第3話 戦闘終了、そして……

 武器を片付け一息つく、あたりには倒した黒い魔物が散乱している。


 どんな魔物なのかと楽しみにしていたが、個々の強さは大したこともなく、結構あっさり片付けることができた。


「……期待していたんだが、拍子抜けだったな」


 竜人種のセシルは倒した魔物を一通り眺めて残念そうに言う。


 強い敵を求めているセシルにとって、今回の魔物はかなり物足りなかったのだろう。

 さっきまで嬉しそうに揺れていた尻尾が、力無く垂れてピクリとも動かない。


 逆にドルディオは魔物の死骸の山で、上機嫌に素材を調達している。

 ドルディオにとって未知の素材は宝の山だろうから、しばらくは堪能させておこう。


「廃墟に加えて大量の魔物の出現とは、ここの情勢は一体どうなっているのでしょうか」


 ジークは肩をすくめ、不満げな表情で言う。


 千年後にやってきて見つけたのは、放棄された街と大量の魔物だけだ。今のところ明るい材料が一切ない。


「謎だらけだな。あの黒い魔物もどこから現れたのか、どうして俺たちに襲いかかったのかもわからん」


 真っ黒に染まった、獣型の動物や虫の魔物ということくらいしかわからない。

 素材、素材とうるさいドルディオや、錬金術師のマヤならもう少し詳しく分析しているかもしれないが。


 魔物について考えを巡らせていると、ニーナが何かを思い出したかのように手を叩いた。


「そういえば、さっきの戦闘で空に飛び上がった時に、あっちの方向に城壁みたいなものが見えたわよ」


 そう言ってニーナは東の方角を指差した。


「なに! それは本当かニーナ!」


「ものすごく長い城壁があったわよ。あれは確実に人工物ね」


 やっぱり持つべきものは優秀なサブリーダーだな。

 新たな目標をもう見つけてるとは。

 これはすぐ調べに行くべきだ。


「よし、次の目的地は東の城壁だ! みんないくぞ!」



 謎の黒い魔物に襲われることもなく、無事にニーナが見つけた城壁まで辿り着いた。

 目の前には通行用に使うのであろう門が、ドッシリと構えている。

 

 これはどうやって開けるのだろうか?

 無理やり開けるのはやっぱり良くないよな。


 この門をどうしようかと悩んでいると、突然上の方から声が聞こえてきた。


「おーい! お前たちこんなところで何をしているんだ!」


 見上げると、鎧を纏った兵士が城壁から身を乗り出している。


 ついに、千年後の人を発見!

 よかった。まだ人類は滅びていないみたいだ。

 

 千年後の人に会った時の対応はみんなで考えてある。

 正直に千年前から来ましたなんて言っても、信じてもらえないだろうからな。


 ジークが俺たちの代表として応える。


「遠い故郷を離れて旅をしているものです。門が見えたので、休める場所があればと思い来てみました」


「壁外の避難者か! おーい、門を開けてやってくれ!」


 男の声に合わせて門が開く。

 門の中からぞろぞろと兵士たちが出てきた。


 みんな口々に、「もう大丈夫だぞ」や「よくここまで頑張って来れたな」と言ってくるんだがこれはどういうことだろうか?


「あ、あぁ。ありがとう」


 事態を飲み込めないので、とりあえず曖昧な反応をしておいた。


 そのまま兵士の人に連れられて向かったのは、門の中にある詰所のような場所だ。

 簡素な机が一つと椅子が数脚置いてある。


「まだ壁外からの避難者がいたとは驚いたぜ」


 中に入ると貫禄のある兵士のおっさんが、にこやかに話しかけてきた。


「あぁ、安心してくれ、この領地でも避難者の受け入れはしている。詰所に来てもらったのは、簡単な説明とこれから先の案内をするためだ。さ、座ってくれ」


 一番前の席にジークが座りおっさんの相手を担当する。


 こういう時の対応はジークに任せるのがいいからな。


「見たところお前さんたちは冒険者のようだが、よくここまで辿り着いけたな。壁外の魔物はどうしていたんだ?」


「仲間と力を合わせ、必要な分だけ対処してました」


 大量に襲ってきたので殲滅しましたとは言わないジーク。


 これはあまり情報を出す気がないな。


「ほぉ、壁外の魔物とやり合えるなんて即戦力もいいところだな! 避難者の大半が非力な子供や老人だったんだ。お前たちは特に歓迎されるぞ」


 嬉しそうに語るおっさんとは対照的にジークは淡々と応える。


「ありがたいですね。それで説明と案内というのは?」


「あぁ、そうだったな。見てきたのならもう知っているかもしれないが、ここから西はもう壁外になっちまったんだ。今はこの壁の内側が人類の生存圏になっている」


 妙に外側と内側を区切っていたのはそういうことか。人類と魔物の領域を分けていたんだな。


「すみません、世界地図などはありますか? できればこの場所も教えていただきたいのですが」


「いいぞ。ほらこれが大陸の地図で、ここが現在地のハーヴィスだ」 


 おっさんが指し示した場所を見る。


 ちょっとまて、この話が本当なら人類の土地は大陸の三分の一しか残ってないぞ。どういうことだ。


「ここより西は全てですか!? 西にあった国や街はどうなったんですか?」


 俺と同じように驚いたジークが聞き返す。


「滅んだ。ひょっとしたらまだ耐えている国があるのかもしれないが、ほとんどの国はもう壊滅している。現段階で無事なのはここから東の国々だけだ」


 俺たちが居た時代を知っていれば今の状況はとてもじゃないが想像できない。


 仲間たちも、程度の差はあれどみんな驚いているようだった。


 そして滅んだ国々から逃げてきた人たちのことを避難者と呼んでいるようだ。


 だからみんな温かい言葉をかけてきたのか。

 ということは、この時代に来て最初に直面した廃墟は、人々が逃げ出した後の街だったんだな。


「もう無くなっちまった国の話をしても仕方がないからな。今後の話をしよう。まず避難者はこの第七壁で生活をしてもらう。より安全な東の地域、具体的には第六壁より先には行くことができないと思ってくれ」


「資源や食糧の問題もありますからね。この状況下なら受け入れてもらえるだけでありがたいですね」


 ジークは政治判断に関しては理解のある方だ。この説明をすんなり受け入れているようだ。


 確かに大量の避難者を受け入れると内部で混乱が発生するかもしれない。

 これまで暮らしていた人々の生活を避難者で圧迫してしまい、身内と余所者で真っ二つに割れるなんて簡単に想像できる。

 でも受け入れないで見捨てるなんて真似もできないから、最前線で受け入れますよってことなんだろう。


「理解が早くて助かるぜ。それであんたたちは冒険者をやっていたのなら、このまま冒険者ギルドに行ってみてくれ。他の職に就きたいというのなら、別のギルドに行ってもいいが、我々も戦力が欲しいからな」


 そう言って兵士のおっさんはサラサラと地図を書いて渡してくれた。

 あとは冒険者ギルドで今後のことを決めてくれということらしい。


「どうもありがとうございます。これからどうするのかは、皆と相談して決めさせていただきます」


「あぁ、せっかく助かった命だ。大事に使うんだぞ」


 おっさんに見送られて詰所を出ると、そこには人々の行き交う街があった。


「おぉぉぉ。これは!」


 これが千年後の街。


 建築物も、使用されている魔道具の量も全然違う。街灯は全部魔道具だし、店頭を彩っているものも魔道具だ。


 こんなにも魔道具が普及しているなんて、俺の知る時代よりも確実に豊かになっているな。


 皆が思い思いの視線で街を見つめているが、その中でもアシュレーはわかりやすくはしゃいでいた。


「たくさん人がいる! よかった〜」


 小踊りをしながら喜ぶアシュレーに和む。

 廃墟を見た後だからか、人のいる街をみて少しホッとしたのもある。


 安心すると、今度は街を隅々まで調べたい欲が出てきたが、まだだめだ。やることが残っている。

 

「こっちだ、ついてきてくれ」


 俺は貰った地図を参考にして冒険者ギルドに向かった。


「ここが冒険者ギルドか。……このシンボル、千年前と同じなんだな」


 俺がしみじみと冒険者ギルドのシンボルを見ていると、ニーナが話しかけてきた。


「ねぇ、このシンボルが同じということは、冒険者の流儀もそんなに変わっていなかったりして」


「文化も同じように引き継がれている可能性か。十分に考えられるな」


 じゃあやっぱり。と言ってニーナが苦笑いをする。

 その様子を見ていたマヤが呆れたように言う。


「まったく、千年も時が経ったのにまだ頭の悪ことをしているのかねぇ」


 彼女たちが察したのは、冒険者ギルドの伝統である新顔への洗礼だ。


 縄張り意識の強い冒険者ならではの、通過儀礼のようなものがあったんだが、この時代でも残っているんだろうか。


「なにはともあれ、入ってみるしかないな。いくぞ、みんな」 


 千年後の洗礼を少し楽しみに思いながら、俺たちは冒険者ギルドの中に入った。

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