第7話 千年後の世界について
新第5層の登場でテンションがマックスになった俺は、ルンルン気分で探索をしていた。
階層が深いだけあって、出現する魔物は今までの魔物よりもはるかに強い。
それに初めて見る魔物ばかりなのでとても楽しい。
ノリノリで戦闘と探索を繰り返していたが、ある時ニーナが静かになっている事に気がついた。
俺の経験と勘が激しく警告してくる。
……これは、ヤバいやつだ。
「あ、あーちょっと夢中になりすぎちゃったかなぁ」
タハハ、と愛想笑いをしつつニーナの顔を伺う。まずは様子見だ。さぁどうだ。
ニーナの表情は陰になって見えないが、小刻みに震えてブツブツ言っていた。
「…………私、さっきから……のに……全然……だっていうのに……なんで……聞いて……」
ヤバい、ヤバい、ヤバい。これはヤバい。
「いや、ニーナ聞いてくれ。これはその……」
なんとか言い訳をしようとするが、言い終わる前にニーナがサッと顔を上げた。
その表情は怒りに満ちていて……。
「この、迷宮ヲタクがぁぁぁぁ! 何回、そろそろ帰ろうって、言ったと、思ってんのよぉぉぉぉぉ!」
膨大な魔力の奔流と共にニーナの怒声が炸裂する。
やっぱり出てしまった。ブチギレニーナの登場だ。
「すみません! すみません! 申し訳ございません! ワタクシが大変悪うございました!」
素早く土下座になり、ひたすらに謝りまくる。
荒れ狂う魔力が地面を抉り、木々を薙ぎ倒し、岩を砕く。
「仲間たちにも心配かけちゃうし、遅くなったら宿の食事だって食べれなくなるのよ! なぁにを呑気に新しい魔物だの、新しいエリアだの言ってはしゃいでんの! いい加減にしなさい!」
「本当に、本当に申し訳ございませんでした! つい夢中になっちゃってました!」
やっちまった、目新しい事に集中するあまり、視野が狭くなっていた。
さっきからなにか話しかけているな、とは思っていたが、ついつい生返事で返していたからな。
これは全面的に俺が悪い。
この状態のニーナに対して俺ができるのは、嵐が過ぎ去るのを待つように謝り続けるしかない。
数分後。
「まったくもう。夢中になるのはいいけど、私の言うことぐらいは聞きなさいよね。わかった?」
「はい。すみませんでした」
何度か謝っていると、ニーナの口調もだいぶ落ち着いてきた。
もう怒りは鎮まったと考えていいだろう。
ニーナは怒ると大変だが、後に引かないサッパリタイプなのでこの状態になればもう安心だ。
「じゃ、帰りましょっか……おっとっと」
普通の状態に戻ったニーナが、踵を返すとその反動でふらついた。
「大丈夫か?」
「平気よ。ちょっと魔力を放ちすぎただけだから」
困ったような笑顔を浮かべるニーナ。
俺の性分のせいでニーナに余計な負担をかけさせてしまったか。これは反省だ。
その後、帰り着いた俺たちは、無事に宿の食事の時間に間に合った。
仲間たちもみんな揃っていたので、全員で宿の食堂へと向かう。
「色々と報告をしたいことがあるんだが、みんなはどうだ?」
食堂のテーブルを8人で囲むと、俺は皆に話しかけた。
「まずは自分から報告させていただいてもよろしいですか?」
真っ先に答えたのは情報収集をすると言って別行動をしていたジークだ。
俺が頷くと、ジークはそのまま言葉を続けた。
「自分が最初に確認したのは年代ですね。女神の話では千年後ということでしたが、確証がなかったので調べておきました。細かい年数までは残念ながら資料不足で追えませんでしたが、概ね千年経過していると考えて問題なさそうです」
なんでも、今はルチーハ王国歴471年らしい。それ以前はまた違った名前の暦だったようだが、俺たちと馴染みのあるものではなかったようだ。
それでもなんとか調べた結果、約千年ということらしい。
「資料不足って話だが、オイラたちがいた時代は書物もたくさんあったし、歴史の価値も理解してただろ。後世に伝えることにも前向きだったと思うんだが、残っていなかったのか?」
ドルディオが腕を組み首を傾げながらジークに尋ねた。
「過去に何度か激動の時代があったようです。それに加えて、ここより西の国は交流が途絶えているので、そちらで保管されていた史料は絶望的ですね」
なるほど、そういった理由があったのか。
アシュレー以外の全員が、納得したように頷いている。アシュレーは食べるのに夢中で、そもそも話を聞いていない。
「このハーヴィスという街は、ルチーハ王国の一番西に位置しています。領主はハーヴィス男爵家という古参の貴族家のようですね。ただ、このハーヴィス家は最近当主の交代があり、少し不安定な状況にあるそうです」
自分が調べたのは以上ですと言い、ジークの報告が終わった。
年代と街については大体理解したが、俺たちの時代とは全然馴染みがないんだな。
「アタシもこの街を散策したから、街の不安な空気は感じ取ったけど、政変の困惑っていうよりは、もっと別のものだと思ったねぇ」
妖美な雰囲気を醸し出すマヤは、魔法薬の材料探しや魔道具の調査に行っていたはずだ。彼女も街で何かを感じたようだ。
「あれは戦疲れかもしれないね。薬草を見に行ったら、見事に治療用のものは無くなってたんだから」
これは錬金術師ならではの視点だな。
回復用の素材が枯渇しているというのは有事を感じさせる要素だ。
「オイラも武器屋の少ない品揃えや、鍛冶屋の慌ただしい稼働具合を見てきたから、戦ってのは納得できるな」
そこに、武器屋と鍛冶屋巡りをしていたドルディオの意見も加わった。
マヤとドルディオは街を散策して、戦いの雰囲気を感じたということか。
「アシュレーたちは、街で何かあったか?」
彼女たちも街の様子を見に行っていたはずだ。
ガツガツと食事を食べているアシュレーが、ゴクリと口に中のものを飲み込むと、元気よく答えてくれた。
「アシュレーすっごい美味しいソース見つけたんだよ!」
瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みで美味しいソースというものについて語り出した。
残念ながらほとんどの内容が擬音なので理解できなかったが、千年後の食べ物をたくさん食べて、白くて何にでも合うソースを見つけたという事はわかった。
アシュレーは大満足だったようだが、少し気になる部分もあった。
「この時代の通貨を持っていないのにどうやってそんなに食べたんだ?」
講習の時に千年前の通貨を出して、それとなく聞いてみたが、この時代では無価値だということが判明している。
つまり俺たちは今、無一文なんだ。
俺が質問するとアシュレーは首を傾げただけだったが、隣にいたクラリスが苦笑しながら答えてくれた。
「実は屋台の方が、物欲しそうに見るアシュレーの視線に負けたのが原因なんです……」
屋台のおっちゃんが食べ物をじっと見つめるアシュレーに親はどこだと声をかけたそうだ。
聞かれたアシュレーが「もういない」と答えると、屋台のおっちゃんは何を勘違いしたのか、こんなご時世だもんなと涙ぐみながら串の一本をくれたらしい。
「なんとまぁ、それなら今度料金を払いにいかないとダメだな。いいおっちゃんを騙したみたいになってしまう」
「あっ、それは大丈夫だと思います。実はその後、串を食べたアシュレーが大声で絶賛するものですから、お客さんがすごい集まったんですよ。屋台の方もいい宣伝になったと喜んでましたから」
その時の様子を思い出したのか、クラリスは口元に手を当てて小さく笑う。
「アシュレーすごい褒められたんだよ! 食べ物もいっぱい貰ったし」
「あまりにアシュレーの反応がいいので、他の屋台の方たちも次々と食べ物を持ってきてくれて、大人気だったんです」
みんないい人だったねと、アシュレーとクラリスは頷き合っている。
楽しそうな二人を見ていると微笑ましい気持ちになるな。
「この二人は楽しく過ごせたようだが、護衛のセシルはどうだったんだ?」
これまでの間、ずっと静かに食事をしていたセシルに話を振る。
たしかニーナにうまく誘導されて二人の身辺警護をしていたはずだ。
「……特に問題は無かった」
静かに答えたセシルの尻尾を見る。力なく垂れ下がっているな。
「修行にはならなかったのか?」
「いや、サブリーダー殿の言うとおり、ずっと気を張り詰めて研ぎ澄ますのはとても良かった。ただ……」
セシルの尻尾がビタンと床を打つ。
「我は千年後の戦闘技術を楽しみにしていたのだ。一人ぐらいは襲ってきて欲しかった」
そう言うと、セシルは黙々と食事を再開した。
セシルには残念かもしれないが、治安はそこまで悪くないということか。
「色々な話が出ましたが、要約すると、領主の男爵家が不安定な状態で、街の人々は戦で疲弊している。屋台の方のこのご時世という言葉からも伺えるように、今はあまりいい状態ではないようですね」
ジークが口元を拭いながら、これまでの話をまとめてくれた。
「門での話だと、魔物の領域と隣接している最前線って言ってたから、その影響なのかしらね」
皆が食べ終えた食器をまとめていたニーナも会話に加わり、みんなであーだこーだと言い合うことに。
結果、やはりこの街の状態は少し危ういという結論になった。
「リュウイチ様、今後はどのように活動しましょうか」
ジークが俺を真っ直ぐに見据えて問いかけてきた。
仲間たち全員の視線が俺に集まる。
ジークの言いたい事はわかる。
あまり良くない街の現状に対して、どこまで踏み込むのかという話だ。
この件に関して、すでに俺の中では答えが出ている。
「ここは俺たちの世界ではなく、千年後の人たちの世界だ。問題を解決するのも、この時代の人の手によって行われるのが正しい姿だと思っている。だから、千年後の人たちの役割を取るような事はやりたくないんだ」
そもそも、千年前からやってきた俺たちが役に立つのかどうかもわからないからな。
「では、目の前で魔物に襲われている者がいても見捨てるという事ですか?」
ジークが突っ込んだ質問をしてくる。
「それは違う。人道的な対応が必要なら当然やる。ただ、こちらから何でもかんでも首を突っ込んで、お節介を焼くことはしないって事だ」
俺の説明を聞いて皆が納得したような表情になる。
ジークもそういう事でしたかと言って、引き下がってくれた。
「じゃあ、私たちの活動はその方針でいきましょ。要するにでしゃばらないってことね」
ニーナが音頭を取ると皆が頷いた。
俺たちのスタンスはこれが一番いいんじゃないだろうか。
それに、わざわざ千年後に来たのは冒険のためだ。
余計な事で時間を無駄にしたくない。
これで話は終わったかのような雰囲気になった。が、そうじゃない。
まだ一番大事な事を伝えていない。
「最後は迷宮についてだな」
俺の言葉を聞いて、皆が思い出したように反応する。
「そういや、リュウイチたちは迷宮に行ったんだったな。どうだったんだ?」
一番反応が早かったのはドルディオだ。彼はすぐに身を乗り出して聞いてきた。
他の仲間たちも、ドルディオほどではないが、興味があるようだ。
「収穫はあった。明日から毎日、迷宮に行くぞ」
俺はみんなの顔を見渡してニヤリと笑い、そして告げた。
「迷宮の新階層を攻略する」
俺はこの為に千年後に来たんだからな。
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