが驚きの声を上げる。
ヨザクラの知る範囲で、最も攻撃力が高い者でも、ロックゴーレムには相応の時間を要するはずだ。しかし、テオドールが嘘の報告をするとも思えない。
ならば仮に可能だとして、どうすれば瞬時にあれが倒せるのかを思案する。
「彼ら8人が極めて高い攻撃力を持っていれば、あるいは可能なのか」
導き出した結論は、火力特化8人による一斉攻撃。
これならば実現可能かもしれない。
そんなヨザクラの考察を、テオドールはバッサリ切り捨てる発言をする。
「いいえ、1人でロックゴーレムを倒していたんです」
「あんなバケモノを1人でだと!?」
ありえない。
それがヨザクラの純粋な感想だった。
「リュウイチと名乗る方は、剣を数回振るとロックゴーレム3体が粉々に、アシュレーという獣人の子は、巨大なハンマーの一撃でロックゴーレムもろとも迷宮の床まで砕いていました」
「……そんなことが可能なのか」
ロックゴーレムと戦ったことがあるから、余計にそんな方法で倒せるのかと驚いてしまう。これならまだ、大魔法をぶち込んでましたと言われる方がヨザクラには納得できた。
「おとぎ話ほどとは言いませんが、〈エルドラド〉はかなりの実力があるパーティと考えられます」
テオドールの話を鵜呑みにすれば、彼らはこの街でもトップクラスの冒険者と言えるだろう。
「彼らの人柄はどうだった? 実力者であるなら余計に知っておく必要がある」
「話した感じでは気さくな方という印象です。困っているときはお互い様だからと、救援に関して何も請求されませんでした」
ランク100の救援は、一握りの者しか成し得ないことだ。
そのため、いくらか請求があってもおかしくないのだが、彼らはそれをしなかったと。
「特に問題のある者たちではなさそうか。……彼らについてまだ報告はあるか?」
「いいえ、報告は以上になります」
「わかった、ご苦労」
テオドールは敬礼をすると部屋を出ていった。
その様子を見届けると、ヨザクラは再度椅子に深く腰掛けた。
テオドールは善良だと言っていたが、それだけの実力があるのなら、もう少し確度のある情報が欲しい。
「これは俺が礼を兼ねて、一度〈エルドラド〉を見ておかないとだめだな」
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