第4話 冒険者ギルドにて

 冒険者ギルドの中に入ると、中にいた冒険者たちから一斉に視線を向けられた。


 受付に並んでいる者や、併設されている酒場でくつろいでいる者が、何だこいつらは? と目で語っているようだ。


 さっきまで賑やかな声が聞こえてきていたが、いまはシーンと静まり返っている。


 そんな中、酒場にいたスキンヘッドの大柄な男がこちらに近づいてきた。


「リュウイチ様、ここは自分が」


「いや、いい。俺に任せてくれ」


 ジークが前に出ようとするが制止する。


 冒険者ギルドの洗礼なら俺が適任だろうからな。


 剣呑な雰囲気を出す男が俺の目の前に立った。

 お馴染みの洗礼なら、ここで盛大に喧嘩を吹っかけられ……。


「お前さんたち新顔か! よく来てくれたな!」


 満面の笑みで俺の肩をガッチリと掴む男。


 あれ? なんか展開が違う。

 本来なら、「テメェどこのもんだ?」から始まるはずなのに。


 驚きつつもなんとか言葉を捻り出す。


「あ、あぁ、今日この街に来たんだ」


「そうかそうか! いやぁありがてぇ、仲間が増えるのは大歓迎だ! おい、こいつらを先に受け付けてやってくれ!」


 男が大声で伝えると、受付の列がサッと移動し、空いたスペースに連れて行かれる。


「新しい仲間だって!?」

「おい、あのお姉ちゃん可愛くないか?」

「獣人の子か、確かにな」

「おいロリそっちじゃねぇよ!」


 他の冒険者たちもなんだか歓迎ムードのようだ。

 一部おかしなのが混じっていたような気がするが。


「当ギルドでの活動登録ですよね!」


 受付のお姉さんまで歓迎ムード全開だ。どういうことだ。


 ひとまず、俺たちが西からの避難者でもあることを説明すると、慣れたように手続きを進めてくれた。


「ではまず、こちらで魔力紋の確認をするので手をのせてください」


 受付のお姉さんが拳サイズの水晶をこちらに差し出してくる。


 魔力紋とは一人一人の魔力の波長が違うことを利用して、個人を特定するために使われるものだ。

 俺の知る限りでは、魔力紋の確認は専門職のものだった。それも一握りの人物の魔力紋を確認するだけの職だ。

 そんなのが可能な魔道具なんて初めて見たぞ。


「こうか?」


 おっかなびっくり水晶に手を触れてみると、受付のお姉さんがむむむっと唸り出した。


「あー登録情報がないみたいですね。なら、新規の登録になるのでこちらの用紙に記入してください」


「今ので登録情報が確認できるのか?」


 用紙を受け取りながら、気になったことを聞いてみた。あの短時間で何がわかるって言うんだろうか。


「データに残っていればすぐにわかりますよ。ただ避難者の多くは登録した国が無くなってしまったことで、登録情報も消えてしまっているんですよね」


 あの水晶にそんな力があるとは。この時代の魔道具は便利になっているな。


 俺の仲間たちも当然、登録情報無しとなったので新規で登録することになった。

 必要事項を書き込み受付のお姉さんに渡す。


「俺たち8人はパーティを作って活動していたんだが、パーティの登録も必要なのか?」


「パーティもデータが残ってる可能性があるのでこちらで調べますよ。なんという名前のパーティですか?」


 受け取った用紙に目を通しながら受付のお姉さんが聞いてきたので、何も考えず当たり前のように自分たちのパーティ名を答えた。


「〈エルドラド〉だ」

「え!?」


 その瞬間、受付のお姉さんが固まる。

 聞き取れなかったようなのでもう一度答える。


「だから〈エルドラド〉だ」


 今度ははっきりと伝えたつもりだが、受付のお姉さんは気まずそうな表情で口を開いた。


「あ〜、その名前はちょっとアレですよ。けっこうデリケートといいますか」


 歯切れの悪い受付のお姉さんに代わって、俺たちを受付に立たせてくれた大柄な男が会話に入ってきた。


「おいおい〈エルドラド〉ってのはおとぎ話に出てくる伝説のパーティの名前だぞ。その名前を使うなんて、よっぽどのバカか目立ちたがりだろ」


 大柄な男が呆れたように肩をすくめる。


 おとぎ話? 伝説のパーティ? 俺たちの時代にそんな話は無かったぞ。


 一体どんなおとぎ話なのか気になるが、まずはパーティの名前を決めるのが先だ。


「俺たちは〈エルドラド〉って名前でずっとやってきたんだ。今更変えるのは抵抗があるんだ」


「一応調べてみましたが、登録情報はありませんね。この場合でしたら、新規でパーティを登録してもらうことになります」


 受付のお姉さんがあっという間に調べて教えてくれる。これも何かの魔道具だろうか。

 しかしこの提案は渡りに船だ。


「じゃあ〈エルドラド〉で新規登録をしてほしい」


「わかりました」


 後ろの大柄な男が、おいおいマジかよと、呟いているのが聞こえる。


 俺たちのパーティは〈エルドラド〉と決まっている。周りがなんと言おうが何も問題はない。


 完成した用紙を一通り眺めていた受付のお姉さんが、何かに気づき質問をしてきた。


「職業欄は本当にこれでいいのですか? リュウイチさんは魔剣士になっていますが」


「ああ、問題ない」


 わざわざ嘘を書く必要も無いと思い、俺の戦闘スタイルを素直に書いておいた。

 しかしそれを聞いた大柄の男が大きく笑う。


「ガッハッハッハ。〈エルドラド〉でおまけに魔剣士だって? にいちゃん本気で笑わせにきてるな」


 大柄の男の声を聞いて、他の冒険者たちも笑い出す。


「どういうことだ?」


 周りの冒険者が笑っているが、どの部分が面白かったのか全くわからない。


「にいちゃん、本当に知らないで言ってるのか? おとぎ話に出てくる〈エルドラド〉のリーダーは魔剣士だったんだ。なにも職業まで合わせなくてもいいだろうに」


 まだ面白いのか大柄な男は笑っていたが、やがて落ち着いてきて息を整えるとこう言った。


「それに魔剣士は時代遅れだ。目指すならもっとマシなものにした方がいいぞ」


 周りの冒険者たちも、その通りだと頷いている。


 困ったな、時代遅れと言われてしまうと全く反論ができない。


「……俺はずっと魔剣士でやってきたんだが」


「あぁ、にいちゃんは憧れで突っ走ったタイプか。わかる、俺も若い頃は〈エルドラド〉に憧れて魔剣士を夢見たもんだ」


 男は目を瞑り、うんうんと納得したように頷く。


「だけどなにいちゃん。魔剣士は中途半端なんだ。役割分担が絶対の戦闘で、剣と魔法を器用に使えるだけじゃ役不足なんだよ。今はなんとかなってるかもしれないが、この先絶対に苦労するぜ」


 しみじみと語る男は親切で言っているのだろう。周囲の冒険者も男の言葉に同意しているようだ。


 千年前なら魔剣士は人気職だったが、時が経つとこうも変わるものなんだな。


 そこへ、一連のやり取りを見ていたニーナが口を挟んできた。


「別にそのままでいいじゃない。苦労しそうになったら変えればいいんだし」


「それもそうだな。じゃあそのままで」


 大柄な男たちも、まぁ仲間たちが認めてるならと、これ以上は何も言ってこなかった。


「ではこれで処理しておきます。後はみなさんの実力を図るために迷宮ランクの測定をしますがよろしいですか?」


 迷宮ランク? 迷宮はわかるが、ランクってどういうことだ。


 俺が頭に疑問符を浮かべていると、ジークが受付のお姉さんに話しかけた。


「我々の仲間にはまだ幼いものもいるので、一度迷宮ランクについて説明していただけませんか。ギルドの方の正確なお話を聞かせたいんです」


 受付のお姉さんの視線が彷徨い、獣人族の幼女であるアシュレーを見つけると納得した顔になった。


「わかりました迷宮ランクとはですね……」



 ジークとアシュレーのおかげで受付のお姉さんから迷宮ランクについての説明を聞くことができた。


 迷宮ランクというのは、この世界にある迷宮内でどれだけの活動をしたのかがわかるものらしい。

 魔物を倒せばポイントが得られ、一定ポイントが貯まるとランクの数値が上がるようだ。

 迷宮の深い層にいる強い魔物の方がポイントを多く得られるので、実力のある冒険者は自然とランクも高くなるとのこと。


 どういう理屈なのかわからないが、その迷宮ランクというものを、受付のお姉さんが持っている銃のような魔道具で測れるらしい。


「では計測していきますね」


 受付のお姉さんが魔道具を操作し始めた。

 俺たち一人一人に魔道具を向け最後尾のセシルまで行ったところで首を傾げている。


「うーん。これはおかしいですね。ちょっとそこの方、計測してもいいですか。ありがとうございます……うん、問題なし」


 近くの冒険者を捕まえて頷いた後は、再び俺たち一人一人に魔道具を向けて戻っていく。


 受付のカウンターに戻った彼女は、俺たちの書類に何かを書き込んで顔を上げた。


「残念ながら、みなさんは迷宮ランク0の駆け出し扱いになります」

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