第9話 迷宮探索開始

 冒険者ギルドを出て、迷宮へ向かう道すがら、俺はジークに話を振る。


「ハーヴィス男爵だったか? いったい何をそんなに焦っていたんだろうな?」


「理由は分かりませんが、領主とその側近があのような醜態を晒すのはいただけませんね」


 あの後、受付のお姉さんに聞いたところ、リカルドがハーヴィス男爵で、ヨザクラはハーヴィス家の騎士団長ということがわかった。


「領主としての自覚も、側で支える者の覚悟も、足りていないと感じました」


 彼らの素性がわかってから、ジークは特に厳しい反応を見せている。なんでも主従の美学に反するのだそうだ。


「アシュレーは、あの人たち、なんか苦しそうって思ったかなー」


 みんなの周りをぐるぐると走り回っていたアシュレーが、率直な感想を漏らした。


 まだ幼いアシュレーに、大人の機微はわからないが、逆にシンプルな感情を見抜くことがある。


 俺が「苦しそう?」と聞くと、腕を組んでむむむっと考え込んでから答えてくれた。


「なんかねー。上手くできなくて、悔しくて苦しいって感じ」


「あー、なるほど。当主を交代してから、苦渋を舐めさせられてるのかもな」


 理想と現実の違いに対して、うまく折り合いがついていないと起こる、未熟な当主がやりがちな失敗ってやつだな。

 こればっかりは本人の成長で解決するしかない。


 程なくして迷宮門に到着した俺たちは、門をくぐり抜けて第1層に到着した。


「おぉ? なんだ、ここは全く変わってないのか」

「千年経っても同じ光景なんて、考えさせられるねぇ」


 ドルディオとマヤが周りを見渡して呟いた。

 第5層までは俺たちのよく知る迷宮そのままだったからな。

 目新しさを求めるドルディオとマヤには物足りないかもしれない。


「まずは、ギルドに納品する素材を採りに行こう。幸いどれも見知った素材だったから簡単だと思う」


 必要なのは食料、薬草、魔石、鉱石だったかな。

 食料は魔物の肉や自生しているものを採ればいい、薬草も同じように自生している。

 魔石は魔物の体内にあるので魔物を狩る必要があり、鉱石は鉱脈を掘らなきゃいけない。


「この程度の素材でしたら、危険も少ないでしょうから、手分けして集めるのはどうでしょうか?」


 収集する素材のリストを見たジークが提案をしてきた。

 なるほど、それもアリだな。

 

「わかった、なら組み分けは……」


 薬草は自然を熟知しているエルフのクラリスと、錬金術師として薬に精通しているマヤ。

 魔石は魔物と戦いたいセシルと、火力調整が苦手なニーナに任せておいて。

 鉱石は鍛治師のドルディオとジークの男コンビで頑張ってもらう。


 食料は消去法で俺とアシュレーになった。


「アシュレー、よろしくな」


「おう! リュウ兄もよろしくなー」


 元気よく答えるアシュレーを見ていると、こっちまで元気になってしまうな。


 アシュレーと共に、迷宮内を進み素材を次々と獲得していく。


「奥に行けばもっと美味しいものいっぱいあるのに、なんで行かないの?」


 迷宮に自生する麦をズバズバと刈り取っていると、アシュレーから疑問の声が上がった。


「買取対象が低難易度のものばかりなんだ。たぶん、質より量を求めているんだと思うぞ」


 どれも新人でも入手可能なものばかりだった。

 これは数を欲しているということだろう。


「おー、なるほどなー」


 この様子だと、アシュレーのやつ分かってないな。


「美味しくて少ないご飯と、普通でお腹いっぱいになるご飯ならどっちがいい?」


「お腹いっぱい!」


「そういうことだ、みんなお腹いっぱいがいいんだろう」


「なるほどなー」


 なんか伝わっていない気もするが、まぁいいか。


 第2層や第3層の方が絶対美味いと思いながらも、郷に入っては郷に従えの精神で食材を集めて回ることにした。


 草原エリアでは豚の魔物を狩っていく。この豚ももっと美味しいのが下層にいるが、求められてるのはこいつらの肉だから仕方がない。


 二人で次々と豚を倒す。が、急にアシュレーが立ち止まった。

 ぴょこぴょことケモミミを動かしているようだ。


「どうした?」


「今、音がしたよ」


 獣人種のアシュレーは俺たちよりも優れた聴覚を持っている。

 その聴覚が何かの音を捉えたようだ。


「音?」


「うん、助けて〜の笛の音」


 救難信号じゃないか!


「どっちだ!?」


「あっち」


「よし、いくぞ!」


 二人で笛が鳴った方角へ走り出した。


 草原エリアを抜け、岩山エリアに入る。

 ここまできたら俺の耳にも笛の音が聞こえるようになった。


 音の発信源は……あそこか!


 鎧を身につけた一団が、崖下でロックゴーレムと戦っているようだ。

 5人中4人が応戦中で、1人は倒れ伏している。


「この岩ヤロウ!」

「硬てぇ、どうすりゃいいんだ」

「とにかく耐えろ!」


 頑丈さだけが取り柄のロックゴーレムを相手に、4人は攻撃を仕掛けているが、有効打を与えられていない。


 これは劣勢と判断して介入するべきか。


 そう考え、動き出そうとすると、さらに4人の声が大きくなった。


 あれは!?


「おいおい、マジかよ!」

「誰かー! 誰かいないかぁっ!」


 岩陰からさらに3体のロックゴーレムが現れ、崖下の集団に近づいてきていた。


 彼らの背面は岩壁、おまけに負傷者もいる状況。


「アシュレー手前の1体を頼む!」

「はーい!」


 マジックバッグから武器を取り出し、崖下の3体のロックゴーレム目掛けて飛び降りる。


 空中で剣を数回振って着地。


 頑丈なロックゴーレムといっても、弱点が無いわけではない。戦い方さえわかっていれば対処は可能だ。


 3体のロックゴーレムは、俺の斬撃でコアが潰れ、粉々になって消え去った。


 遅れて飛び降りたアシュレーは、自分の体よりデカいハンマーを取り出して、応戦している4人の中央目掛けて落下。勢いそのままロックゴーレムにズドンと振りかぶった。


 アシュレーの強烈な一撃がロックゴーレムを粉砕し、そのままの勢いで地面を激しく打ち付ける。


 轟音と共に舞い上がる砂煙。

 これはアシュレーのやつ加減に失敗したな。


 邪魔な砂煙を風魔法で飛ばすと、アシュレーが落ちた場所が見えてくる。

 そこには直径3メートルほどのクレーターの上でドヤ顔をするアシュレーがいた。




 

「「「本当にありがとうございました」」」


 鎧の5人組が声を揃えてお礼を言う。

 

「笛が聞こえたら助けるのは当たり前だ。そこまで気にしなくていいぞ。同じ迷宮を探索する仲間みたいなものだからな」


「いえ、そういうわけにはいきません。せめてこの事は上の者に報告させていただきます!」


 5人組のリーダーを務める男は、生真面目な性格のようだ。


 きっちりしたお礼がしたいと言ってきたが断った。困った時はお互い様だ。それに救援の度に、大事にしていたらキリがない。


「わかった、わかった。報告とかは好きにやってくれ。じゃ、俺たちは資源を採りに戻るからな」


「はい! ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」


 5人の鎧の男たちによる礼は暑苦しいな。

 とはいえ、無事に助けることができたのでヨシとしよう。

 

 彼らはもともと、上の岩山エリアで活動していたが、仲間の一人が足を踏み外し崖下に滑り落ちてしまったらしい。

 仲間を救出するために降りたのはいいが、不幸なことに崖下のエリアは、彼らにとって格上のエリアだったそうだ。

 徘徊しているロックゴーレムに見つかり、死なないように応戦しながら救難装置を起動。で、俺たちが現れたという流れだ。


 迷宮ランクという方法で安全なエリアを見定めても、こういうアクシデントでの危険ってのはやっぱり残っているんだな。


「リュウ兄。さっきの人たちって、朝のおじさんの仲間だよね?」


 元の狩場に戻るとアシュレーが質問をしてきた。が、何が聞きたいのかわからん


「朝のおじさん?」


「なんか、ギルドでリュウ兄に大きな声を出していた人の仲間のおじさん」

 

 んー、記憶を呼び起こす。ギルドで大声ってのはリカルドのことで、その仲間は……ヨザクラのことか!


「よく覚えていたなアシュレー。確かに、ヨザクラとさっきの5人の装備は似ていたな」


「えへへ、でしょー」と言って上機嫌になるアシュレー。


「ということは、あの5人組は騎士団員だったのか」


「助けられて良かったねー」


 にこにことしているアシュレーに近づくと、その頭を無造作に撫でた。


「これもアシュレーが笛の音に気付いてくれたおかげだな。お手柄だぞ」


 くしゃくしゃっと頭を撫でると、アシュレーは気持ちよさそうに目を細め、えへへーと笑っていた。


「しかしこの付近のエリアは懐かしいな。あんな風に行き詰まる冒険者が多いから、独自の名前が付けられていたもんな」


 第2層手前の難関として割と有名な場所だったはずだ。

 たしか……。


「新人の壁って名前だったな」

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