第8話 遭遇

 翌朝、俺たちは冒険者ギルドに向かっていた。

 

「ねえリュウイチ。ホントに第5層について聞かなくていいの?」


 道すがら、ニーナが心配そうに話しかけてきた。


「それじゃあ面白くないからな。自力で道を切り開いていくのが冒険だろ? 特に迷宮に関しては俺も自信がある」


 ニーナは冒険者ギルドで第5層の情報を集めてはどうかと言うが、俺はそんな手は使いたくない。

 自分たちで解き明かしていくのが楽しいんじゃないか。

 答えを知ってから挑むのは冒険じゃない。


「千年後でも相変わらずなのね。きっと誰かが攻略したあとなんだから、情報を集めて楽すればいいのに」


 やれやれとニーナは首を振る。


「自分もこの件に関しては貴女に賛成ですが、リュウイチ様は考えを改めるつもりはないでしょうね」


 すぐそばにいたジークが肩をすくめて答えた。


 「あぁ、その通りだな。全くない」


 さすが、ジークは俺のことをよく分かっているな。


 二人には悪いが、これまで迷宮を自力で攻略してきたという、俺のプライドが許さないんだ。

 それに、他人の情報がどこまでアテになるのかわからないからな。



 ほどなくして俺たちは冒険者ギルドに到着した。


 朝だからなのか、今はあまり人がいない。併設されている酒場も閉まっているようだ。

 

 混雑を避けられた事に喜びながら、昨日対応してもらった受付に向かうと、奥から大きな声が聞こえてきた。


「何故なんだ! 街のためなら、それくらい動いてくれてもいいだろう!」


 なにやら喚いているようだ。


 声の聞こえた方を見てみると、騎士風の男が喚く男を羽交い締めにして、ギルドの奥の部屋から出てきたところだ。


 声の主は引きずられながらも喚き続けている。


「この街が落ちたら、元も子もないだろ! 何故それがわからない!」


「リカルド様、落ち着いてください。もう話し合いは終わっておりますよ」


 騎士風の男はギルドのロビーまで到達すると、リカルドと呼ばれた男を解放した。


「くそう! ヨザクラ、なんであいつらは協力してくれないんだ!」


「残念ですが、冒険者にも事情というものがあるのでしょう」


 先ほどから文句を言い続けているのがリカルドと呼ばれた若い男だ。冒険者とは真逆の小綺麗な格好をしている。


 そのリカルドをなだめているのが、ヨザクラと呼ばれた壮年の男だ。門の兵士よりも遥かに上等であろう鎧を身に着けているので、雰囲気が騎士っぽい。


 ぱっと見、わがままなお坊ちゃんと、お守りの護衛騎士って感じだ。


 経験上、この手の存在には関わらない方がいいと知っている。面倒ごとの予感しかしない。


 まだブツブツと話している二人組を避けて、俺は受付に向かった。


「すまない、今日は聞きたい事があって来たんだが」


「おはようございます。〈エルドラド〉の方たちですね。どうされましたか?」


 受付のお姉さんが、にこやかに対応をした瞬間、大きな声が聞こえてきた。


「〈エルドラド〉だと!?」


 後ろを振り返ると、威嚇をするような鋭い表情のリカルドが、こちらへ向かってきていた。


 避けたはずの面倒が寄ってくるとか。勘弁してほしいな。


「おい、今聞こえた〈エルドラド〉はお前たちのことか?」


 険しい顔で詰め寄ってくるリカルドに対して、俺は辟易とした態度で対応する。


「そうだが?」


「その名が、この国でどれだけの意味を持つのか、わかっているのか!?」


 リカルドのボルテージが一段階上がった。

 あぁやっぱりこれは、面倒ごと確定か。


「そんなこと知らん。俺たちはこの国に来たばかりなんだ」


「なっ、神聖な名をこんな無知な奴らが名乗るなんて!」


 こいつも、おとぎ話がうんたらかんたらと言い出すんだろうか。困ったな。


 リカルドのボルテージがさらに上がっていくのを見て、慌てた受付のお姉さんが声を発する。


「あ、あの! その方たちは冒険者ギルドの手続きを経て、正式に〈エルドラド〉と名乗ることを認められています!」


 正直助かった。第三者の言葉なら彼も理解してくれるだろう。


 そう思いリカルドを見ると、彼はワナワナと震え……叫び出した。


「また、冒険者ギルドのルールか! こんなところでも俺の邪魔をするのか!」


 あぁ、これはどうやら別の琴線に触れてしまったようだ。

 激昂するリカルド。これはどうしたものか。


「リカルド様、落ち着いてください。もう屋敷に戻りましょう」


 ヨザクラが、俺とリカルドの間に入り引き離す。

 抵抗するようにリカルドはヨザクラの鎧を叩くが、ヨザクラはそれをじっと受け止めていた。


「くそう! くそう! どいつもこいつも!」


 しばらく叩き続けていたリカルドは、やがて、諦めたように踵を返す。


「もういい、ヨザクラ、帰るぞ!」


 そう言い残してリカルドは冒険者ギルドを出て行く。


 ヨザクラはリカルドが出ていった事を確認すると、皆に向かって頭を下げた。


「主の非礼、誠に申し訳ない」


「俺たちは気にしてないから大丈夫だ。それより追った方がいいんじゃないのか?」


 昔の冒険者の洗礼なんてあんなものじゃなかったからな。わがまま坊主がちょっと絡んできたくらいなんて事はない。

 むしろあの機嫌で出ていって、新しい揉め事が起きていないか心配になる。


「すまない、では失礼する」


 そう言ってヨザクラも出ていった。


 さて、本来の用件に戻ろうか。

 そう思い、受付に向き合うといきなり謝られた。


「すみません、私がパーティの名前を出したせいで。配慮が欠けてました」


 受付のお姉さんの〈エルドラド〉呼びで、リカルドが超反応してきたが、そんな事気にしなくていいのに。


「俺たちは〈エルドラド〉の名を隠すつもりなんて、微塵もないから大丈夫だ。おとぎ話がどうのとか、知ったこっちゃない。これからも遠慮なく呼んでくれ」


「わかりました。では今後ともそのように対応しますね」


 受付のお姉さんが笑いながら答えてくれた。


「で、今日は聞きたい事があったんだが」


「あ、そうでしたね! どのような事でしょうか?」


「迷宮で採ってくる資源についてなんだが……」



 受付のお姉さんに、どの資源がいくらで取引されているのかを聞いてみた。


 第5層の探索も大事だが、冒険者としての基盤を1週間以内に確立しなきゃいけない身としては、今求められているものを採ってくるのも重要だ。


 この時代で、迷宮の何が求められているのか、素直にギルドを頼った形だ。


 しかしこれは先に聞いておいて良かった。

 なぜなら、求められている資源の種類がかなり少なかったからだ。

 危うく、余計なものを持って帰ってきて、売れないなんて事になるところだった。


「かなり偏った買取状況なんだな。食料品と薬草に魔石、後は鉱石か」


「これ以外のものに関しては、現在買い取るだけの余裕がないんです」


 薬草は薬品に、魔石は燃料に、鉱石は兵器になるからな。まさに軍需品といえる内容だ。

 とはいえ、入手するのにそこまで難しいものもないので、第5層の探索と並行して納品が可能だろう。


「それから、俺とニーナは昨日お試しで迷宮に潜ったんだ。これで迷宮ランクというやつは測れるのか?」


「それなら、正確な数値が出るようになっていると思いますよ。早速測りますね」


 受付のお姉さんが、昨日も見た銃のような魔道具を使う。


「ぬぬぬぬ。アレ? おっかしいなぁ」


「どうだ?」


 この光景、昨日も見た気がする。


「まだうまく測れないみたいですね。もう少し経ってから測定しましょうか」


 迷宮ランクというものにも興味があったんだが、測れないなら仕方がない。

 次は全員まとめて測れるように、数日空けてお願いしてみるか。


 これで聞きたい事は大体聞けたかな。


 あ、そういえばリカルドとヨザクラについても聞いておくか。


「ところで、さっき絡んできた二人はギルドの奥でも揉めていたようだが、何かあったのか?」


 俺の質問に、受付のお姉さんは困った顔をしながらも、答えてくれた。


「実は……」


 要約すると、彼らは冒険者ギルドからの援助を願ったそうだ。ギルドとしては依頼という形で引き受ける事は可能だが、そうなると金銭の支払いが発生する。

 今すぐにお金は用意できない、だが手伝って欲しい。そんな内容だったようだ。

 最終的には、危機が迫っているのだから、力を貸すのが当然だと言ってきたらしい。


「ギルドも物資や人手を集めるとなると、支払うものが無いと集められないんです。冒険者の方はその日暮らしの方も多いですから」


「ギルドの仕組みも知らずに無茶を言ってきたわけか。災難だったな」


 リカルドの若さを思うと、実力不足の経験不足が無茶を通そうとした感じか。


「もうウチのギルドは慣れたもんですよ。ハーヴィス男爵の癇癪も、今に始まったことではないですからね」


 あれ? 今、男爵って言った?


「先代の頃はそうでもなかったのですが、リカルド様の代になってもう何度目になるのやら」


 受付のお姉さんはうんざりした様子だが、ちょっと待てほしい。


 さっきのが、最近代替わりした領主だったのか。

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