第2話 人類は滅びた?

 廃墟のような街。


 元は立派な街並みだったのがわかる。

 今はそのほとんどが緑色に染まっている。


 ジークが前に進み出て、地面から伸びる草を摘んで言う。


「この街は、なんらかの原因で人がいなくなり、時間をかけて自然と一体化したんでしょうね」


 建物には崩れた箇所もあるが、ほとんど原型を保ったまま緑に侵食されている。


 ジークの言う通りこの街には長く人の手が入っていないようだ。


 手近な建物を覗いてみると、外壁よりも緑化は少ないが室内には潰れた家具などが散乱している。


 ニーナが折れた木片を手にとり、まじまじと見ながら言った。


「ここに住んでいた人たちは一体どうしたのかしら」


 痕跡から考えると、住人が居たのは間違いない。

 俺たちが暮らしていた街よりも文明が進んでいたであろうこともわかる。

 しかし今は誰も存在しない無人の廃墟になっている。


 街はあるが住人が居ないということは……。


「全員が死んでいなくなったか、どこかへ移動したかだな。しかし、これだけ立派な街を捨てるなんて事があるんだろうか」


 俺の言葉に、獣人族の少女のアシュレーがピクリと反応すると、弱気な声を出してこちらへ振り向いた。


「もしかして、アシュレーたち以外の人はもう生きていないってこと?」


 金の髪色と将来は美人になりそうな顔立ちをしたアシュレーが、今は青い顔をしてケモ耳を萎れさせている。


 アシュレーには悪いがその様子が可愛らしいので、ついからかいたくなってしまう。


「残念だけど、千年後の世界は人が滅んだ後の世界だったんだな」


 神妙な顔を作って現状を大袈裟に言ってみると、アシュレーは「ふえぇぇ」と言いながら近くにいたクラリスに引っ付いた。


 相変わらずアシュレーの反応は面白い。


 抱きつかれたクラリスは長い銀髪をフワリと揺らし、アシュレーの頭を優しく撫で始めた。

 柔らかい雰囲気を纏い、大丈夫と言いながらアシュレーをなだめているようだ。


 彼女が美形のエルフなこともあり、とても絵になる光景だ。


「少し前まで人がいた形跡があるんだから、まだ滅んでない可能性の方が高いわよ」


 一連の流れを見ていたニーナはクスクスと笑いながらも、アシュレーを安心させる要素を並べていく。


「そうなんだ! よかった〜」


 アシュレーの表情がコロコロと変わり、今は安堵したように、にへらっとした顔になった。


 ニーナとクラリスがうまくフォローしてくれたおかげだな。


 アシュレーが落ち着くとクラリスは撫でる手を止めて微笑みながら言った。


「それに、人類がいなくなっていても生きていけますよ」


「!?」


 目を見開いてアシュレーが振り返ると、クラリスが言葉を続ける。


「自然の恵みがありますからね。むしろ人がいない方が自然が豊かになるんじゃないでしょうか」


 ニコニコ笑顔のクラリスに対して、絶句しているアシュレー。

 そう言う問題じゃない、という心の声が聞こえてきそうだ。


 これがエルフの価値観なのかわからないが、クラリスの考え方は他とズレていることが多い。なんというか思考のスケールが大きいんだ。


 対照的な表情の二人を眺めていると、すぐそばで何かに気づいたような声が聞こえた。


「あら」


 声の主は和服と呼ばれる服を着崩し、目のやり場に困る黒髪美女のマヤだ。

 彼女は澄ました表情で建物の外に視線を送っている。


「どうしたんだ?」


「お客さんね。残念ながら友好的じゃないみたい」


 マヤは肩をすくめて首を傾げる。

 面倒が舞い込んできたなと言いたげな様子だ。


 マヤの索敵範囲になにかの反応があったのだろう。

 彼女は気だるげに内容を告げる。


「強さは未知数、数は大量、おそらく魔物の類ね。もうすぐ囲まれるわ。どうするの?」


 どうするって聞かれても、答えは決まっている。

 千年後の魔物なんて面白そうなものをみすみす逃すわけないじゃないか。


 俺はみんなに聞こえる声で言った。


「やろう。千年後のデビュー戦だ!」


 全員で高い建物に飛び移り周囲を見渡す。

 遠目に真っ黒な姿をした獣や虫の魔物がこちらに近づいてくるのが見える。


 マヤの言っていた魔物ってのはこいつらか。

 やばいな。見たことのない魔物を目にして、ワクワクが止まらない。


 隣を見ると俺と同じように鼻息を荒くしたドルディオがいた。


「……素材……素材……素材! 新しい魔物の素材だとぉ!」


 俺と同じようにっていうのは間違いだった。

 俺以上に興奮した様子で目を血走らせたオーガのおっさんだった。


「一体どんな武器が作れるんだろうか。材質は? 特性は? うおおおぉぉぉぉぉ」


 しかもドルディオの武器マニア心に火がついたようで、やたらうるさい。


 さらにもう一人、初めて見る魔物に目をぎらつかせている者がいる。

 真っ黒の鱗を持った竜人種のセシルだ。


「……これはいい修行になりそうだ」


 セシルは長いしっぽをバタつかせながら、蠢く黒い魔物の集団を見つめている。


「……未知の敵。まずはやつらが繰り出す攻撃を全て受け止めてみるか? ふむ、いい修行になりそうだ」


 彼は腕を組みうんうんと頷きながら呟いた。


 相変わらず揺れているしっぽを見るに、機嫌は良いのだろう。


「いや、思い切って蹂躙されてみるのはどうだ? ふむ、それもいい修行になりそうだ」


 セシルの視線は今も未知の魔物に釘付けになっている。


 しかしこの発言内容でお気付きいただけただろうか。

 こいつは圧倒的なまでの修行バカなんだ。


 俺も新しい魔物に対してワクワクする気持ちはあるが、流石に武器マニアと修行バカほど夢中になったりはしない。

 どんな魔物なのか、どんな攻撃をしてくるのか、どんな素材が得られるのか、どんな生態系をしているのか。

 その辺りがちょっと気になる程度だ。


 魔物を見つめていると、後ろからニーナの声が聞こえてくる。


「まーたアンタ達は夢中になってるのね。早くこっちに来て。大まかな方針だけでも決めちゃうわよ」


 ドルディオやセシルと一緒にモンスターを見つめていたので、ニーナから同類として扱われてしまった。


 このバカたちと同列で扱われるのは困る。これは断固抗議しておかねば。


「この二人と一緒にしないでくれ。俺は魔物の観察をしていただけだ」


 俺、心外です。とアピールする。


「何言ってんのよ。アンタ達、男連中全員が心ここに在らずだったでしょ」


 すぐに呆れた表情のニーナが反論する。


 言われてみれば、俺の心は魔物のところにあったような気がしないでもない。

 ってかあれ? 今、男連中全員って言ったか?


「ドルディオとセシルに、心外だが俺が加わるとして……ジークは何かしていたのか?」


 熱心に魔物を見つめていたのは俺たち3人だけだったと思う。


「自分はこれから始まる戦闘の準備をしていただけですが……?」


 ジークも首を傾げていて、どうして自分が含まれたのかわかっていないようだ。

 その様子を見たニーナがジト目で言う。


「戦闘の準備ってそれ、撮影の魔道具でしょ!」


「ええそうです。リュウイチ様による千年後の世界の初戦闘ですから、記録しないといけません」


 撮影の魔道具を構え、ジークは自信満々に答えた。

 さも当然といった表情だ。


 俺も何度か撮影について言及したことがあるが、ジークのこれは改善する気配がない。

 後世に残すためにと言って魔道具を構えているが、ここが後世なんだよな。


 そんなジークの様子を見て、ニーナも諦めたように盛大なため息をついた。


「もういいわ。だけどみんな、趣味はほどほどにして、ちゃんと戦うのよ。何があるかわからないんだから」


 ニーナの言葉に全員が声を揃えて返事をする。


 みんな歴戦の猛者だからな、その辺は上手くやるだろう。


「じゃ、パーティリーダーとして、リュウイチがまとめちゃって」


 そう言われた俺は仲間達を見渡して方針を伝える。

 

「千年後の世界の初戦闘だ。未知の相手だが各自で好きに暴れてくれ。何かあったときは臨機応変に対応すること。いいな?」


「「「了解」」」


 全員の返事に満足気に頷き、戦闘の開始を告げる。


「〈エルドラド〉出撃だ!」


 俺たちは間近に迫った魔物の群れへ飛び込んでいった。 

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